第18話:『喋りすぎる炊飯器と、完全オフの潜木忠敬』
珍しいこともあるものだ、とレンは思った。
「……クロノが休み?」
営業前のバックヤードでレンがシフト表を二度見する。
その横で、黒服の田辺も腕を組んだ。
「しかも完全オフらしいぞ。大学も休講」
「え、あいつ今日なにすんの?」
「知らん」
新人ホストがぽかんとする。
「クロノさんって休みの日あるんすね……」
「あるにはある」
田辺は遠い目をした。
「でも大抵、大学か寝てる」
つまり今日みたいな、“何もない完全オフ”はかなり珍しい。
レンはニヤリと笑った。
「……ちょっと気になるな」
*
その頃、潜木忠敬は自宅で炊飯器を見つめていた。
「……よし」
炊飯器小人が、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
『今日はいっぱい寝た!!』
『お兄ちゃん元気!!』
実際、かなり元気だった。
昨日は十二時間寝た。人類は睡眠を取ると回復する。忠敬も例外ではない。
目の下の隈も薄いし、顔色もだいぶマシだ。
そして何より、機嫌が少し良かった。と言っても、一般人には分からない程度だが。
炊飯器の蓋を開ける。
湯気。
炊きたての白米。
炊飯器小人が誇らしげに胸を張る。
『今日は完璧!!』
「……うまそう」
トースター小人が騒ぐ。
『喋った!!』
「うるせぇ」
普段よりちょっとだけ口数が多い。
これもかなりレアだった。
*
昼過ぎ、忠敬はスーパーへ来ていた。
黒パーカー。ラフな格好。寝癖。完全に普通の大学生である。しかも今日は寝不足じゃない。
その結果、妙に動きが軽かった。
カゴ小人が楽しそうに笑う。
『お兄ちゃん今日フラフラしてない!』
(普段どんな認識なんだよ)
野菜コーナーで立ち止まる。
値札小人が元気よく手を振った。
『こっち安い!』
「……ほんとだ」
隣にいた主婦がギョッと振り向く。
忠敬は何事もなかった顔で玉ねぎをカゴへ入れた。
危なかった。
*
会計後、店を出ようとしたところで入り口近くが少し騒がしいことに気づく。
小さな男の子が泣いていた。
どうやら親とはぐれたらしい。
迷子アナウンスをしようにも、子供が泣きすぎて話になっていない。店員も困っている。
その瞬間、迷子札小人が忠敬へしがみついた。
『あのね、ママ見つからなくて怖いって!』
(見れば分かる)
忠敬は少しだけ迷った。
今日はオフだ。面倒事は避けたい。
だが、男の子の靴小人が半泣きで叫んだ。
『いっぱい歩いて疲れたの!!!!!』
「……はぁ」
諦めたように近づく。
店員が困った顔で振り返った。
「あ、すみません——」
忠敬はしゃがみ込み、男の子と視線を合わせる。
「名前は」
「っ、ひっく……ゆ、ゆうと……」
「何歳」
「ごしゃい……」
「そう」
声が妙に落ち着いていた。
泣いていた男の子が、少しだけ呼吸を止める。
忠敬はポケットから飴を取り出した。
鞄小人が胸を張る。
『お兄ちゃん非常食いっぱい入れてる!』
「食う?」
男の子がこくこく頷く。
その間に、忠敬は店員へ短く言った。
「迷子アナウンスお願いします」
「は、はい!」
その時、後ろから聞き覚えのある声がした。
「……クロノ?」
忠敬の動きが止まった。
振り返る。
そこにいたのは、LUXEの常連客・美優だった。
私服姿の忠敬を見て、美優が目を丸くする。
「え、ほんとにクロノくん!?」
「なにしてんの!?」
「……スーパー」
「見れば分かる」
その返しがあまりにも普段通りで、美優は吹き出した。
次に、美優は忠敬の隣で大人しく飴を舐めている男の子を見る。そして男の子へ視線を合わせながら、静かに話している忠敬を見る。
「……」
いつもの“クロノ”とは少し違った。
店の中より、もっと自然で。
もっと素だった。
男の子が不安そうに忠敬の袖を掴む。忠敬は逃がさなかった。ただ、当然みたいにそのまま立っている。
それだけだった。
なのに。
美優は思わず顔を押さえる。
(いや無理……)
その横で、買い物袋小人が騒ぎまくっていた。
『お兄ちゃん今日ずっと優しい!!』
『しかも無意識!!』
(黙れ)
数分後、母親が見つかり男の子は無事回収された。
母親は何度も頭を下げる。
忠敬は「見つかってよかった」としか返さなかった。
そしてそのまま帰ろうとする。
だが美優がニヤニヤしながら横へ並んできた。
「クロノくん」
「……なんです」
「今日なんか、めちゃくちゃ普通の大学生だね」
「大学生なんで」
「店だともっと、“近寄るな”感あるのに」
忠敬は少しだけ黙った。
スーパーの袋が揺れる。
その袋の小人が、楽しそうに笑っていた。
『今日のお兄ちゃん機嫌いい!』
(……そうか?)
美優はしばらく忠敬を見たあと、ふっと笑う。
「でもそっちの方が好きかも」
「……変わってますね」
「クロノくんにだけは言われたくない」
忠敬のスマホが震えた。
画面表示。
【レン:クロノー、今日ほんとに休み?】
【レン:店忙しい】
【レン:助けて】
忠敬は無言で画面を閉じる。
スマホ小人が爆笑していた。
『レンのお兄ちゃん泣いてる!!』
忠敬は深くため息を吐いた。
それでも今日は少しだけ、平和な休日だった。




