ここは本当に異世界で。
あのクアラが大事そうに抱き上げ連れてきたのは、ほんの小さな赤子ちゃん。
この静けさに緊張してか、ふるっと震えながらも椅子の上に下りる。そこで赤子とは思えないほど丁寧な挨拶と共にぺこりと頭を下げる。
な、なに、なんなの……可愛すぎるでしょ!?
そりゃまったくあたしらとは違う容姿だけど、それにしても可愛すぎやしないかい!?
クアラは拾ったらしいけど、…まさか誘拐してないわよね。
その可愛さに目を奪われたのはあたしだけじゃない。リンと名乗った子の挨拶が終わった瞬間、皆が彼女の姿に集中した。
久方ぶりの小さな、まだよちよちしてる赤子となれば、手が離れた子をもつ親狼たちはもちろん、あの独身のクアラが離したがらないのだ。雄も雌も、リンより年上の子たちも目を輝かせている。
なにより両手広げて駆け寄るリシルに思わず身体が動いた。
「この変態がっ!!」
――ったく、相変わらずヒョロイわね。
吹っ飛んだリシルは放っておいて、リンの頭に手を置く。柔らかな毛並みを撫でる。
「大丈夫かしら?リシルは変態だから気をつけなさい。あたしはカルシアというのよ、よろしくね」
「は、はいっ!よろしくおねがいしましゅ」
最後を噛んでしまったのが恥ずかしかったのか、あわわと頬を押さえて赤くなっている。
――やだ、ほんとに可愛いじゃない。
「クアラ、あたしに」
「嫌だ。駄目だ。絶っ対に許さん!!」
「渾身こめて言うんじゃないわよ」
「言うぞ!仮にお前に預けたりなんかしたらリンが筋肉質になっちまうだろうが、それは断固として」
「「拒否する!!」」
いつの間にやら復活したリシルがクアラの後ろから飛び出してくる。
…ああ、腹立つわ、このクソ兄弟。
◆
やいのやいの騒がしくする三匹が肉弾戦になりそうなのを察知した他の狼たちがリンを守る。
「あのバカ狼たちはいつもあんな感じだから気にしないでね。私はミナラ。こっちはスマル、私の夫よ」
「スマルだ、よろしくなリン」
眼鏡をかけた紳士のような少し老けた狼と年の差カップルの若くて可愛いミナラ。
ミナラ、クアラ、カルシアは同じ年に産まれたらしく、ミナラは二匹+リシルの扱いがよく分かっていた。
「あい!よろしくお願いします」
「そんなに畏まらないで。クアラが保護を申し出たのでしょ、ならあなたはもうこの村の子よ」
ふふふ、と朗らかにミナラが笑うとスマルも頷いた。そのスマルの足下からもこもこの毛並みを持つリンより体格が少し大きな狼たちが顔を見せていた。
「スマル先生、俺たちも挨拶したい!」
「あたしも!」「ぼくも!」と我先にとばかりに現われるもこもこ。
リンの視線は彼らに釘付けで、同様に小さな狼たちもリンに釘付けだ。
「リンは君たちよりもずっと小さいんだから、優しくな」
「リンは座ってていいからね」
ミナラがリンを抱き上げ膝の上に乗せる。驚きと恥じらいがありながらもおとなしく座った。
「ほんとにあなたは小さくて柔らかいわね。靴は少し厚めの方がいいわ。服も可愛らしいのをいっぱい作るからあとで採寸させてちょうだいね」
「ミナラさん、作ってくれるの?」
「ええ、もちろん。私はそういうのを生業にしてるからね。はい、ほら一列に並んで」
スマルの前に一列に並ぶもふもこにリンは目を輝かせた。自分よりも背丈はあるが大中小と並んだ三匹の狼たちだ。
「あたしはルージュ!この中でいっちばん上なんだから、特別におねーちゃんって呼んでいいわよ」
「オレはナチア!カルシアねーちゃんのいっちばん弟子なんだぞ!!」
「ぼくはユオキ。んーと、本を読むのが好きだよ。今度読んであげるね」
くりっとした緑の瞳が可愛らしい一番年上のルージュから始まり、やんちゃな印象を受けるナチアと、真逆のほんわかとしたユオキ。
「あともう一頭、アザリっていうのがいるんだが、彼はもうすぐ成熟期を迎えるから狩りの手伝いに出ているんだ。戻ってきたら挨拶に向かわせよう」
スマルが笑って告げてくれた。
「せいじゅくき、てなんですか?」
「我々は百年を節目に大狼になるんだ。その節目の年を成熟期と呼ぶんだよ。ルージュは六十年、ナチアとユオキは四十年だね。君は見たところ、まだ十年に満たないぐらいだろうか」
リンは目を丸くした。彼らの寿命はどれくらいなのだろうか。百で成人?なら千ぐらい生きそうな話し方だ。それを問おうとする前にルージュの手がリンの脇の下を捉え「抱っこさせて!!」と掴みあげられる。
「うぁっ、!?」
「ルージュ!!!」
ミナラが止める間も無く持ち上げられた。狼族は総じて力持ちのようだった。
掴まれた手から空へと持ち上がり浮遊する身体。上がる悲鳴の中、リンは投げ出されたことよりも空に太陽が二つあることに目を奪われた。
(ここは本当に異世界なんだ……)
地面へと打ち付けられる前に、ヒュンッと跳んだクアラに抱きとめられる。
「大丈夫か、リン!!」
「う、うん。…だいじょーぶ」
ほうっと心底安心したような声が聞こえたことでようやく実感する。
「ルージュ、リンはまだ小さいのよ!他の子とは訳が違うのだから、丁寧に優しく扱わなきゃダメでしょ!!」
ルージュ自身もビックリしたのか、怒られてわんわんと泣き出した。
