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第22話:『No.2ホスト観察記録』後編


営業終了は午前三時過ぎだった。

最後の姫を見送り、フロアの照明が少しだけ明るくなる。


シャンパンコールの熱気も、笑い声も、今はもう残っていない。


片付けを始めた黒服たちが慣れた手つきでグラスを回収し、ホストたちはようやく営業用の笑顔を下ろし始めていた。



忠敬も回収したグラスをトレーへ載せながら、小さく息を吐く。



今夜も無事終了。

そう思ったのだが。


バックヤードへ足を踏み入れた瞬間、ソファ小人が神妙な顔で呟いた。

『始まった』

『始まったな』

『今週もか』


(ああ)

なんとなく察した。


視線の先。

ソファに腰掛けたシンが、スマホを見つめながら難しい顔をしている。


別に落ち込んでいるようには見えない。


だが、シンのスマホ小人は床に寝転がっていた。

四肢を投げ出し、虚無の目をしている。


『反省会だ』

『長くなるぞ』

『帰りたい』


腕時計小人もげっそりしている。


『今日の主人は重症』

『七番卓の姫案件だ』


(そんなにか)


『そんなに』


即答だった。







「クロノくん」


案の定、呼ばれた。


「なんですか」


シンが顔を上げる。

「今日さ」

「はい」

「七番卓いたじゃん」

「いましたね」




「姫、途中でちょっと静かにならなかった?」



始まった。


スマホ小人が両手で顔を覆う。

『第一周』


腕時計小人も慣れた様子で頷いた。

『定型文』

『毎週聞いてる』




忠敬は少し考えた。

そして答える。


「別に」


「ほんと?」

「はい」

「ならいいんだけど」


シンは頷いた。


終わった。




終わったはずだった。






五分後。


「クロノくん」


「なんですか」

「やっぱりちょっと気になるんだけど」


(早いな)


『第二周』

『予定通り』

『順調』

小人たちが実況する。


「俺、なんか変なこと言ったかな」

「覚えてないんですか」

「覚えてる」

「なら大丈夫でしょう」

「でも覚えてるから気になるんだよ」


面倒くさい。


忠敬は心の底からそう思った。


するとスマホ小人が小さくため息を吐く。

『始まったよ』

『主人これなんだよ』


腕時計小人も頷く。

『姫が楽しめたか気になる』

『毎回』

『売れてない頃からずっと』


ネクタイピン小人も肩をすくめた。

『だから準備もするしな』

『出勤前ずっと調べてた』

『会話ネタ確認してたし』



忠敬は思い出す。


確かに営業前、シンはスマホを見ながら何か確認していた。

姫の好きなアーティストだとか。

最近飼い始めた犬の話だとか。




営業中も自然にその話題を出していた。

だから客も笑っていたのだろう。







その時だった。

バックヤードのドアが開く。


黒服の田辺が入ってくる。


シンを見る。

察する。


忠敬を見る。

さらに察する。


「クロノ」

「嫌です」

「まだ何も言ってねぇ」

「シンさんでしょう」

「シンだ」


図星だった。


田辺は大きくため息を吐く。

「頼む」


「なんで俺なんですか」

「俺が付き合うと長引く」

「でしょうね」

「レンが付き合うと余計悩む」

「でしょうね」


「お前が一番早い」


「不本意です」



田辺は真顔だった。

「店内全員そう思ってる」


全く嬉しくなかった。






「シンさん」

「うん?」


忠敬は向かいの椅子へ腰を下ろした。


その瞬間。


ロッカー小人たちがざわつく。

『来た』

『保護者』

『お母さん』


(違う)


ソファ小人が笑う。

『前にも言われてたな』


(忘れろ)


