診察②
「なぜか同じクラスメイトの奴が絡んできます」
「へぇ。どんな子?」
志津江が興味津々に訊いてくる。
「男のαなんですけど、事故に遭う前に通っていた小学校が同じだったみたいで、その関連で絡まれるようになって」
「明森小学校だったかしら、小三までに通っていた小学校って」
「はい。一応、事故のこととか言ったんですけど、なんか気にしているというか根に持っているみたいで、人前でやたらと話しかけられて困っているというか」
「ああ……αだからか」
困る理由を察してか、志津江が苦笑を浮かべる。
「友達だったの?」
「違うみたいです。事故に遭う前に、少し会話しただけって言っていました」
「その子、記憶力がいいのね。たったそれだけの子のことを覚えているだなんて。私なら絶対に覚えていないわ」
「たしかに……」
言われてみればそうだ。少し話しただけだというのに、覚えているとは。たとえ前の記憶があっても、そのことを咲夜が覚えている自信がない。
そういえば、クラスは別々で、後日自分のことをクラスメイトに訊いたって言っていたような気がする。少し話しただけの同級生をわざわざ訊ねに来るとは、ますます久留島類が分からない。
入学式の日も、じっと自分のことを見つめていた。ということは、自分が丹羽咲夜だということを感づいていたわけで、つまり顔もばっちり覚えていたということで。
記憶力はいいほうって言っていたが、いいほうではなく、とてつもなく良いのでは。
「もしかしたら、よっぽど心に残る会話だったかもしれないわね」
「心に残る……?」
「印象的な会話って、わりと覚えているでしょ? そんな感じで覚えていたんじゃないかしら?」
「なるほど……」
久留島類の心に残る会話。想像できないが、もしかしたらそうかもしれない。
(会話のこと、覚えていないだろうから訊いてなかったけど、案外覚えているのかもな)
久留島類と交わした、最初の会話に思いを馳せる。
そのとき、頭痛が走った。久留島類と話すときとは異なる、雷に打たれたような激しい痛みに、思わず頭を抱えた。
「大丈夫?」
「ちょっと、頭痛が」
「ちょっとには見えないけれど」
「大丈夫です。だいぶ治まりました」
手を下ろして、弱々しく笑ってみせる。
「あの、実はその、ソイツと話していると、いつも頭痛がして」
「さっきみたいに?」
「さっきと比べると、軽い頭痛なんですが」
「話している間、ずっと続く感じ?」
「はい。ソイツが離れたらマシになるんですけど、視界に入るだけでも頭痛が」
すると志津江が神妙な面持ちで、考え込んでしまった。こういうときは話しかけない方がいいと知っているので、志津江が思考の淵から起き上がるのを待つことにした。
そういえば、診察が始まって大分経っている。診察に入ったときは、自分の後はなかったようだが、そろそろ詰まっているかもしれない。
「多分だけど」
志津江が口を開く。
「失った記憶に関係するんじゃないかしら」
「記憶に? でも、友達でもなくて、ただ少し会話した相手ですよ? 記憶を思い出すには、弱いんじゃ……」
「たしかにそうね。けど、可能性はあるわ。その子との会話が、あなたにとっても印象深い会話だったから心に引っかかっているのかもね」
「オレにとっても……」
本当にそうだろうか。だから、久留島類は覚えていて、覚えていない自分に対してあんな目で見ていたのだろうか。
一瞬だけ見せた、氷のように冷ややかで、色がないあの目で。そう考えると、ずくずくと火傷が疼いた。
「だったら、アイツに話の内容を聞いたほうがいいんでしょうか?」
「あまり良くないかもね。昔はともかく、今は記憶がなくても問題ないから。どうしても! 気になるんなら訊いてみたら?」
「どうしても、というほどでもないですね」
少し気になるが、あまり興味がない。
「だったら、訊かないほうがいいかもしれないわね。体はともかく、記憶に関しては安定しているし、無理に思い出そうとしたら精神的に不安定になっちゃうかも」
咲夜は頷く。触らぬ神に祟りなし、ということだ。
「その子と一緒にいて頭痛がするのなら、あまり関わらない方がいいかもね。なんにせよ、無理は禁物よ」
「一緒にいたくないんですけど、あっちが勝手に来るんですよ」
「不可抗力っていうやつね。ガツンと言った方がいいときもあるわよ」
「うーん……頑張ります」
頭痛がするからといって、そう素直に構ってこなくなるような相手だったら苦労しない。
そう思いながら、咲夜は曖昧な回答をした。




