第30話
もう、魔王は戻ってこないと思っていた人間。テレパシーが来た時は、本当に戻ってくるのか半信半疑だったが、実際ルーフォンを目の前に、戸惑いを隠すことはできなかった。
「戻ったんだってな魔力」
「あぁ。完璧じゃないが」
「戻ってこないと思ってたんだって? 俺」
「ああ」
魔王の間にて、人間の土地での情報をアマシュリが報告する。話が一段落すると、、ルーフォンがすっきりした表情で魔王に向けて会話を始める。その言葉につい視線を外してしまった。
「でも、その方が良いかとは思ったんだ」
「そう思ってたら最初っから勇者と一緒にこっちに来てない」
いつもの冷たい口調でそう言い放つルーフォン。しかし、表情は怒っているわけではなく、どちらかと言ったらあきれた表情だった。しかしそこにはかすかに笑みがあり、安心して微笑みを返す。
「でも、今後はどうなるかわからない。正直人間のルーフォンを連れて行くのは反対なんだが」
「別に死んだって構わない。でも、できれば生きていたい。でも、何もしないで生きていたくはない。だから戦わせてくれ。そのために一度人間の土地に戻ったんだ」
「…そのため? 何をしてきたんだ」
「シレーナ、ユンヒュの存在を忘れてるだろう?」
その言葉に、確かに忘れていたと小さく首を縦に振った。
メッシュの村の警護として残してルーフォンが来ていたことを、いろいろありすぎて、気に掛けることができないでいた。
「アマシュリと一緒に魔術を少し習いに行ってたんだ」
「魔術を?」
こちら側の土地に来て、モストビと歩いていて無力だというのを感じてしまっていたとのことだ。剣術でどうにもならないのであれば、魔術でサポートをしつつ戦えたらと感じて。強い魔術を数個と、簡易的に使える魔術をアマシュリと習い、なるべく戦力となりたいとの意思の元。
ユンヒュもこちらに来ることを言っていたが、魔物が攻めてきている今、離れることもできないと迷いを見せていたとのことで、そのまま守備に回ってもらったとのことだった。
皆の準備が整い、落ち着いた表情で魔王の間に再度集まった。
仲間の魔物たちもついてくるとのことだったが、魔力も魔術もままならないメッシュとイリスを城においておき、こちらに攻めてくることはないとは思うが、いざとなったら魔物たちとともに逃げるように指示もし、各自配置につかせた。
アマシュリがルーフォンにコートを着せる。人間の土地に行くときにも、同じコートを着て行ったということだった。気配自体を減らすものらしい。情報収集に走るときによく活用しているとのこと。
準備ができたのを再度確認し、正面へと向かう。
なるべく魔力を抑えるため、ルーフォンに魔術を使ってもらい身体を軽くし、魔王はリベリオの背に抱き着く。同じようにルーフォンはリルの、アマシュリはシュンリンの背に。序盤は飛んでいたヴィンスだったが、下降して地に降り、走っていた。足の速さは飛んでいるリベリオ達に平気でついて行けるほどのもの。もともと飛ぶことが得意ではないというのは、以前から魔王は聞いていたことだった。
いくつもの魔物とすれ違ったが、魔王というのと、魔王の城に滞在している魔物たちばかりというのもあってか、手を出してくるものはいなかった。
長い間飛んでいると、アマシュリがテレパシーで皆に着くことを伝えた。地を駆けていたヴィンスは、木の枝を伝って徐々に上がってきては、翼を出して視線の高さを合わせてくる。
満月に照らされている廃墟が見えると、皆木々に止まり、口を開くことなくその廃墟を見続ける。
魔物がうろちょろするわけでもなく、罠と言わんばかりに正面がガラ空きだった。近くの太めの枝を数本折ったのはヴィンス。魔力を注ぎ、一本の枝を槍へと変化させる。ルーフォンはリルの背から枝に降り、皆の体に身体を軽くする魔術をかける。
