表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
56/58

第44話:『休日会議』


休日だった。

本当に久しぶりの休日だった。


歌舞伎町もない。 警察もない。 姫からの連絡もない。

忠敬は昼近くまで眠っていた。





部屋は静かだった。

正確には、人間にとっては静かだった。

小人たちにとっては違う。


『まだ起きないな』

財布の小人が言う。


『昨日も遅かったからな』

ハンカチの小人が答える。


『三時過ぎ』

『働きすぎ!』

『寝不足!』

『はい微動だにしないー』





ベッドの上では忠敬が毛布に埋まっている。

微動だにしない。




しばらくして。

財布の小人が部屋の隅を見る。棚だった。




そこだけ少し空気が違う。

忠敬がきちんと掃除している場所。埃もない。




古い絵本。

木箱。

一枚の写真。


そして、動かなくなったスマートウォッチ。





もう誰も喋らないものたち。


『よし、会議するか!』

財布の小人が言った。



『また!?』

『また』

『やるな』

『また』


『どうせやる』


『はい集まってー!』




小人たちが集まる。

椅子も机もない。だから好き勝手に座る。



ハンカチの小人は古い絵本の上。

財布の小人は木箱の縁。

キーケースの小人は写真立ての足元。


そして。

誰かが当然のように、動かないスマートウォッチの上によじ登った。



『はい議題!』

『最近の人間関係についてー!』



ため息が飛ぶ。


『まず相沢』


 即答だった。


『合格』

『合格!』

『合格だな』

『合格』

『合格!』

『はい合格ー!』




満場一致。





『あいつ馬鹿正直だしね』

『単純!』

『熱血!』

『熱い!』

『騙されそう!』

『でも嘘つかない』

『うん、それ』


『忠敬が一番苦手なタイプだな』

『なのに気に入ってる』

『珍しい』



ハンカチの小人が頷く。

『あいつ最近ちゃんと笑う』



少しだけ空気が柔らかくなる。


『はい次』


沈黙。


『御園生』



全員が顔を見合わせる。


『失格』

『一回失格』

『完全失格』

『はいアウトー!』



満場一致。



『あれは駄目だった』

『値踏みした!』

『刑事の目した!』

『ヤな目した!』

『締め出されたなー。キレイに』



『あの日、冷えたな』



誰かが遠い目をしてぽつりと言う。



『冷えた』

『冷えた冷えた』

『超冷えた』



小人たちは覚えている。

忠敬が何も言わなくなった瞬間を。心の扉が閉まる瞬間を。



しばらく沈黙。

やがて財布の小人が言う。


『でもさ』

『あのおじさん、自分で気づいてたよ?』

『油断できない』

『あ、線から締め出されたって、背中に冷たい汗流してた』

『あ、まずいって顔してたよね!』

『いつもなら怒るか誤魔化すのにさ、ただ笑って、悪かったなって水飲んでた』




小人たちが、それぞれの場所で小さく首を傾げる。



『……分かってるんだね』

『忠敬の線がどれだけ冷たいか、分かった上で、内側に置かれたがってた』

『これ戻れないやつだって、自分で笑ってたし』

『じゃあ』

『ずっぷり、沼の底』


『まぁでも』

『最近頑張ってるよね』

『頑張ってる』

『頑張ってる』

『かなり頑張ってる』


『毎日疲れてる!』

『御園生』


『寝てないし』

『帰らないし』


『ほんと馬鹿だなー』

『相沢と違う種類の馬鹿だ』



 くすくす笑い声が広がる。



『じゃあ』


『保留』

『保留』

『保留』


満場一致。



そして。

誰かが何気なく足元を見る。

動かないスマートウォッチ。




沈黙。




『……なあ』


ハンカチの小人だった。


『クロノなら、なんて言うかな』


返事はない。当然だった。






部屋には風だけが流れる。

誰も悲しそうな顔はしない。ただ少しだけ静かになる。



『たぶん』

『たぶんさ』

財布の小人が言う。


『面白がってる』



『ああ』

『ありそう!』

『御園生のことをさ』

『めちゃくちゃ面白がってる!』


少しだけ笑いが漏れる。



その時だった。 

写真立ての上から声がした。


『違うな』 



全員が振り向く。 

軍服姿の小人。正一だった。


『おう』

『起きてた!』

『おはよ!』

『ずっと聞いてたのか』 



正一は笑う。

『全部聞こえてた』 



そして。眠っている忠敬を見る。



『あいつはな』 


静かな声だった。



『昔から変わらん』 



窓の外で風が鳴る。



『人間を信じない』 


誰も否定しない。


『でも、人間を嫌ってるわけじゃない』

『だから厄介なんだ。……嫌いなら、完全に切り捨てて終わるのにな』



それも皆知っていた。



正一は苦笑する。

『放っておけない』

『助ける』

『守る』


『でも信じない』



『損な性格だな』

誰かが言う。



『宗次に似た』

正一が答える。





しばらくして。彼は棚の上を見る。

古い絵本。動かないスマートウォッチ。

もう喋らないものたち。



『なあ』


正一がぽつりと言う。



『消えるのは寂しいか?』


誰も答えない。



『寂しいよな』


それは質問ではなかった。




『でも』


正一は微笑む。





『無くなったわけじゃない』





風が吹く。





『覚えてる奴がいる限り』





その視線の先には。眠る忠敬がいた。


『あいつは忘れない』




静かな確信だった。


『だから大丈夫だ』



誰も反論しない。

それから少しだけ。誰も喋らなかった。


穏やかな沈黙だった。






その時。

ベッドが軋む。



全員が固まる。




『やばい!』

『起きる』

『本人だ!』

『逃げろ!!』

『逃げろ逃げろ!』



蜘蛛の子を散らすように解散する。





数秒後。

忠敬がゆっくり目を開けた。

眠そうな目で部屋を見る。





静かだった。

あまりにも静かだった。


「……」


忠敬は半目のまま呟く。


「何か話してただろ」

即答だった。



『知らない』

『知らない!』

『何もー!』

『何もない!』

『平和だった!』



「嘘つけ」


小さなため息。



そして。

忠敬の視線が棚へ向く。




動かないスマートウォッチ。

古い絵本。

セピア色の写真。




そこだけ少し日が当たっていた。


忠敬はしばらく見つめる。




それから。

本当に小さな声で言った。


「……おはよう」




返事はない。

もう二度と返ってこない。


それでも。

忠敬は少しだけ目を細めた。



「今日から連休もぎ取った」



まるで報告するみたいに。





窓の外では、初夏の風が静かにカーテンを揺らしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