毒牙
「さて、終了終了。次は結城君の服か…」
そう言いつつ試着室から組長が出て、それに続いて小鳥も出てくるが軽く息が荒いでいる。
中でいちゃいちゃしていたからだろうが、できれば店内ではやらないでほしい。
妙な声が聞こえてくるもんで周囲の人がこっちを見ていた。今も周囲を見てみれば誰が出てきたか気になった人が数人こちらを見ている。
「…の前に、結城君」
「ハイなんでしょう」
顔が少しばかり赤い小鳥を背景に組長が口を開く。何を話すのか気になるが、後ろの女の子も気になるな。
決して可愛いからとかそういったものではなくて小鳥あんな顔しない。なんか…こう、欲求不満気な。
うん、モノほしそうな顔でこちらを見ないで。なんもないから。
「肌に触れるんだから先に言ってほしかったな、春さんの肌が敏感だって」
「幼馴染だったけどそれは知らなかったな」
「毎晩一緒になってんじゃないのか?」
「その言葉から察したけど、俺と小鳥は単なる幼馴染であって彼氏彼女の関係じゃないからな」
周囲から「えー、あの子まだあんなに小さいのに早いわねー。」「あらやだ、背伸びしちゃって……んもう」「クソやばいマジ萌える」などと聞こえてくるが、見た目はこれでも中身は高校生ですから。背伸び……確かに今は小さいが昨日まではあんなに身長あったのにな。ぐすん。あと最後の奴はいつかぶん殴りたい。
意識を周囲から小鳥の顔に替えると何やら涙目に………。
え、そんなになにか欲しがってるの…後で聞こう。
いやでも顔から感じる雰囲気は物欲しげなというより悲しげなという面持ちだ。
言った言葉が悪かったのだろうか。
「あーちゃー、そうかーそうだったのかー」
組長は顔を抑えて俯く。
俺と小鳥の関係が外れてそこまで落ち込むとは…わるいことしてしまったかな。
俯いたまま組長は口を動かした、発せられた言葉はこれ。
「君は……春さんが好きかい?」
単調で単純でシンプルな質問だった。
虚を突くような質問だったため「え?」と聞き返したが、既に前を向いた組長の眼は「意味は理解しただろう?二度は言わん、答えろ」と言っているようなもので先ほど動かした口は堅く閉ざされている。
後ろの小鳥に目をやると先ほどの顔と違って眼に力強さが篭っていた。
自分が好かれているかどうかと問われているのだ。いきなりだったとしても気になるはずだ。
その眼に対しての俺の言葉は勿論―。
「好きだよ」
むやみに言葉を装飾すると伝えたいことが濁ってしまいうまく伝わらない可能性がある。
だから、無駄に言葉が着飾らないよう単純に…と。
その言葉に含まれる意味は様々で、どの言葉を取り出して答えればいいのかはすぐには決められない。
ただその言葉自体に嘘偽りはない。
「————————————————!!」
小鳥は笑顔だった、先ほどまでのマイナスな顔が絶対値そのままプラスとなったかのように。
この言葉でこんなに笑ってくれるとは有り難い。
その顔を見た俺は笑顔を返すと小鳥はにへっと顔を傾けて笑う。
何処からか「百合!百合や百合!今夜は朝まで寝れねーぜ!Huuuuuuuuuuuuuuuuu!!」と喜びの雄たけびを上げていた。しかし声のする方を見ても誰もいない。
テンションがかなり高いようだったので何処かに掛け去ったのだろ。声からして「クソやばいマジ萌える」と言った人と同一人物なのは確かだ。一発ぶん殴りたいと思ったのだが、もう会いたくない。
「おうおうそうかそうか、好きだったか。それならば良い。ではここを出て他の店に行こう、どうやらこの店には変態が住んでいるようだ」
俺と小鳥の顔の間に笑顔の交わしを遮るようにして自身の顔を入れ言葉を発する。
変態、先ほどの「クソやばいマジ萌える」の野郎。お店側も迷惑ですな。
気押され気味に返事をすると何処からかものすごくいやぁーな寒気を感じた。途轍もなく嫌な人から直視されている感覚。視線がつんつんと体に刺さる方を見ると物陰に隠れて男性のものと思える頭髪が一つ。最初は腰を掲げたマネキンだろうか、と思ったが頭自体動いているためマネキンでないことは確かだ。まず、あの場にマネキンは置かれていなかった。