誰も忘れていなかった。





「シンさん」

「…うん」

「姫、笑ってたじゃないですか」

「それはそうなんだけどさ」


終わらない。


スマホ小人が頭を抱える。

『出た』

『まだ続く』

『だから長いんだ』


シンは少し考え込むようにスマホを見つめた。


「なんていうか」

「はい」

「もっと楽しませられた気がするんだよね」


忠敬は黙る。


シンは続けた。

「別に嫌な顔してたわけじゃないんだ」

「はい」

「でも途中で少し考え込んでたでしょ」

「そうでしたっけ」

「そう見えたんだよ」


面倒くさい。

本当に面倒くさい。


だが小人たちは呆れながらも笑っていた。

『始まった始まった』

『主人のいつものやつ』

『気にしすぎなんだよな』


『でもまあ』


『だから売れてる』




皆どこか誇らしげだった。






しばらくして。

シンがぽつりと呟く。


「レンさんだったらさ」


忠敬は黙って聞く。


「もっと上手くできたのかな」



小人たちが一斉に天井を見上げた。

『出た』

『レン様比較』

『今週も出ました』

『主人ホントそれ好きだな』

『十年言ってる。さらに二十年後も言うでしょ』


「別にレンさんがどうこうじゃないんだけど」


シンは苦笑する。

「なんか考えちゃうんだよね」


その顔は少しだけ子供っぽかった。


売上二位。

接客も一流。

誰から見ても売れっ子ホスト。


それなのに、もっと上を見ている。


だから悩む。

だから準備する。


だから、


客の小さな反応まで気にする。




小人たちはそんな主人を知っていた。

面倒くさいことも。

不器用なことも。

心底楽しませたいと思ってることも。



全部知っていた。



「シンさん」

「うん?」


「面倒くさいです」


シンが吹き出した。

「ひどくない?」


「毎週同じこと言ってるでしょう」

「うっ」


「姫は笑ってた」


「…うん」


「会話も弾んでた」

「うん」


「以上です」


バッサリだった。




小人たちが一斉に頷く。

『正論』

『その通り』

『主人聞け』

『毎回それだ』


シンは苦笑しながら頭を掻く。


「クロノくんさ」

「なんですか」

「たまに容赦ないよね」

「面倒なので」

「ひどいなぁ」


そう言いながらも、さっきより表情はずっと柔らかくなっていた。




やがてシンが立ち上がる。

「……帰るか」


スマホ小人が涙ぐむ。

『終わった』

『解散』

『帰れる』


腕時計小人もほっとした顔だった。

『今日は早かった』

『一時間かからなかった』



大袈裟だった。




鞄を肩に掛けたシンが振り返る。

「ありがとね」


「別に」


「田辺さんに頼まれたから?」

「まあ」


「それだけ?」


忠敬は少しだけ考える。


そして。


「シンさん」

「ん?」


「姫、帰る時笑ってましたよ」




沈黙。



バックヤードが静かになる。


スマホ小人が固まる。

腕時計小人も固まる。

ネクタイピン小人も固まる。



シンは数秒だけ目を丸くしていたが、やがてふっと笑った。



「……そっか」



それだけだった。


だが。


『あ』

スマホ小人が小さく呟く。

『止まった』


腕時計小人も頷く。

『効いたな』


ネクタイピン小人は満足そうに笑った。

『これで今日は寝るな』




シンが帰った後。

バックヤードにはようやく静けさが戻る。



田辺が缶コーヒーを差し出してきた。

「助かった」


「次から断ります」

「無理」

「なんでですか」


「お前が一番効くから」


またそれだった。

納得はできない。



その時。

シンの名刺ケース小人が、鞄の隙間から顔を出した。


『兄ちゃん』

(なんだ)


『ありがとな』


少し誇らしげな声だった。


すると腕時計小人が続ける。

『でも主人』

『たぶん明日また悩むぞ』


スマホ小人も頷いた。

『昼くらいから再開』


『LINE返ってきたら第二ラウンド』


『来週もやる』


忠敬は小さくため息を吐く。



(知ってる)


小人たちが笑った。




歌舞伎町の夜は今日も騒がしい。

No.2ホストは明日もまた悩むだろう。


それでも客を楽しませようと考えて。

もっと良くできたんじゃないかと考えて。


そしてまた反省する。


面倒くさい男だった。



けれど。



『うちの主人、すごいんだぞ』

名刺ケース小人の誇らしげな声に、誰も反論しなかった。



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