大狼たちに注意されすっかり耳が伏せっているのにリンも気づき、とっさに降りるようせがんだがクアラが下すはずもない。なので近くに行ってもらい、手を伸ばして頭を撫でる。
「ルージュ、おねーちゃん!だいじょーぶだよ、だいじょーぶだから泣かないで!!」
「ほんとう?リン、ごめん、っひっく、なさ……」
クアラごと抱きついて、またわんわんと泣き出す。怒り心頭のクアラだったが、さすがにこれ以上は怒れず「これからは気をつけるんだぞ」とその頭を撫でた。
一先ずこれにて顔合わせはひと段落したのだった。
とある日、約束していたミナラに呼ばれて服や靴の採寸をしてもらえることになった。
「そうねえ、これで採寸は大丈夫かしら…」
あれとこれと…と、数えるように採寸箇所を見直しながらミナラは頷いた。
「ありがとう、ミナラさん。わたし、楽しみに待ってるね!」
「ええ!私も今から作るのが楽しみだわ〜…でも最初は靴を仕上げなくてはね。リンも毎回出歩くのにクアラが付いてきては迷惑でしょ。面倒くさい雄よね〜」
穏やかだが、さすがはあのメンバーと幼馴染なだけはある。さらっと笑顔で告げる辺りは強い。
「クアラお仕事あるから、わたしばっかり構って逆に迷惑かけてないかなって思うんだけど…」
「ふは、…うん、リンは良い子だな。だがそんなこと思わないでもっと我儘になっていんだぞ。クアラがあんなに過保護なのは初めて見るが、俺から見ても相当鬱陶しいからな」
果実を絞ったジュースのような飲み物を出してくれるスマルが頭を撫でてくれた。
「ありがとう、スマルさん」
スマルさんからしたらクアラは弟分にあたるそうだ。だからか扱い方は十分わかっている様子。
「さあその鬱陶しいクアラが迎えにくるまで、リンはゆっくりしていてちょうだい。ねえスマル、この間作ったクッキーまだ残っていたかしら」
「リンはクッキー好きかい?確かまだ有ったと思うから待ってなさい」
「あい!ありがとう」
本当に村の人たちは優しく甘やかしてくれる。いくら見た目が小さいからといってこのまま甘えていいのかな?なにかわたしにも出来ることはないかなあ。
コンコンコンコン
早めのノック音と共に「スマルせんせー!ミナラねーちゃん、帰ってきたよー」と複数の足音と若い声が聞こえた。
「入ってらっしゃい。リン、挨拶が出来なかった子たちが戻ってきたみたい」
確か成熟期間近で狩りに出ていたというグループだっけ。どんなもふもふさんが来るんだろ…ワクワクする。
ミナラさんの声に「おっじゃましまーす」と入ってきた彼らの視線が、大狼の椅子に座る小さなリンにロックオンされた。
「うわっ、めっちゃ可愛いこがいる!!」
「ちっせー!え!どこの子?」
「あの、わたし、クアラにお世話になってる、あの、えと、リンですっ!」
椅子が高くて一人では降りれないリンは、その場でぺこりと頭を下げる。
「あー…長が最近囲い出した噂の赤子か」
「長の趣味はこうゆう感じだったんだ。そりゃ雌に靡かないわけだな」
やんややんやと大狼たちに囲われるリンはどうしたらいいのかと慌てるが、そんな中を屈んで目線を合わせる若い狼がリンの手を取った。
「俺、アザリ。リンって呼んでいい?」
「はい!大丈夫です、……えと、アザリさん?」
「アザリ。呼び捨てにして」
「でも、あの」
「呼んで、リン」
両手を握りずいっと前に出る。
さすがのリンもその押しの強さに、少し恥ずかしく頰を赤らめながら彼の名を口にする。
「…あ、アザリ?」
「リン、可愛い!!」
がばっと抱きしめて小さな胸に頭を擦りよせる。
「うわあ、あ、あの…え、と」
リンの顔にもふもふした頭が気持ちよく触れて、頬擦りしたくなるのを堪えているとすかさず飛び出た拳がアザリの頭を直撃した。
いつの間にか周囲には空間がぽっかりと開き、アザリを気絶までに追い込んだ雄がそこにいた。
「俺のリンに触んじゃねえ!!」
すかさずリンを抱き上げ救出したのはもちろんこの雄である。
「クアラ?」
「リン、大丈夫だったか?怖かったな、俺がいるからな」
口を開く前にあれやこれやと言ってリンを抱きしめ擦り寄る。
「うわ、おっとなげねえ〜」
「アザリ死んだかな?二次被害に合う前に逃げるか」
アザリと共に来ていた他の面々はそう言ってスタコラサッサと去っていく。
合間に「またなおチビちゃん」「今度は長がいない時にな〜」と笑って手を振っていった。
リンは手を振り返しながら、顔に当たるもふもふとしたクアラの耳にすかさず頬擦り仕返した。
会ったばかりのアザリより、毎日触れ合う中で慣れたクアラには自然と身を任す。刷り込みのようにリンの中にはクアラに触れることは遠慮がなくなっていた。
「もふもふ、気持ちいい」
そうして小さな手が、柔らかな顔が己に触れていることにクアラは一頻り感動して「リンは絶対俺が守るぜ」と今一度固く決心していたとか。
「クアラは本当にリンが本命なのかもな…」
「色んな意味でヤバイわアイツ」
ぶち倒されたアザリを救出しながらスマルが呟くと、完全に呆れた様子でミナラが頷いた。
大人気ない大狼、クアラさん。まだまだ若い年下の成熟期目前のアザリでも容赦しないところがすごいな。




