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第23話 魅惑のドレス

 バーズフェルト公爵邸の大ホールは、まるで夢の庭園のように輝いていた。


 無数のシャンデリアが天井から降り注ぐ光を優しく砕き、魔法で咲き続ける白い薔薇が壁を覆い、磨き上げられた大理石の床に来客たちの衣装が映り込んで、星空を歩いているかのよう。


 貴族たちが次々と集まり、絹のドレス、宝石のネックレス、金糸の刺繍……誰もが息を呑むほどの華やかさの中で、私は心臓の音だけが耳に響くほど緊張していた。


 レイラは真紅のドレスに身を包み、兄のオーサー卿にエスコートされて現れると、会場中からため息が漏れた。

 炎のような赤い髪が揺れ、金の髪飾りが光を反射して、彼女は夜の女王のように美しかった。


 公爵閣下が優雅に挨拶を述べると、弦楽の調べが流れパーティーが始まった。


 私はバルコニーからそっと会場を覗いていた。完全に入るタイミングを見失って、淡いパールホワイトのドレスの裾をぎゅっと握りしめる。胸が、痛いほど高鳴る。


(……イリヤくん、来てるよね……?)


 視線を巡らせると、黒のタキシードに身を包んだイリヤくんがいた。紺色の髪を優雅に整え、赤い瞳を静かに伏せて立っている。

 その姿だけで、胸がきゅっと締めつけられる。


 でも、その隣に――

 クロヴィス・ヴェルディア王子殿下が、穏やかな笑みを浮かべて立っていた。

 黄金のふわふわとした柔らかな髪、翡翠の瞳。白と金の衣装が、彼の優雅さをさらに際立たせている。


 殿下はイリヤくんに何かを話しかけ、イリヤくんは静かに頭を下げて応じている。

 二人の表情は穏やかで、やり取りも自然で、まるで長年の友人のようだった。


(……イリヤくん……殿下と……)


 胸の奥に、冷たい棘が刺さって動けない。

 私はバルコニーの影に隠れ、ドレスの裾を強く握った。こんな華やかな場所に、私が入っていいのか。平民の私が、こんなに美しい人たちの中に溶け込めるのか。


「君、さっきから何してるんだ?」


 突然の声に、びくりと身体が跳ね上がる。

 振り返ると、月夜の光に照らされて、深緑の瞳と視線が絡み合う。


 白い騎士服を纏い、ブラウンの髪が風に揺れている。私は思わず息を止めた。――ジルケット・ブライアン。国民なら誰もが知っている……あの、王国一の騎士。


 目が合った瞬間、彼の深緑の瞳が私の顔をじっと見ている。私は不審者と思われたと焦り、慌てて手を振る。


「あ、怪しい者ではありません!……怪しいですけど……」


 恥ずかしさから視線を逸らす。

 ジルケット様は静かに私の前に跪いた。


「……え?」

「君の名前は?」

「ルリシア・クリスティーノです」


 彼は優しく微笑んで、手を差し出した。


「……ルリシア。私が君の相手を務めることを、許してもらえるか? このパーティーで、一人ぼっちなんて、もったいないだろう? 君のような美しい子が、こんなところで隠れているなんて……もったいない」

「…え!?……そんな恐れ多いこと……私は平民で身分はありません……あなたのような方にエスコートしてもらうわけには……」


 ジルケット様は穏やかに笑う。


「なら尚の事、気にしなくていい。俺も平民出身だ。そんな風に思う必要ないよ。君の瞳……とても綺麗だ。今夜、君が一番輝いてる」


 柔らかな物言いに頰が熱くなる。でも、ここでいつまでもウジウジしてる訳にはいかない。

 私は、震える指で彼の手を取った。ジルケット様は優しく手を握り返してくれる。


「怖がらなくていい、俺が守るから」


 バルコニーの扉を開け、会場へ導かれる。

 その瞬間、ホール中の視線が一斉に集まった。


 淡いパールホワイトのシルクチュールに、ほんのりラベンダーのグラデーションが浮かぶドレス。胸元は繊細なレースで覆われ、肩はオフショルダーで、スカートは幾重にも重なったチュールが、歩くたびに花びらが舞うように柔らかく広がる。髪はゆるくウェーブさせて、銀の髪飾りを散らした。


 会場が、息を呑むように静まり返る。

令嬢たちの小さな悲鳴があちこちから聞こえて   きて、貴族たちの視線が、私とジルケット様に集中する。


 そして――イリヤくんの視線が、まっすぐに私を捉えた。表情がわずかに固まって、赤い瞳がジルケット様と私の絡んだ手に、鋭く注がれる。


(……イリヤくん……怒ってる……?)


 胸が、ぎゅっと締めつけられる。

 イリヤくんの赤い瞳に、抑えきれない感情が渦巻いているのを感じ取れた。


 ジルケット様は微笑んで、私をクロヴィス殿下たちの前に連れてくる。私は緊張で固まった。


 殿下への挨拶、授業で習った。

 大丈夫……いつも通りに。


「クロヴィス殿下……お目にかかれて、光栄に存じます。ルリシア・クリスティーノと申します」


 声が少し震える。でも、精一杯の敬意を込めて挨拶する。クロヴィス殿下は私を見て頷いた。


「ああ、君がそうか……まさかこんなにも美しい女性だとは……驚いた」


 翡翠の瞳が細まる。

 そして、ゆっくりと手を差し出してきた。


「今宵、一曲、踊っていただけますか?」


 ダンスの誘い――私は強張った。殿下相手に踊れる自信なんてない。でも、殿下の誘いを断るなんてありえない。  

 集中する視線に、もうどこを見たらいいかわからない。困惑して怖気付く私に、ジルケット様が視線を合わせてきた。


「君なら大丈夫だ。ほら、深呼吸して」


 その言葉に胸が温かくなる。

 私は意を決して、殿下の手を取った。


 ジルケット様は名残惜しそうに手を離しながら、最後に私の髪にそっと触れた。

 私を見る目が僅かに潤んでいる気がした。


 その瞬間、イリヤくんの視線が熱を帯びた。

 赤い瞳が暗く揺れ、拳がぎゅっと握られている。


(どうしよう……私……)


 音楽が流れ、私はクロヴィス殿下とゆっくりとワルツを始めた。殿下のリードは完璧で、だけど私の視線はイリヤくんを探す。

 イリヤくんもまた、私を見つめている。


 視線が絡まるたびに、抑えきれない想いが溢れてくる。


(……今すぐ、イリヤくんの元に行きたい……)


 音楽が優雅に流れる中で、私たちの視線が絡み合う。


 今、あなたはすぐそばにいるのに。

 ……胸騒ぎがして止まない。

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