木から降り、罠にかかって見せるように槍を片手に正面へと堂々と歩いていく。距離をあけてそれを追うように進んだのはシュンリンとリル。リベリオは、魔王がが勝手に進んで行かないよう、守備を兼ねてアマシュリと魔王のそばから離れなかった。
正面の扉を開ける際、近づいていたシュンリンが距離をあけたまま立ち止まり、その後ろにいたリルも構えて立ち止まる。
扉のドアノブに手を乗せた時、一瞬シュンリンのほうを振り向く。シュンリンがうなずいたのを確認してドアノブを回すと、シュンリンは手をヴィンスのほうへと向ける。ゆっくりとドアノブを引き開けると、その扉は途端に軽くなり、向こう側から敵がヴィンスに向かって二匹の魔物が襲い掛かってくる。
槍で襲い掛かる魔物の手を防御し、後ろからシュンリンの電撃が敵の体を覆いこむ。痺れた体は動作が鈍くなる。魔物の手を抑えていた槍を力強く左手で押し出し、振り飛ばす。離れかけた槍を右手で持ち直し、後ろに倒れかかった魔物に向かって突き刺す。刺した先は左肩。残っていた枝の四本を取出し、すべて槍に変え、追い打ちをかけるように力強く投げつける。右肩、左股右股。残り一本を投げつけるよう構えると、魔物が叫び出す。
「ひ、卑怯だっ!」
「…? どっちがだ」
言葉の意味を考えながらも、冷たく言い放ったヴィンスは槍を構え直し、残る一点、身体の中心を狙って振りかざすが、槍から逃れていた倒れこんだもう一匹の魔物は、体勢を戻して姿勢を低めに落とし、爪に魔力が集中し、勢いを付けて振りかざしていたヴィンスへと再度襲い掛かる。
防御態勢を取ろうと腕を引っ込みかけたヴィンスの脇を、一つの影が飛び出してきた。その影は勢いよく突進してくる魔物に対し、力強いタックルをかましているようにも見えた。その姿はリル。わき腹から地面へと魔物を押しつぶすようにタックルし、上から魔力で重圧をかけて押しつぶす。横目で確認したヴィンスは、再度槍の被害にあっている魔物に目を戻す。振りかざし、心臓めがけて無表情のまま槍を突き刺した。
正面が片付いたのを確認したリベリオは、魔王とともにシュンリンの元へと進んでいく。
後ろからついてくるのを確認したシュンリンは、開かれた正面へと入っていき、槍の串刺しにあった魔物から、槍を回収するヴィンスの後ろを通り、中へと入っていく。
いくつもの蝋燭により、中はとても明るかった。その灯りに誘導されるかのように、シュンリンを先頭に進んでいく。回収が終わったヴィンスと、息絶えたのを確認したリルが、後ろからついてくる。
誘導される先には、階段。招かれるように階段を上るが、上りきる前にシュンリンがストップをかける。立ち止まったのを確認し、シュンリンが先に階段を上りきる。何かに反応したシュンリンは前方へと電撃を飛ばした。
「少し下がって!」
奥から唸り声が聞こえるも、気配は徐々に近づいてくるのを魔王は気づいていた。後ろを振り向くと、ヴィンスは後方をリルに託し、階段を上ってシュンリンの横に並び、電撃を飛ばし続ける先へと突っ走っていた。
敵の数は四匹。一匹は電撃にて足止めを食らっているも、避けつつ進んでくる魔物をヴィンスが対峙する数は二匹。とらえきれずに一匹がシュンリンの目の前へと飛び込み、構えていた左腕がシュンリンを襲うように、下から上へと振り上げらえる。
しかし、その体はピタリと止まり、何かの重圧に押さえつけられ、床に這いつくばるように倒れこむ。
床に爪を立てながらも抵抗するが、床を引っ掻くだけで立ち上がる様子はない。ルーフォンの魔術だ。とらえたのを確認したリベリオは、その上に乗りかかり、ルーフォンは魔術を止める。
敵の首をとらえたリベリオは、すぐさま敵の水分を吸い取る。そのスピードは抵抗する間もない。干からびた魔物は、シュンリンの邪魔にならないよう立ち上がったリベリオの足により、階段の下へとけり落とされた。落ちていく魔物に、ルーフォンはつい視線を横に外し、サポート用の魔術をリベリオへとかける。足が軽くなったリベリオは、応戦していたヴィンスの元へと行き、一匹相手をする。
