第36話
力強い衝撃が背中へと走る。
背中を残りの魔力で覆っていたおかげか、痛みは半減される。しかし、半減されたところで痛みは気をおかしくさせる。
緩んだ剣が振り払われ、左腕をなくしてもなお上に立つシェイルの姿を、ただ見上げることしかできなかった。
横からリルが魔法を打ってくるが、すべてシェイルの髪によって妨げられる。
剣を逆手に持ち、心を狙って突き刺そうとしてくる。
目を閉じすべてを諦めようとした瞬間、首元に下げていたネックレス。人魚の涙が緑色に光り出す。その光は、シェイルの剣をも止め、宙へと浮く。
その光は次第に俺の体を包み込み、何かを与えてくる。
かすかに見えるのは、あの時夢で見た人魚の姿。しかし、あの時のようにはっきりとしているわけではなかった。いるのではないかという微かな希望で見た姿。
身体の心が温まっていくのがわかる。それがじんわりと全身へと血液を流れて伝わっていき、全体が温まっていく。
生きている。
そう感じさせる暖かさだった。
次第にその光は弱まり、人魚の涙は力なく重力に伴って、小石のように黒くくすんで胸元に落ちてきた。
躊躇っていたシェイルの姿は、驚いている様子だったが、光を失いこれ見よがしに剣をつきおろしてくる。
しかし、この暖かさを覚えてしまった以上、頬は上がってしまう。
動かなかった右腕が動き、魔力で無の弾を作り、剣先に当てては振り降りてくる勢いのままそれを無にする。
「なっ…魔力が」
すぐに身をはなし、俺から距離をとるシェイルの表情は、先ほどとは変わり、真剣なまなざしへと変わってきていた。
「これが火事場の馬鹿力ってやつなのかな」
ゆっくりと立ち上がり、自らの周りに魔力を覆う。
取り戻した感覚。にやりとあげた微笑を戻すには時間がかかりそうだった。
それと同時に、これをもう使い果たしてしまうと、もう魔力が戻ってこないのがわかった気がした。
あふれ出てくるこの魔力は自分の物ではない。自分の物は、すでに落下時に使い果たしてしまっている。上限が決められた使い捨ての魔力。
「シェイル…。俺はお前を信じてたよ。だから、俺はお前を殺す。俺が殺す」
振り払われた剣を拾い、右手にしっかりと構える。
地を蹴りシェイルの元へと飛ぶが、それと同時にシェイルも距離を開けるように地を蹴り後方へと飛ぶ。
左手でいくつもの球を作り、投げつける。再度作った剣で振り払うが、それと同時に剣を削る。
「ようやく戻りましたかその御姿に。得意の無属性。最強と言われている属性」
「反動で自分の魔力も無になるみたいだがな!」
距離を縮めようとするのを一度やめ、地面に左手をつけ沈める。掴んだ二本の鎖を拾い、持ち上げるように突き出す。
召喚される狼二匹は、何を命令することなくシェイルに向かって牙をむいて走り出す。もう一度地に手を付け、探し物を呼び出すように探す。何度もさまよわせ、ようやくつかんだ手。それを掴みあげ、力いっぱい引き出す。
身長が足りず、引き揚げきれなかった腰から下を、自らの逆の手が地面を押し出し、土から体全部を出してくる。
「…嘘…」
後ろの方から、リベリオの手当てをしていたルーフォンとアマシュリの声が聞こえた。
手が止まり、視線が飛び出してきた者へと止まる。
「ヴィンス、リベリオを頼んだ」
「お任せを。魔王もご無事で」
呼び戻したヴィンスの背を叩き命令すると、いつもの表情でリベリオのほうへと走っていく。
「ルーフォン! 俺は、死んだものを蘇らせることはできない」
「…ああ。当たり前だ」
信じていたというように、ホッと安心しているルーフォンの表情を確認すると、すぐにシェイルへと向きなおす。
髪をいくつもの鋭い刃物へと変え、突き刺すように狼に向かって応戦していたシェイルに、弾を手に込めシェイルに向かって投げつける。髪で防御する様に振り払う。何度も何度も弾を投げつける。振り払うたびに、長髪は徐々に削れていく。
「シェイル、意外と短髪も似合うんじゃないのか?」
嫌味を言うように楽しげに言うと、うっすらとほほ笑み、バカにするような目でそうかもしれないですねと答えた。
残りの髪で戯れていた狼を切り裂く。弾を投げつけその髪すらも、長さを失わせる。
「まさか魔術であれほどの攻撃力を作れるとは思いませんでした」
「舐めてかかった結果だな」
小ばかにするように言う言葉を、鼻で笑い飛ばされ、髪で作った剣を地面に突き付けていた。何をする気かと構えると、魔力をためた弾をこちらへと投げつけてくる。
地を後方へ蹴り、魔法で見えない壁を作って防御するが、受けた強さがそのまま体に響き、後ろへと吹き飛ばされる。
先ほど受けた背中のダメージがまだ癒えず、背中から地面へと突きつけられた痛みが、よりダメージを上乗せしてくる。
体勢を整え前に進もうとするが、ダメージが脳にまで響いているのか、視線が歪み一瞬めまいを起こしてしまう。
「くっ…」
剣を土に刺し、体重を加えてめまいに耐える。
剣を持ち直し向かってくるシェイルに、こちらも剣を持ち直し、向かう。
金属音が鳴り響き、剣同士がぶつかり合う。剣越しに睨み付け、お互いが譲ることはない。魔力をこめ、力を入れてくるシェイルに対抗する様に魔力をこめる。同時に足に力を入れ、剣を通してシェイルに重力の魔法をかける。
頭上から重圧に押しつぶす魔法。
それに耐えるシェイルだが、徐々に足元は力強い音がして地面を沈める。耐えるにはそれ相応の魔力が必要。確実に削られてきているシェイルの魔力で、どこまで持つか。あと、自分の魔力もどこまで持つかによって勝敗は変わってくる。
ぶつかり合っている剣が、一瞬光ったようにも見えた。反応が遅れ、剣を離して身を引いたが、剣を通して流れ込んでくる電流の速さには追い付かなかった。
身体が痺れ、剣を構えて立っているのが精いっぱいになる。
自分が動こうとする動きと、上手く体が合わない。
視界もうっすらと欠けてきては、自分の体力が限界に近づいてきていることに気付く。
狼二匹と、ヴィンスの呼び戻しにかなりの魔力を消耗してしまったようだ。
微かにかけた視界のなかで、シェイルの足元の地面が動いたのを捉えた。シェイルも気づくのが遅れ、動いた地面からは、先ほどの太い蔓が再度シェイルを襲う。
ヴィンスのほうを振り返ると、リベリオを治療しつつも、こちらに魔力を割いてきたのだ。先ほどの戦いの中、ヴィンスもそろそろ魔力に限界が来ているはずだ。
「こざかしいっ!」
余裕がなくなってきているシェイルは、剣でその蔓を乱暴に何度も切り裂く。
向かってくる蔓に神経を持って行かれているのか、足元から延びてくる蔓は、いとも簡単にシェイルの足元を捉える。
「くっ…」
剣で蔓を切るにも、他から来る蔓が邪魔をしてくる。その隙を狙い、シェイルの心臓に向かって走り、剣を突き刺す。
蔓を放棄し、シェイルもこちらの心臓を狙って剣を突き刺してきた。