第12話:『アウェーのヘルプ席と、喋りすぎる灰皿たち』
金曜、夜八時。
大学の講義を終えた忠敬――源氏名クロノは、歌舞伎町の雑踏を歩きながら、心底嫌そうな顔をしていた。
「……なんで俺が系列店に出張なんだよ」
脳裏に浮かぶのは、一時間前のレンからの電話だった。
『頼むクロノ!! 一日だけ!! マジで!!』
『系列の“JOKER”がヘルプ足りねぇんだよ!!』
『今日だけ乗り切ればいいから!!』
そして最後。『お前、他店でも絶対ウケるから』
(それが一番嫌なんだよ……)
忠敬は深くため息をついた。
*
系列店『JOKER』は、『LUXE』とは空気が違った。
LUXEが静かな高級ラウンジなら、 JOKERは“陽キャの戦場”である。
爆音。
コール。
派手な照明。
通されたバックヤードでも、 ホスト同士が大声で笑っていた。
「うわ、マジで来た」
「クロノって本当に大学生なんだ」
「顔ちっさ……」
完全に見世物だった。
忠敬はげんなりする。
すると、 壁際のロッカーの小人たちが興奮して騒ぎ始めた。
『来た来た!!』
『LUXEの変人!!』
『なんか全部察する奴!!』
(どこでもその認識なのかよ……)
その時。
「へぇ」
奥から一人の男が現れた。
銀髪。
細い目。
軽薄そうな笑み。
JOKERの売れっ子ホスト・アキ。
「アンタがクロノ?」
「……どうも」
「もっと怖い奴かと思った」
香水瓶の小人がヒソヒソ声で教えてくる。
『アキさんな、普段めちゃくちゃ人たらしだぞ』
『でも今ちょっと警戒してる』
『“LUXEの秘密兵器”とか噂されてるから』
(なんだその嫌な通り名)
アキは笑った。
「今日は適当にヘルプ回ってよ。ウチ自由だから」
「助かる」
「あと」
「?」
「ウチの客、距離近いから気をつけて」
その意味は、 十分後に理解した。
*
「クロノくーん♡」
「え、新人!? 可愛い〜!」
「ねぇ大学生なんでしょ? 何学部?」
囲まれていた。完全に。しかも距離が近い。
JOKERの客は、 LUXEより圧倒的に“ノリ”が強かった。肩を組まれ、 腕を引かれ、 質問が飛び交う。
だがクロノ本人はいつも通り淡々としている。
「経済」
「へぇ〜頭いい」
「別に」
その頃、テーブル上の灰皿小人たちは大盛り上がりだった。
『この兄ちゃん全然動じねぇ!!』
『普通の新人ならテンパる距離感だぞ!!』
『でも客のテンションめちゃくちゃ上がってる!!』
さらにグラスの小人が忠敬へ叫ぶ。
『左の姉ちゃん、実は今日かなり落ち込んでる!!』
『さっき別卓で元彼からLINE来て顔死んでた!!』
スマホの小人も頷く。
『既読ついてないのずっと気にしてる!!』
(……なるほど)
忠敬はさりげなく酒を置いた。
「無理して飲まなくていいぞ」
「え?」
女の子が目を丸くする。
「今日ちょっと疲れてるだろ」
「……なんで分かったの?」
周囲の小人たちが一斉に騒いだ。
『また始まった!!』
『クロノの“なんで分かったの”タイム!!』
忠敬は適当に誤魔化す。
「顔見ればなんとなく」
「なにそれ、ズル……」
空気が一気に柔らかくなった。
その様子を、 遠くからアキが眺めていた。
「……は?」
「なんであれで懐く?」
隣の黒服が真顔で答える。
「だから売れてるんですよ」
*
一時間後、クロノはほぼ全卓を回っていた。
しかも異様に評判がいい。
「クロノ呼んで〜」
「あの静かな子また来ない?」
「落ち着くんだけど」
JOKERホストたちがザワつく。
「え、もう客掴んでんの?」
「早くね?」
だが当の本人は疲弊していた。
(うるせぇ……人多い……)
しかも小人たちの情報量が多すぎる。
シャンパンボトルの小人。
『その客、実は酒弱い!!』
バッグの小人。
『右の席の姉ちゃん、終電気にしてる!!』
ライターの小人。
『新人ホスト、今タバコ銘柄ミスりそう!!』
情報が止まらない。
(今日は特にうるせぇな……!)
その時だった。
VIP席から怒鳴り声が響く。
「は? ふざけてんの?」
空気が凍った。
どうやら新人ホストが、 客の地雷を踏んだらしい。JOKERの空気が一気にピリつく。
すると、 その卓のテーブル小人が必死に叫んだ。
『ヤバい!! このお姉さん、“話聞いてない男”が大嫌いなんだ!!』
『新人くん、さっきから全部自分の話しかしてない!!』
新人ホストは完全に顔面蒼白だった。
アキが助けに入ろうとする――その前に。
「失礼します」
クロノが自然に席へ滑り込んだ。
「隣いい?」
女性客は不機嫌そうに頬杖をつく。
「……何」
「いや、なんか疲れてそうだったから」
灰皿の小人が大騒ぎする。
『うわ自然!!』
『接客というより会話!!』
女性客はムスッとしたままだ。
「疲れてるよ。ずっと自慢話聞かされてたし」
「それはしんどいな」
「……否定しないんだ」
「実際しんどそうだった」
空気が変わった。
女性客が吹き出す。
「ふふっ……何それ」
新人ホストが呆然とする。
さっきまで怒っていた客が、 もう笑っていた。
アキが遠くで頭を抱えた。
「マジでなんなんだアイツ……」
左手首のクロノが静かに告げる。
「主。現在JOKER女性客たちの“クロノ再来店希望率”が急上昇中」
「やめろ。これ以上面倒増やすな」
だが店内の小人たちは、 今日一番の盛り上がりを見せていた。
『他店制圧ーーー!!』
『クロノまた無自覚で客落としてる!!』
『アキさん胃痛コース突入入りましたー!!!』