止まっていた足を動かしたのは魔王。シュンリンの少し後ろまで階段を上り、状況を把握する。ルーフォンも後ろから呪文を唱えながら階段を上る。
長めの呪文を唱え終わると、シュンリンが足止めをしていた魔物の足元に濃い影のようなものが現れ、足に絡みついてきては、徐々に上体まで締め付けるように伸びる。動けなくなったのを確認して、シュンリンは電撃を止め、右手を目の前に伸ばし、手のひらを上にする。その手の平には、徐々に電気による球体が現れる。しっかりとつかみ、魔術にて締め上げられている魔物に向かって投げつける。
「ナイスコントロール」
見事中心に当たった球体は、中心から体全体に広がり、魔物は唸りながらも崩れ落ちていった。それなりにある距離で見事当たったことに、隣で楽しそうに魔王が声を張り上げていた。
「いつも雑巾で練習していた成果です」
掃除の合間にそんなことをしていたのかと、後ろでアマシュリがあきれるようにため息をついていた。
地面に倒れこむ四体の魔物。それを横目で確認し、魔王は足を進めて前に進んでいく。
先にいたヴィンスとリベリオは、前に魔王が出ないよう、前方を背中でふさぎ、前に進む。
外観からしても、そんなに広くはないはずの建物。少し歩いた時点で行き止まりへとたどり着いてしまう。そこまでの入り口はすべて確認することなく無視をしていた。
行き止まりの扉は、他の入り口よりも特別豪勢に感じた。それに、ここまでたどり着いても、6匹のあまり手ごたえのない魔物だけ。
「まさか、ここがラストとか言わないよね」
いろいろ覚悟をしていたせいか、後方を歩いていたアマシュリが、怪しそうな口調でそういった。
「こことは別にいる可能性があるってことか」
「確かに手ごたえはなさすぎる」
前方を歩いている2匹が、納得しながらも豪華な扉に手を当てる。
ドアノブはなく、ただ押して開ける扉のようだ。左をヴィンスが。右をリベリオが触れる。一度後方を確認し、ゆっくりと扉を二人息を合わせて押し開けた。
灯りがないのか、その中は暗く、全開に扉が開くと、そこに居た者全てが固まった。
押し開けたはずの扉は消え、下は土。上は暗闇に覆われている。どこかの場所にワープをしてきているかのようだった。
振り向いても扉があるわけでも、入っていた建物があるわけでもない。しかし、視界奥の方には、何かの塊が見える。
「どういうことだ」
「僕が来た時はこんなの無かった…」
「何かの魔法がかかっていたのか」
皆の声はどこかに反響してくる様子もなく、ただどこからか流れてくる風に流される。
木々もなく、今目的として目指せる場所は、その何かの塊のほうだけだった。
地面には、木々がないのに色々なところに木の幹が転がっていたり、埋もれていた木の根っこが飛び出していたり、木の枝が転がっていて、とても歩きにくい荒れた大地となっていた。
ゆっくりと遠くに見える塊のほうへと進んでいく。
徐々に近づくにつれ、その塊が形を見せてくる。それは、何かの建物が焼き崩れたように、黒く焦げ臭い跡地だった。一か所だけではなく、奥にはさらにたくさんの建物が焼け崩れていた。それだけではない。遠くであまり見えていなかっただけで、さらにその奥には炎が上がり、盛大に燃えている建物などが目に入る。
ゆっくりとした足取りだがヴィンスたちは進んでいく。そんな中、魔王だけが足を止め進むことができなくなる。
「シレーナ。どうかしたのか」
後ろにいたルーフォンが、何気なく魔王の肩に手を乗せる。
何に驚いたのか、身体をびくつかせその手を乱暴に振り払い、身体ごと振り向かせる。
「なっ…」
「魔王…?」
「あ、ご…ごめっ」
身体を小刻みに震わせ、おびえている様子が見られ、アマシュリはゆっくりと魔王に近づいていく。
振り払われるを覚悟で、魔王の背中に手を触れる。
