久しぶり、でもはじめまして
新入生代表としての挨拶も恙なく終え、再び教室に戻った。
挨拶をしてステージから降りる際、彼を一瞥したが彼は俯いていたので、目は合わなかった。
(寝ていただけかもしれないし、分からないなぁ)
ホームルームの途中、彼の背中を横目で見ながら考える。
どうして、彼がここにいるのだろう。もし、憶測が当たっていたら対策を考えなければならない。
「さて、まずはさっき俺がしたように、自己紹介してくれ。名前と趣味と、何か一言コメントしてくれ。趣味は適当に言ってもいいぞー。ただし、偽名はダメだぞ」
さっそく自己紹介の時間が来た。
(適当でいいか。あ、クォーターだってことは言っておこう)
女子に十割ほど訊かれるのが「久留島君って外国人の血が入っているよね」的なことだ。いちいち答えるのも面倒くさいので、予め言っていたほうがいいだろう。
「次ー」
担当の梅田が言う。自分の番だ。席から立ちあがって、笑みを刷った。
「久留島類です。イギリス人の血が入ったクォーターですので、こういった見た目です。日本生まれの日本育ちです。趣味は……うーん。これといったものはないかな。強いていえば読書? まあ、適当によろしくお願いします」
自己紹介を終え、席に座る。視線だけ周りを見渡す。注目が集まっている。とくに数人の女子がうっとりとした顔で自分を見ていた。
(声だけでそうなるって、安上がりだなぁ)
どんどんと自己紹介が終わっていき、ついに彼の順番が来た。
「丹羽咲夜。趣味は音楽鑑賞。好きなアーティストは、ディアホライズン。以上」
淡々と告げた名前は、やっぱりあの子のものだった。
確信を得た瞬間、胸の奥からむず痒くてぞわぞわしたもの広がった。正体不明の感情に、首を傾げる。
「一言コメント」
「……好きなアーティストがコメントってことで」
少し苦し紛れの言い訳だったが、梅田はそれでよかったらしい。次を促した。
(よろしくお願いしますって言えばいいのに)
そうしたら、印象が多少マシになったかもしれないのに。現に前の席の生徒が「協調性がない奴だな」と呟いている。
(まあ、分かるけど)
彼が教室に入った瞬間を思い出した。Ωというだけで、ああいう反応をした連中と仲良くしたいとは思わないだろう。
(良くも悪くも、彼は素直なのかな)
だとしたら、とても不器用な子だな。そう思った。
自己紹介も終わり、あとは明日の説明だけだ。
(どうしようかなぁ。一応、声を掛けとこうかな)
聞きながら、久留島類は悩んだ。
最後に交わした会話が会話だ。気まずい気持ちもあるので、話しかけないほうがいい、と思ったが彼も自分を認識しているので、一応釘を刺しておこうか。
そう思い直して、ホームルームが終わった瞬間、席から立ち上がって彼の席に向かう。
彼は急いで教室から出て行きたかったようだったが、逃がさないように声を掛けた。
「咲夜くん」
彼が顔を上げて、こちらを見た。
胡乱げな表情をしたかと思ったら、顔を顰めた。嫌われているようなことはしたので、気にせず言葉を言い募る。
「久しぶりだね」
途端、彼は顔を顰めながらもきょとんとした。なんて器用な表情なんだろうな、と思いながら彼の反応に違和感があることに疑問を持つ。
その疑問はすぐ返ってきた。
「ごめん、会ったことあるか?」
予想外の返事に、目を見張った。
「僕のことを覚えていないのかい?」
彼が困った顔をする。
「えーと……人違いじゃないのか?」
「じゃ、ないね」
即座に否定する。
人違い? そんなわけがない。
いつもは思い出さなかったけど、それでもあの表情が色褪せたことはなかった。
それなのに、人違いじゃないか? 勝手なことを言ってくれる。
「記憶力には自信があるんだ。ほら、同じ小学校だったでしょう?」
すると、彼が急にこめかみを押さえた。懸命に思い出そうとしているのかもしれない、と見守っていたが、次に返ってきた言葉に体内の温度が一気に下がった。
「ごめん……やっぱり覚えていない」
「…………ふーん」
声がいつもより低くなる。
(覚えていないだって?)
そんな見え透いた嘘、信じると思っているのか。
「覚えていないならいいや」
沸々と湧き上がる怒りを表に出さないよう、笑顔で繕い、そう言い残して離れた。
不可解な感情に、疑念が沸き起こる。
(なんで僕、怒っているのやら)
本当に覚えていないのなら、それでいいではないか。あれは結局嘘だったということなのだから。
(あー。なんでこんなにも、イライラするのかなぁ)
彼があんなことを言ったから苛々しているのは分かっている。だが、どうして苛々しているのか理解できなかった。
たかだか一度会っただけの相手。忘れられなかったけれど、それは最後に見たあの表情のせいで。
(あ、多分あれだな。僕ばかり覚えていて、あっちは覚えていないって、へらっと抜かすからだ)
それが無性にムカつくのだ。だから、あまり興味がない相手だろうとも怒りを覚えるに違いない。
「咲夜ー」
廊下から彼を呼ぶ声がした。振り返ると、黒髪の女子生徒が一人いた。名前を呼ぶということは、親しい間柄なのだろうか。
女子生徒と目が合う。彼女は冷ややかに目を細めたが、すぐに彼のほうに視線を戻して笑った。
「ああ、ちょっと待って!」
彼が逃げるように彼女のほうへ走っていく。
何故かその後ろ姿から目を逸らすことができなかった。




