1話 「見たいの?」
現代ファンタジーて感じです。よろしくお願いします!
早朝電車に乗ると、いつも同じ位置に立っている他校の男子生徒がいる。
いつもの時間、いつもの電車、いつもの車両。駆け込むように跳び乗ると、やはり彼は今日もそこに一人で立っていた。
がたん、と揺れた電車に慌てて空いている席に腰を下ろす。座りたいからこそこうして一本早い時刻のものに乗るようにしたけれど、今や目的はそれだけではなかった。
駆け足で少し乱れた髪を直しながら、さりげなさを装ってちらりと彼を視界に入れる。
今日もいつもと変わりのない佇まい。外は朝から蝉が騒がしい夏だと言うのに、彼の周囲だけが夜を切り取ったような静かな空気を纏っていた。
夏の暑さなんか無縁みたいにセンターで分けられた前髪がさらりと揺れている。目に少しかかる程度のそれは誂えたみたいに似合っていた。イヤホンが髪の隙間から見える。いつも何を聴いているのだろうか。
端っこの車両のその更に端っこに気怠げに寄りかかる彼は、どれだけ席が空いていようとも座っている姿を見たことがない。
中でも少し特徴的なのは、彼が着けている黒いマスクだった。
少し走っただけでも、いや、じっとしているだけでも汗が噴き出すようなこの時期でも外しているところを見たことがない。
少し釣り上がった切れ長の目元。顔の半分は隠れているけれどマスクをしていても顔が整っているのは容易に分かる。
他校の制服を身に着けた彼の素性は何も知らない。知らないが、気紛れに電車の時間を早めたその日から、私は彼を見るために執拗にアラームをセットするようにしたと言っても過言ではなかった。
ほう、と知らずため息が溢れる。彼がそこに居るだけで空気が浄化されるようだった。
あれだけの美貌の持ち主がそこらに転がっているだろうか。いや、ない。少なくとも私の短いこの人生で見付けた存在の中で、一番の美人だと言えた。
そうしてうっとりと見つめすぎていたせいなのか、視線を感じさせてしまったのか。不意に彼が顔を上げた。
切れ長の目が真っ直ぐにこちらに向かって、ばっちりと視線が交錯する。
あ、やば。
そう思ったけれど、今更逸らす事も出来なかった。かえって失礼に当たる気がしたからだ。
内心冷や汗をだらだらとかきながらしばし見つめ合う。初めてまともに見たその瞳は、彼の髪みたいに真っ黒で、舐めたら美味しそうだな、とどうでもいいことを思った。少し眠いのか、重たげな瞼でゆっくりと瞬きをしている。
彼が姿勢を変えた。依然視線は合っている。
寄りかかっていた壁から少し離れて、長い脚を真っ直ぐに伸ばす。
腕を挙げる。腕まくりしたシャツから伸びた白い手首が、こちらに向かって僅かに上下している。
手招きをしているようだった。
「……?」
きょろきょろと周囲を伺うが、彼の連れのような人物は見当たらない。誰に向かって手招きをしているのだろう。
まさか。
まさかな。
違いますよね、と思いながらもう一度彼に顔を向ける。目が合って、こくりと一つ頷かれた。
終わった。
「……、あの、」
「見たいの?」
うわ声もいいな。言いかけて慌てて飲み込む。そんなタイミングではなかった。
てっきり、見てるんじゃねえよ、と怒られるものだと思っていた。思っていたのだが、目の前の彼は予想に反して怠そうに首を傾けながらマスクを少し引っ張っている。
どんな姿勢を取っていてもモデルのようだ。どんな徳を積んだのだろうか。
「えっと、見たいとは……?」
私がそう返すと予想外だったのか、あれ、と少し目を丸くした。
え、何可愛い。
「何だ、気付いてたんじゃなかったの」
「何をですか?」
「俺、口裂け女の血筋なんだよね。だから気になって見てるのかと思って」
きみいつも見てるでしょ、と彼は少し目を伏せた。その拍子に睫毛の長さに気付いてしまう。え、凄い、ちょっと定規をあてて測ってみたい。
待って、彼はなんと言った。ええと。
「あの、えっと、ごめんなさい! 私はただ美人が居るなって思って!」
「……ふふ、なにそれ。これでも? って聞いてもい?」
あわあわと手を振る私を彼が愉快そうに見下ろしている。
凄い、私、目の保養にしていた人物と会話をしてしまっている。著しく迷惑をかけていた、いやかけている気はするが。
「えっ!? 口裂け女のマスクって下着みたいなものって聞いたことあるんですけど。大丈夫ですか!?」
「何それ、初めて聞いた。そんな話あんの? じゃあ俺これ外したらきみに変態扱いされるってこと?」
やば、と言って彼が笑った。目尻がきゅっと下がって、いつも見ていた姿よりどこか幼い印象を受ける。しかし柔らかくなった目元も彼の美しさは損なわない。
神に愛された造形だなあ、と思わず感心してしまった。
「……あの、」
「あは。ねえ、その制服、南高の生徒でしょ」
「あ、はい。そこの一年です」
「結構遠いでしょ。大変だね」
慣れてきました、と何となくもじもじと返事をしてしまう。そっか、と彼が柔らかく答えた。
「俺は一高の二年。よろしくね」
俺のが先輩だね、と彼がまた壁に寄りかかりながら笑った。
先輩。
イメージ通りでしたとは言えず、よろしくお願いします、とか細い声で返事をするに留まった。
初日のみ3話投稿してます。