しかし、振り払われることはなかったが、肩をびくつかせ一二歩後ろに下がる。
「ご、ごめん。昔見た場所にとても似てたから」
「大丈夫か」
「まぁ、進むしかなさそうだし」
首から下げている人魚の涙に触れる。
以前宝石をルーフォンに買ってもらった時の夢にとても似ていた。その時に見た人魚の姿。あれはただの夢だったのか、何かの知らせだったのか。
あの時のように人魚の涙を見ても、特に何も反応はなかった。
徐々に近づくと、炎にも近づいているせいなのか、熱さが皮膚に感じ始めている。
熱さだけではない。何とも言えない異臭が漂い、手で鼻を覆ってしまう。
あまり現状に恐怖を感じていないヴィンスは、少し離れて歩き、焼け焦げた木片を手でつかんで崩したりし、離れすぎない距離を保ちながら遠くのほうを見ていた。
先頭を歩いていたリベリオが、前方に構えながら立ち止まる。リルも気づいたのか、魔王をかばうように前に出て身構えた。
「お早い参上です」
「…シェイル」
目の前に現れたのは、シェイルだった。憎しみがこもったリベリオは、今にでも飛び出してしまいそうな姿を止めるように、隣に立っているリルがリベリオの腕を軽くつかむ。
焼き崩れていく建物背に、シェイルは見慣れたきれいな長髪をなびかせながら、うっすらと楽しそうに微笑んでいる。見慣れているはずのその姿が、今はとても不気味に感じる。
一歩足を後ろに下げると、どこからか気配を隠していただろう魔物が三匹、シェイルをかばうように前に出てきた。
もう一度うっすらとほほ笑むと、後ろを向いて炎の中へと消えていく。
「待てシェイル!」
消えていかないよう、足を踏み出して追おうとするが、目の前にいたリルによって、阻まれてしまう。力負けし、追うことができずに足の力は失っていく。
今行っても無謀だということがわかっているからこそ、リルの腕を無理やりにでも振り払い、離せと力強く言えなかった。
待っていたかのように、楽しそうに近づいてくる魔物三匹。
後ろにいたアマシュリが徐々に前に進んできては、魔王の手を取り後ろに下がるように引っ張っていく。
「気を付けてください。そいつら…とても強い」
争ったことがない相手でも、この三匹の噂はアマシュリの耳に入っていたのだろう。
離れていたヴィンスも近づいてきては、リベリオの逆隣りに立つ。
「どうも、俺はレリィ。隣がミヘン。その隣がユージュ。どうぞよろしく」
微笑みながらも紹介をしたのは、ヴィンスの向かいに立っているレリィと名乗る男だった。
染めたような真黒でショートヘア。身長はそんなに高くはない。少しつり目だが、なつっこさを感じさせるような子供らしい微笑み方。
リベリオの向かいにいるミヘンは、レリィとは逆で、リベリオと同じく少しくせ毛が入っていて、白よりも水色に近いあいまいな髪色。肩にあたるくらいの長さで、三匹の中では一番背が高かった。微笑むことはなく、ただ冷たい瞳で真っ直ぐにリベリオを見ていた。
ユージュは、とてもやる気がなさそうに、あくびをしながらレリィから紹介をされていた。ブラウンの髪が、乱雑に伸ばされている。耳には数個ピアスがつけられ、指にもいくつものごつい銀色の指輪がつけられていた。
最初に一歩前に出たのは、レリィだった。続いて他の二匹も来るかと思ったが、前に出るレリィを横目に、それ以上前に出る様子はなかった。しかしでてきたレリィが見る先は、ヴィンス一本だった。
リベリオが一歩ヴィンス側に寄るが、その姿をヴィンスが右手だけで制す。
「こいつはおれがやる」
今の流れのどこに怒りを感じたのかはわからないが、表情を見なくても分かるくらい、怒りをあらわにしているのが、背中を見つめている魔王にもわかった。
思い出したかのように、持ち出してきた薬を見る。もうすでに数個空になり、歩いている間に空の入れ物は目印を置くかのように、足元に置いてきた。残るはあと二本。その二本を見て、うっすらとほほ笑む余裕ができてきた。