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第21話:『店の前の騒動と、知らない顔』


その日、『LUXE』は週末らしい賑わいを見せていた。テーブルはほぼ埋まり、ホストたちは卓から卓へと忙しく動き回っている。そんな中でも、クロノこと潜木忠敬は普段と変わらなかった。


客の話に相槌を打ちながらグラスの減り具合を確認し、近くを通った黒服へ視線だけで合図を送る。別卓で少し困った様子の新人がいれば、客に気付かれないよう短く助言する。


特別なことをしているつもりはない。ただ、自分の仕事をしているだけだった。


『あっちも見てる』

『こっちも見てる』

『忙しい!』

テーブル小人たちが騒ぐ。


(仕事中だからな)


忠敬は心の中だけで返した。


その時、入口付近が少し騒がしくなった。

外から怒鳴り声が聞こえてきたらしい。近くにいた黒服が顔をしかめ、別のスタッフへ声をかけながら店の外へ向かっていく。


客の一人が不安そうに入口を見た。

「なんかあった?」

「酔っ払い同士の揉め事みたいですね」


忠敬は落ち着いた声で答えた。


「この辺だと珍しくないので大丈夫ですよ。警察も呼んだみたいですし」

「なら安心か」

「はい」


自然に話題を戻す。

客もそれ以上気にしなかった。



ホストの仕事は会話を盛り上げることだけではない。

不安や居心地の悪さを取り除くことも仕事のうちだ。





店の前では、酔っ払い二人が大声で言い争っていた。通行人が足を止め、黒服たちが間に入り、それでも収まらない。


そこへパトカーが到着した。

相沢は車を降りると、慣れた様子で状況確認を始めた。


「順番に話してください」

「だからこいつがよ!」

「分かりました。まずこちらへ」


酒の入った人間同士の喧嘩は面倒だ。


話が飛ぶ。

記憶も曖昧になる。


それでも仕事だから仕方がない。

相沢は根気よく事情を聞いていた。


その途中、店のドアが開いた。


黒服が一人出てくる。

続いて別のスタッフ。


そして一瞬だけ、店内の様子が見えた。


明るい照明。

笑い声。

客たち。



その中に見覚えのある顔があった。

潜木忠敬。


以前ストーカー相談を受けた大学生だった。




だが、交番で見た時とは少し印象が違う。

客と話しながら笑っている。しかも会話に夢中というわけではなく、周囲にも細かく気を配っているようだった。


ドアはすぐ閉まった。

ほんの数秒の光景だった。

相沢は特に気に留めず、再び酔客へ向き直る。


「それで、どちらが先に手を出しましたか」


仕事はまだ終わっていない。





騒ぎの対応には思ったより時間がかかった。

双方の身元確認。

事情聴取。

説得。


最終的に大事にはならず、それぞれ帰らせることになった。


「ありがとうございました」

黒服が頭を下げる。


「いえ」

相沢も軽く会釈した。


ちょうどその時、店のドアが開く。

客を見送っていた新人ホストが慌てた様子で中へ戻っていった。


その直後だった。店の奥から忠敬の声が聞こえる。


「大丈夫です。すぐ行くので、卓に戻ってください」


落ち着いた声だった。新人が何か答える。

相沢から中の様子はよく見えない。だが新人が安心したように戻っていくのは分かった。



「クロノはああいうの得意なんですよ」


隣でレンが笑った。いつの間にか外へ出てきていたらしい。


「クロノ?」

「源氏名です」

「ああ」


ホストらしい響きだ、と相沢はぼんやりと思った。


「客の機嫌とか、新人の様子とか、すぐ気付くんです」


レンは少し肩をすくめる。

「自分のことには驚くほど鈍いというか、何かを必死にやせ我慢してる気はするんですけどね」



その言葉に、相沢は以前の相談を思い出した。


『今のところ“実害はない”そう判断した。だから放置していた』

調書の一文。何かを隠すように、ストーカー被害を一人で抱え込もうとしていた青年。


なるほど、と少しだけ納得する。


周囲の危機には誰よりも早く気づいて店を壊さないように立ち回るのに、自分の抱えている傷や問題だけは、誰にも見せないように胸の奥に隠してやせ我慢を貫こうとする。

そういう不器用な人間なのだと、レンのプロとしての鋭い観察眼を通じて、相沢の胸にすとんと腑に落ちた。









騒動が片付き、相沢たちは引き上げることになった。


パトカーへ向かう途中、店のドアが再び開く。今度は忠敬自身だった。

見送りではない。黒服から何かを頼まれたらしく、店の備品らしき箱を受け取っている。


その動きが妙に自然だった。黒服も新人も、当たり前のように彼へ声をかける。

頼っているのが分かる。


忠敬は相沢の姿に気付いた。一瞬だけ目が合う。


「こんばんは」

仕事中らしく簡潔な挨拶だった。


「こんばんは」

相沢も返す。


それだけ。忠敬はすぐ店内へ戻っていった。客が待っているのだろう。


相沢は閉まったドアを見つめ、それから小さく息を吐いた。




交番や外で会う時の潜木忠敬しか知らなかった。だから勝手に、放っておけない危なっかしいだけの大学生だと思っていた。

もちろん今もそういう部分は多分にあるのだろう。


だが、それだけではないらしい。

店の中には、自分の知らない"クロノ"がいた。


「相沢さん?」

同僚に呼ばれる。

「今行きます」

相沢はパトカーへ乗り込んだ。



一方その頃。


忠敬は店内で客に言われていた。

「クロノくんって、なんでも気付くよね」


『気付く!』

『気付く!』

『見てるから!』

小人たちが騒ぐ。


忠敬は聞こえないふりをした。


「そんなことないですよ」

本気でそう思っているのは、本人だけだった。



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