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第10話:『酔えないシャンパンと、No.1の小さな嫉妬』


週明けの『LUXE』は、妙にざわついていた。


「……なんか今日、空気おかしくないですか」


出勤して早々、忠敬は顔をしかめた。バックヤードの空気がピリついている。普段なら騒がしいホストたちも、 どこかソワソワしていた。


すると、 ロッカーの鏡の小人がヒソヒソ声で教えてくる。

『今日、“例の太客”来るんだよ』

『レンの一番デカい姫』

『先月タワーやった人!!』


(ああ……)


忠敬でも名前くらいは聞いたことがあった。

『LUXE』のNo.1ホスト・レン。 その売上を長く支えている超有名客。金払いが桁違いで、 機嫌を損ねると店全体の空気が凍る。


つまり、 全員が神経を使う相手だった。レン本人が、 死んだ魚みたいな目でソファに沈んでいた。


「……帰りてぇ」

「No.1が言う台詞じゃないですよ」

「今日の姫、勘が鋭いんだよ……」


レンのネクタイの小人が、 青ざめながら補足する。

『やばいんだ!!』

『“レンくん今日ちょっと疲れてる?”とか秒で当ててくる!!』

『観察眼が猛獣!!』


(怖ぇな……)





そして夜。問題の客は現れた。


長い黒髪。

派手すぎない高級ブランド。

静かな笑顔。




店の空気が変わった。


シャンパンクーラーの小人たちが、 一斉に背筋を伸ばす。

『来た!!』

『ラスボス!!』

『今月の売上女王!!』


(ラスボス扱いなんだ……)




彼女――美咲は、 レンの席へ静かに座った。


「こんばんは、レンくん」

「待ってたよ、美咲さん」


完璧な営業スマイル。


だが忠敬には分かった。


レンの腕時計の小人が、 すでに泣いていた。

『無理してる!!』

『今日のご主人、HP残り3!!』


(限界近いな……)


美咲は静かに酒を飲みながら、 ふと店内を見渡した。その視線が、 一瞬忠敬に止まる。


「……あの子、新人?」

「え?」

「あの黒髪の子」


レンの笑顔が、 ほんの少しだけ固まった。


その瞬間、レンの香水瓶の小人たちが悲鳴を上げる。

『あっ』

『地雷踏んだ』

『レン、“推し客が他ホスト見た瞬間”にめちゃくちゃ弱い!!』


(繊細かよ……)


レンは平静を装った。


「ああ、クロノ? 変なやつだよ」

「へぇ」



美咲は静かにクロノを見つめる。


その時、彼女のバッグの小人が、 小声で呟いた。

『この人、“ギラギラしてない人”好きなんだよな……』

『実はレンみたいな王道タイプより、“静かな男”に弱い』


(やめろ。本人の前で言うな)


だが、 忠敬はその卓に近づく気はなかった。

関わると面倒臭そうだからだ。



しかし、東がニッコリ笑顔で肩を叩く。


「クロノ。ヘルプ」

「嫌です」

「行け」

「……はい」




黒服は強かった。







忠敬が卓についた瞬間、美咲は少し驚いた顔をした。


「こんばんは」

「……こんばんは」


忠敬は最低限だけ喋る。

余計な営業はしない。


その様子を、 卓上のシャンパングラスの小人たちが見守っていた。

『うわ、通常運転』

『この男、“口説く”という概念が本当にない』


だが美咲は逆に、 少し肩の力を抜いた。


「レンくんの周りって、賑やかな人多いよね」

「まぁ……店なんで」

「クロノくんは静かだね」

「うるさいの苦手なんで」


その瞬間、レンのネクタイ小人が 遠くで頭を抱えた。

『終わった!!』

『この“自然体”が刺さるタイプだ!!』


(何がだよ……)


だが、 美咲は小さく笑っていた。


「なんか不思議。ホストっぽくない」

「よく言われます」

「なんでこの仕事してるの?」

「俺が聞きたいです」


吹き出す美咲。


その笑顔を見て、 キャンドルの小人が感動していた。

『うわ〜』

『自然に笑わせた〜』

『テクニックゼロなのに〜』


(うるさい)







事件はその直後だった。別卓でシャンパンコール発生。店全体が騒がしくなる。コール隊が移動し、 レンも一瞬席を離れた。



すると、美咲がぽつりと呟く。




「……クロノくんって、なんか安心するね」




周囲の小人たちが、 一斉にザワついた。

『出た!!』

『沼ワード!!』

『“安心する”は重症!!』


(やめろその判定)




戻ってきたレンは、 その空気を一瞬で察した。

ホストの勘だった。


レンの笑顔が、 わずかに引きつる。



その様子を、 レンの腕時計の小人が実況していた。

『あっ』

『No.1、ちょっと嫉妬してる』

『珍しい!!』


(うわ、面倒くせぇ)


レンは笑顔のまま、 忠敬の肩を組む。


「クロノ〜? お前、俺の姫口説いてない?」

「口説いてません」

「ほんとぉ?」

「むしろ帰りたいです」

「そこが怖ぇんだよ」


美咲が楽しそうに笑った。



その瞬間、レンの香水瓶小人たちが 円陣を組み始める。

『緊急会議!!』

『この黒髪新人、“無自覚客吸引機”!!』

『No.1の縄張り荒らし始めてる!!』



(知らんがな……)







閉店後の売上確認。

東が数字を見て、 盛大に吹き出した。


「は!?」

「なんです」

「クロノ、お前」

「だからなんです」




東はタブレットを見せた。

そこには。


【美咲様】 【次回指名:クロノ】


「……………………は?」


バックヤードが静まり返る。レンが固まる。

そして次の瞬間。


腹を抱えて爆笑した。


「アハハハハ!! マジかよ!!」

「笑い事じゃないんですが」

「いやだって!! あの美咲さんが!?」



レンのネクタイの小人が、 床を転げ回っていた。

『脳がバグる!!』

『“絶対レン一筋”の姫だったのに!!』




忠敬は本気で頭を抱えた。


「いや、なんでだよ……」

「知らねぇよ。でもお前、多分」


レンは笑いながら言った。

「“疲れた女に刺さる才能”あるわ」


まったく嬉しくなかった。


その時、クロノのスマホが震える。

メッセージ。


【今日は楽しかったです】

【また静かに話したいです】


スマホの小人が、 ニヤニヤしながら肩を叩いてきた。

『おめでと〜』

『大型沼客、爆誕』


忠敬は無言でソファに突っ伏した。


どう考えても、この店で一番厄介なのは酔っ払いではなく、 “静かにハマっていく客”だった。


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