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第12話:『アウェーのヘルプ席と、喋りすぎる灰皿たち』


金曜、夜八時。


大学の講義を終えた忠敬――源氏名クロノは、歌舞伎町の雑踏を歩きながら、心底嫌そうな顔をしていた。


「……なんで俺が系列店に出張なんだよ」


脳裏に浮かぶのは、一時間前のレンからの電話だった。


『頼むクロノ!! 一日だけ!! マジで!!』

『系列の“JOKER”がヘルプ足りねぇんだよ!!』

『今日だけ乗り切ればいいから!!』


そして最後。『お前、他店でも絶対ウケるから』


(それが一番嫌なんだよ……)


忠敬は深くため息をついた。



系列店『JOKER』は、『LUXE』とは空気が違った。

LUXEが静かな高級ラウンジなら、 JOKERは“陽キャの戦場”である。


爆音。

コール。

派手な照明。



通されたバックヤードでも、 ホスト同士が大声で笑っていた。

「うわ、マジで来た」

「クロノって本当に大学生なんだ」

「顔ちっさ……」

完全に見世物だった。


忠敬はげんなりする。


すると、 壁際のロッカーの小人たちが興奮して騒ぎ始めた。

『来た来た!!』

『LUXEの変人!!』

『なんか全部察する奴!!』


(どこでもその認識なのかよ……)


その時。


「へぇ」

奥から一人の男が現れた。


銀髪。

細い目。

軽薄そうな笑み。

JOKERの売れっ子ホスト・アキ。


「アンタがクロノ?」

「……どうも」

「もっと怖い奴かと思った」


香水瓶の小人がヒソヒソ声で教えてくる。

『アキさんな、普段めちゃくちゃ人たらしだぞ』

『でも今ちょっと警戒してる』

『“LUXEの秘密兵器”とか噂されてるから』


(なんだその嫌な通り名)


アキは笑った。


「今日は適当にヘルプ回ってよ。ウチ自由だから」

「助かる」

「あと」

「?」

「ウチの客、距離近いから気をつけて」




その意味は、 十分後に理解した。





「クロノくーん♡」

「え、新人!? 可愛い〜!」

「ねぇ大学生なんでしょ? 何学部?」


囲まれていた。完全に。しかも距離が近い。


JOKERの客は、 LUXEより圧倒的に“ノリ”が強かった。肩を組まれ、 腕を引かれ、 質問が飛び交う。



だがクロノ本人はいつも通り淡々としている。


「経済」

「へぇ〜頭いい」

「別に」


その頃、テーブル上の灰皿小人たちは大盛り上がりだった。

『この兄ちゃん全然動じねぇ!!』

『普通の新人ならテンパる距離感だぞ!!』

『でも客のテンションめちゃくちゃ上がってる!!』


さらにグラスの小人が忠敬へ叫ぶ。

『左の姉ちゃん、実は今日かなり落ち込んでる!!』

『さっき別卓で元彼からLINE来て顔死んでた!!』


スマホの小人も頷く。

『既読ついてないのずっと気にしてる!!』


(……なるほど)

忠敬はさりげなく酒を置いた。


「無理して飲まなくていいぞ」

「え?」


女の子が目を丸くする。


「今日ちょっと疲れてるだろ」

「……なんで分かったの?」


周囲の小人たちが一斉に騒いだ。

『また始まった!!』

『クロノの“なんで分かったの”タイム!!』


忠敬は適当に誤魔化す。

「顔見ればなんとなく」



「なにそれ、ズル……」


空気が一気に柔らかくなった。




その様子を、 遠くからアキが眺めていた。


「……は?」

「なんであれで懐く?」


隣の黒服が真顔で答える。

「だから売れてるんですよ」





一時間後、クロノはほぼ全卓を回っていた。

しかも異様に評判がいい。


「クロノ呼んで〜」

「あの静かな子また来ない?」

「落ち着くんだけど」


JOKERホストたちがザワつく。

「え、もう客掴んでんの?」

「早くね?」


だが当の本人は疲弊していた。


(うるせぇ……人多い……)


しかも小人たちの情報量が多すぎる。


シャンパンボトルの小人。

『その客、実は酒弱い!!』


バッグの小人。

『右の席の姉ちゃん、終電気にしてる!!』


ライターの小人。

『新人ホスト、今タバコ銘柄ミスりそう!!』


情報が止まらない。


(今日は特にうるせぇな……!)




その時だった。

VIP席から怒鳴り声が響く。


「は? ふざけてんの?」




空気が凍った。



どうやら新人ホストが、 客の地雷を踏んだらしい。JOKERの空気が一気にピリつく。


すると、 その卓のテーブル小人が必死に叫んだ。

『ヤバい!! このお姉さん、“話聞いてない男”が大嫌いなんだ!!』

『新人くん、さっきから全部自分の話しかしてない!!』


新人ホストは完全に顔面蒼白だった。

アキが助けに入ろうとする――その前に。


「失礼します」

クロノが自然に席へ滑り込んだ。


「隣いい?」


女性客は不機嫌そうに頬杖をつく。


「……何」

「いや、なんか疲れてそうだったから」


灰皿の小人が大騒ぎする。

『うわ自然!!』

『接客というより会話!!』



女性客はムスッとしたままだ。

「疲れてるよ。ずっと自慢話聞かされてたし」

「それはしんどいな」

「……否定しないんだ」

「実際しんどそうだった」



空気が変わった。



女性客が吹き出す。

「ふふっ……何それ」




新人ホストが呆然とする。



さっきまで怒っていた客が、 もう笑っていた。



アキが遠くで頭を抱えた。

「マジでなんなんだアイツ……」


左手首のクロノが静かに告げる。

「主。現在JOKER女性客たちの“クロノ再来店希望率”が急上昇中」


「やめろ。これ以上面倒増やすな」



だが店内の小人たちは、 今日一番の盛り上がりを見せていた。

『他店制圧ーーー!!』

『クロノまた無自覚で客落としてる!!』

『アキさん胃痛コース突入入りましたー!!!』


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