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第11話:『拗ねたネイル瓶と、女王様の最終警告』上


金曜の深夜一時。

歌舞伎町のネオンは、むしろここからが本番だった。


高級ホストクラブ『LUXE』のVIP席では、重たいシャンパンタワーの氷が静かに音を鳴らし、フロアでは酔った笑い声と香水の匂いが混ざり合っている。


そんな中。


店の空気だけが、妙に張り詰めていた。


「……なぁ黒服さん」

「なんだレン」

「今日、美咲さん来てから一回も笑ってなくない?」


No.1ホスト・レンがヒソヒソ声で呟く。


フロア端のVIP席。

そこに座る太客――美咲は、今夜も圧倒的に綺麗だった。


けれど、怖い。

いつもの「機嫌悪い」ではない。

静かすぎるのだ。


脚を組み替える仕草も、

グラスを傾ける動きも、

全部がやけに丁寧で、 逆に感情が読めない。


そして何より、彼女が指先で、ずっとスマホを無言で叩いている。



そのスマホケースの小人が、半泣きで忠敬へ叫んでいた。

『ヤバいヤバいヤバい!! うちのご主人、今めちゃくちゃ怒ってる!! 表情に出してないだけで、内部温度ほぼマグマ!!』



隣では、テーブルの上のネイル瓶の小人たちが震えていた。

『今日のご主人、ネイル塗る時に一言も喋らなかったんだぞ!?』

『しかも二回塗り失敗してる!! 心ここにあらず状態だ!!』

『このままだと誰か死ぬ!! 主にホストが!!』



(物騒だなオイ……)



忠敬――源氏名クロノは、頭痛を堪えるように眉間を押さえた。




原因は分かっていた。

三日前にクロノが大学の必修講義で店を休んだ日。


美咲は来店していた。


そして、代わりについた新人ホストが軽率に言ったのだ。

「クロノって大学生なのに、なんでそんな人気あるんすかね?」

「ていうか、美咲さんってクロノのどこ好きなんすか?」


その瞬間、美咲は笑顔でシャンパンを飲み干すと


「別に?」


とだけ答えて帰ったらしい。



以来1週間、クロノ宛の連絡はゼロ。

同伴もなし。


そして今日、突然来店。

これはつまり“処刑前の静けさ”だった。



レンが遠くから震え声で言う。


「クロノ……お前、何やった?」

「俺は何もやってない」

「それでその空気になる女が一番怖いんだよ」







ド正論だった。





美咲のバッグの小人が、テーブルから身を乗り出して必死に叫んだ。


『お兄ちゃん!! 今ならまだ間に合う!! ご主人、本当はずっと寂しかったんだ!!』

『大学で来れないのは理解してる!! でも周りが“遊び半分の学生ホスト”みたいに言ったのが許せなかったんだよ!!』

『しかも今日来る前、家で三十分も服選んでたんだからな!?』


(……めちゃくちゃ来る気満々じゃねぇか)

忠敬は小さく息を吐いた。


(つまり試されてるってことか)


面倒くさい。だが逃げるともっと面倒になる。

忠敬は諦めたように席へ向かった。


「お待たせ」


静かに座る。




美咲はグラスを傾けたまま、視線だけを向けた。


「……クロノくん」

「ん?」

「大学、忙しいんだ?」


その言い方が怖い。

優しい声なのに、 床が凍るタイプの圧だ。



周囲の小人たちが一斉に悲鳴を上げる。

『来たァーーー!!』

『地雷原質問!!』

『回避しろ!! 即死するぞ!!』


忠敬はため息を飲み込んだ。



「忙しかった」

「ふぅん」

「悪かったとは思ってる」


店内の空気が止まる。

レンが遠くで小声になった。


「うわクロノ真正面から行った」

「終わったか?」

「いや逆に生き残るルートかもしれん」



美咲は数秒、黙った。


そして。


「……ほんと、ずるいよね」


ぽつりと呟く。


「普通のホストなら適当に誤魔化すのに」

「クロノくん、変なところだけ真面目」



テーブルの香水瓶の小人が感動して泣いていた。

『うおおお!! 致命傷回避!!』

『誠実判定入ったァ!!』


美咲はようやく少し笑った。


けれど次の瞬間。

「でも私、今日かなり怒ってたから」


そう言って、 スマホ画面を見せてきた。

そこには“クロノが来るまで帰らない” と、友人とのLINE。


(重っっっっ)



スマホの小人がドヤ顔する。

『三時間前から待機してたぜ!!』


「……帰れよ」

「やだ」

「子供か」

「クロノくんが悪い」


周囲のホストたちが一斉に顔を逸らした。レンなんか完全に笑いを堪えている。


だがその時、美咲のネイル瓶の小人が突然真顔で忠敬へ耳打ちした。


『ちなみに今、ご主人かなり限界近いぞ』

『今日ずっと我慢して平静保ってるけど、本当は“会えなかった分ちょっと甘やかされたいモード”入ってる』


(そんな内部情報いらねぇ……)


忠敬は頭を抱えそうになる。だが放置するとさらに長引く。



忠敬は観念した。




「……今日だけだからな」


そう言って。


テーブル中央にあった小皿のチョコを一つ取り、美咲の前へ滑らせる。


「機嫌直せ」


一瞬。



店内と美咲が固まった。


そして。


「……ふふっ」


今日初めて、 ちゃんと笑った。その瞬間、店中の小人たちが総立ちになった。

『生還ーーーッ!!!』

『クロノ生き延びたァーー!!』

『女王様の機嫌ゲージ回復!!』


レンが遠くで吹き出す。

「ははっ……! クロノ、お前マジで何なんだよ……!」


黒服は深く頷いていた。

「なるほど。あれが売れる男か……」


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