男の顔はマスクにメガネと自身の正体がバレないようにしているかのような状態で特徴はうまくつかめなかった。更にメガネは光の反射で男の眼すら見えなかった。
じぃぃぃーーーーーーーー。
何としても特徴を掴もうと思い顔をしかめつつ睨むようにして眺めていると、男はメモ帳とペンを取り出し何かを書き始める描写が目に入った。これ以上睨むのはまずいと本能的に男から目を逸らして組長らの方に向いたが、組長が居なかった。
「組長は?」
まだ嬉しさの余韻に浸った顔の小鳥に訪ねると小鳥は先ほどのメモ書き男を指して「あそこ」と言った。
え?組長いないじゃんと思ってそのままそちらを見続けると男は何かに引っ張られるようにして物陰に隠れ、暫くするとその物陰から男が持っていたメモ帳を持った組長が出てきた。
「結城君、せめてプライベートで組長はやめようか?」
その言葉には気迫が篭っていた。その気迫が自身に向けられていると一瞬にして脳が理解すると喉を声が通らなくなり、何とか出た返事はかなり萎縮した声となった。
その声を聞き届けると男から奪ったメモ帳をポケットに仕舞う。何が書いてあるかは気になるところだが、こちらを見つつ書いていたのだ、俺たちに関わることの可能性は十分にある。またそうであれば良いことでないことは確実だろう。確固たる理由はないが、勘がそう言っている。
「あの男は渡辺達が活動しているグループの一員であることは間違いないだろう。先ほど回収したメモ帳に私たちが食い止めた者も含め既に被害にあった少女の特徴が事細かに書かれていた。勿論まだ被害にあってない少女も含まれている。発見した日時が書かれているがその殆どが今日だ。その中に君の含まれていたよ結城君」
早くも変態の毒牙が迫ってきたようだ。物陰から忍び寄ってきた大蛇に首を噛みつかれそうになった気分だ。
組長…いや千籐さんがその蛇を払いのけてくれたが、そのまま噛みつかれてた少女はその牙から恐怖という毒を注入され続け、その毒が満たされたとき彼らの餌食となる…と。
そのメモ帳に記されたことが何なのか気になったので興味本位で聞いてみたいと思ったが、それを知ると彼らが舐めまわすようにして見ず知らずの少女そして自分を見ているということを知ってしまって更なる恐怖を抱いてしまいそうだったのでやめておこう。
舐めまわすようにというのは言い過ぎかもしれないが彼らならやりかねない行為なので妥当だろう。
無意識のうちに握りしめていた拳を開いて手のひらに付いた手汗を妹から借りたズボンで擦るようにして拭き取った。その後拭き取った手のひらを見つめて「彼らには負けない」という意味を込めて強く握り締める。
小鳥は誰もいない方を向いてシャドーボクシングをしていた。相変わらず好戦的だ。
「さて、ちょっと顔を知っている奴が仕切っている店がある。他の店でも買えるだろうと思って行かなかったが、そちらの方が良さげだろう。ちょっと変わった奴だが信頼はできる。覚悟してくれ」
最初から行くのであればそちらで良かった気がするが千藤さんのことだ、別に理由があるのだろう。
例えばちょっとと言っていたが変わった奴という度合いが凄まじいとか。
「それで、どんな店なの?」
シャドーボクシングにある程度満足して充実した顔の小鳥が額の汗を拭きながら聞く。
よくもまあ店で満足するまでシャドーボクシングができるな。
「そうさな、分かりやすく言えば女性服専門店」
「え」
いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃやああぁぁぁぁぁぁぁだああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!
と泣き叫ぶ子供のように嫌がる俺を小鳥と千藤さんはその女性服専門店まで連れて行った。
小鳥に捕まってしまったらもう逃げられない。




