12話 本当の仲直り
ーーー精神世界。
そこは、師匠の記憶が形作る、今はなき『始まりの村』だった。
エナガ、あけび、チアの三人は、そこにあるはずのない景色を見ていた
村の広場
空は見たこともないほど濁り、大気は魔王の接近を告げる不吉な鳴動に震えている
その中心に、まだ幼い頃の師匠が立っていた
周囲を囲むのは、村の大人たち
そして、震える声で告げる預言者の言葉
「……この村の人々はみな、最強の血筋だ。ゆえに魔王は、その芽を摘むために直々にこの村を撲滅しにくるだろう。……そして、我々が束になっても、勝てる未来が見えない」
預言者の目は血走り、若き師匠を見つめる
「だから、村の中で一番幼く、意志の強い者に、村全員の魔力をトランスファするしかない。我々が最後にやり遂げなければならないのは、村の存続ではない。史上初、そして……最後の最強を誕生させることだ」
幼い師匠は、何も言わずに大人たちを見上げていた
その瞳には、恐怖ではなく、拒絶の光が宿っていた
「やめてよ……。そんなの、…そんなの頼んでない……!!!」
しかし、大人たちの手が一斉に彼へ向けられる。
儀式は、残酷なほど静かに始まった
一人、また一人と、大人たちの身体から光の粒子が溢れ出し、幼い師匠へと吸い込まれていく。
それと引き換えに、師匠に触れた者から順に、その身体は生気を失い、乾いた音を立てて塵へと変わっていく。
「父さん……! 母さん!!」
師匠が伸ばした手は、誰にも触れられなかった。
触れた瞬間に、愛していた人々が灰色の砂となって指の間をこぼれ落ちていく
村一つ分の命が、魔力となって一人の子供に凝縮される。
その圧倒的な重みに耐えかねて、幼い師匠は叫び声を上げた。
「うあああああああああああああッ!!!」
やがて光が収まったとき、そこには一人、銀河のような魔力を纏った子供と、一面に広がる灰の海だけが残されていた
場面は精神世界の中心へ戻る
記憶の残像が消え、現在の姿の師匠が三人の前に立っている。
その背中は世界1位という栄光ではなく、数えきれないほどの死を背負っているように見えた。
師匠は、静かにチアの方を振り向く
「……ルート、最強って、ちっとも面白くないんだよ」
いつもの乾いた笑いでも、その瞳は悲しみで濁っている
「私の力は、私一人のものじゃない」
チアは、自分の持っていた杖を落とした
カタカタと震える彼の肩
師匠が語る最強の代償は今のチアが背負っているプライドなど、あまりにも矮小なものだと思わせるのに十分だった
師匠はゆっくりと歩み寄り、チアの目の前で止まる。
「……だから。もう、無理しないでほしいんだ」
師匠の手が、チアの震える肩に置かれる
その瞬間、張り詰めていたチアの心が、音を立てて崩壊した。
「……ぁ……、あぁ……ッ!!」
チアは持っていた杖を投げ捨て、崩れ落ちるように師匠の足元に縋り付いた
世界2位のプライドも冷徹な仮面も今の彼には一欠片も残っていない。
「ごめんなさい……!! ごめんなさい……!! 僕は、僕はなんてことを……!!」
師匠の足に抱きつき、子供のように声を上げて泣きじゃくるチア
自分の背負ってきた世界2位という重圧が、師匠の背負う村一つの命に比べていかに独りよがりで、浅はかなものだったか
その罪悪感が、彼を完全に粉砕していた
「師匠……僕は……あなたを殺そうとして……っ!!」
師匠は困ったように眉を下げ、足元で泣き崩れるチアの頭をみつめる
「へへ……、っておい鼻水がついてるぞきたねぇ…!!(ドン引き)」
「っ……う、うわあああああああん!!」
その光景を、少し離れた場所で魔女エナガが冷ややかな目で見つめていた。
彼女の瞳には、まだチアへの怒りが燻っている
「……ちょっと、なによそれ。今さら泣いて済むと思ってんの? あんた、私を殺そうとしただけじゃなくて、師匠を……っ!」
エナガが杖を構え、チアに向けて一歩踏み出す
「許さない……! あんたがどんなに反省したって、私は――」
「まぁまぁ、エナガそう怒るなよ…うへへ…」
「師匠は黙ってて! こいつは一回、私がギガディヴォイドで消し炭にしないと気が済まないのよ!!」
エナガとチアの間で火花が散る。チアは謝罪の言葉を叫びながらも、エナガの殺気に反応して無意識に魔力を練ってしまう
仲直りどころか、再び衝突が始まろうとしたその瞬間
「――はい、そこまで」
師匠が指をパチンと鳴らす。
刹那精神世界の空気が一変した。
「「……ッ!?!?!?」」
エナガとチアの二人が、まるで見えない巨大な足で踏みつけられたかのように、その場にペシャンとひれ伏した。
地面に顔を押し付けられ指一本動かせない圧倒的な重圧
「ふむ、仲直りできない悪い子には、こうして地面と仲良くしてもらうのが一番だな」
師匠はうへへと笑いながら、潰れている二人の間に割って入る
「……し、師匠……! 重い……っ! 死ぬ……!!」
「……ごめ……なさ……っ!!」
「いいか二人ともお前たちが喧嘩を続けるなら、このままこの精神世界の重力を太陽の100倍にするぞ? お前ら、素敵なパンケーキになっちゃうなぁ!w」
あけびが横で「わぁぁぁお(笑)」と手を叩いて笑っている
「さっ顔を見合わせて、せーので仲直りって言うんだ、言わない方は、このまま地面にする」
「……わ、わかった! わかったから!!」
「……い、言います……!!」
師匠がわずかに重圧を緩めると、二人は泥まみれの顔を上げ気まずそうに視線をぶつけ合わせた
「「……な、仲直り……ぃ…………」」
蚊の鳴くような声
それでも、一度死線を共有し、師匠の理不尽なまでの力で無理やり抑え込まれたことで、二人の間にあった殺伐とした空気は、どこか奇妙な連帯感へと変わっていた
「よろしい! やっぱり暴力は全てを解決するなぁ!w」
師匠が完全に重圧を解くと、チアはふらふらと立ち上がり、エナガに向かって深く頭を下げた
「……エナガごめん、君の強さ、そして……君が守りたかったものの重さを、僕は何も分かっていなかった」
エナガはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向く
だが、そのアホ毛は心なしか、柔らかく揺れていた
「……もう、二度とあけびの豆大福を台無しにしないでよね、次やったら、マジで消すから」
「あはは! よかった! これでみんな仲良しだね!」
あけびが二人の背中をバンバンと叩き、チアがまたあいたた……と顔を顰める。
師匠はそれを見つめながら、満足げにアホ毛をキュッキュと結い直した。
「さあ……。そろそろ、現実に戻るとしようか」
師匠のその言葉が、これからの絶望への合図だとは、誰も気づかぬまま
ノシ




