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満月ロード  作者: 琴哉
第2章
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第29話

「いったいどうしてそんなことに…」


 日が暮れ人間の土地に着き、リベリオと別れてアマシュリとともにユンヒュの元に戻ると、いきなり布を被せられ、近くにあった倉庫のような暗闇に押し込められた。説明もなしに扉が閉まり、暗い状況を魔術でその場を明るくした。

 久々に会ったユンヒュは、目の前にいるはずの一匹の魔物と、一人の人間に対して、化物を見るかのような表情を見せていた。

 何か緊迫した状況になっているのかと問うと、何と答えていいのか一度口が迷いを見せていた。少し焦りを見せていたユンヒュを落ち着かせるのに、時間を要してしまった。

 ようやく落ち着いたところもう一度問うと、思考が一時停止をしてしまった。


『ルーフォンとメッシュが死んだ。という訃報が出ている』


 此処に長居をしていられるわけがないということで、あまり人に見られるわけにはいかないと、もう少し人通りが少なるのを待ち、メッシュの家に行くことになった。メッシュの親も、自分の息子がもう亡き者となっていると思っているとのことだ。

 驚きによるショックなのか、表情を変えることも、口を開くこともできなくなってしまった俺らをよそに、一度ユンヒュは一仕事終わらしてからまた来ると、倉庫に残して出て行ってしまった。


「あの勇者たち…だろうね」

「もし、そうなら生きていたんだな」


 先に口が動いたのはアマシュリのほうだった。

 それにようやく我に戻り、思考が動き始めた。

 しばらく待つと、ゆっくりと扉が開き、ユンヒュが小さな声でついてくるように促される。

 灯りもつけずに見失わないようにしっかりとついて行く。メッシュの家に着くと、正面ではなく裏から中に入っていく。先に話はつけておいたとのことだった。

 被されていた布と、アマシュリが用意してくれたコートを脱ぎ、中へと入っていく。すると、涙で目が腫れてしまっているメッシュの母と、うつむいている父が椅子に座っていた。こちらに気付くと、驚いた様子で立ち上がり、急ぎ足で近寄ってきた。

 父に力強い迫力で両肩をつかまれる。


「生きて、いたんだね…」

「はい。メッシュも」


 そういうと、隣に立っていた母が両手で自らの口を覆い、ジワジワと徐々に大粒の涙がいくつも流れ落ちてくる。父は、力んでいた手が力を失い、その場に座り込む。

 ホッとした様子の二人を見つめながらも、うっすらとほほ笑みを見せてやる。今できることはこれくらいだと。そう思うしかできなかった。

 ユンヒュに背を押されながらも、ソファのあるリビングのほうへと父と母を誘導する。

 徐々に落ち着きを見せた母は、キッチンのほうへ行き、飲み物を用意してくれた。

 訃報の詳細を聞くと、勇者のズイと仲間のフェイが勝ち目無く、ボロボロになって戻ってきたことと、ともに旅をしてきたルーフォンという剣士と、メッシュという子供を魔物にやられてしまった。今ズイたちは治療を受けているとのことだった。

 おそらく治療と言っても、ヴィンスやリベリオからの攻撃を受けたわけではない。そこから逃げ出す際に、他の魔物の手によって負傷したのだろう。


「だから久々の再会だというのにあんな顔をしていたんだなユンヒュ」

「し、仕方がないではないかっ」


 わざと残念そうな表情を見せると、恥ずかしがるように顔を真っ赤にしてこちらに怒鳴りつけてきた。


「しかし、生きているというのを報告するにもなぁ…」

「いっそのことそのまま死んだってことにしておいてくれ。今回は連れてこなかったですが、メッシュは必ずと約束できるかはわかりませんが、こちらに戻します」

「お役に、立てているだろうか?」


 不安そうな声でメッシュの父がそう聞いてきた。

 つい驚いてしまい、一瞬言葉が詰まってしまう。


「ただの足手まといになっているんじゃないかと…」

「そんなことない!」


 答えようとした瞬間、アマシュリが怒鳴るようにいきなり声を張り上げた。その声に、この場にいた皆が視線を向ける。

 少し俯いた視線で、身体を小刻みに震えさせていた。


「メッシュは、僕を助けてくれたんです。危険な状態だったというのに、ためらわずに僕を助けてくれたんです。あの時メッシュがいてくれなかったら僕は…」

「それなら、よかった。よかった」


 今にでも泣き崩れそうなアマシュリに、メッシュの母がそっと背中に手をあて、慰めるように何度も何度も擦っていた。こぼれそうな涙を我慢しながら、ギュッとアマシュリは目をつむり続けていた。

 今日はもう遅いからと、部屋を一室貸していただけることになった。布団までも借りてしまい、三人横になると、今日一日の疲労がたまりきっていたのか、目をつむるとすぐに眠りについてしまった。


 

◇◆ヴィンス◆◇


 疲れた体でも、いつも通り目は覚める。

 様子を見に、魔王の寝室へと顔を出す。 

 昨日の水球魔法の破裂により、寝室は水浸しのままだった。掃除をするのが面倒だったということで、シュンリンに任せる気でいたからだ。魔王は日光に刺されながらも、気持ちの良さそうに眠っていた。

 窓際に置いていた、調合済みの薬を手に取り、仰向けになっている魔王の口に少量流し込む。無意識に喉を鳴らして飲むのを確認し、少量ずつ飲ませていく。

 違和感に気付いたのか数回咳き込み、寝返りを打つようにこちらに背を向けてしまった。仕方がないと薬を置いて首筋に手を伸ばす。

 一瞬昨日のように攻撃態勢に入るかと警戒して手を引っ込める。何も反応がないのを確認し、恐る恐る首筋に手を当て、診察を行う。


「どうなんだ?」


 開けっ放しにしていた扉のほうがから声が聞こえる。気配がしていたから近づいていたのは気づいてはいた。

 顔を向けると、寝起きのリベリオの姿があった。魔王がいないと、あまりニコニコ笑顔でいることはない。ここで魔王が目を覚ましたら、いきなり表情が変わるのだろう。魔王がいない期間がしばらく続いていたせいか、表情の乏しいリベリオのほうが自然な感じがする。

 首から手をはなし、起さないようにと寝室を出る。


「もうほぼ治っているだろう。宝石の拒絶反応のおかげだな。原理を知る必要はあるが、他に実験体があるわけでもないしな」


 魔爆自体、滅多にかかるようなものではない。かかるときの条件としては、限界を超えるほど魔力を使い続けない限りは起きない現象だ。そんな状況下にいる者はほぼ死にかけ状態で、まともな状態で魔爆がかかることはほぼない。だからこそ、治す手段がまだはっきりとは見つかっていなかった。

 心配そうに魔王の寝室を見つめるリベリオだが、今は魔王の目が覚めるのを待つしかない。

 寝室に背を向け、シュンリンを探して魔王の間へと足を運んだ。集まる場所となっているためか、寝起きな俺らとは違い、いつも通り活発に動いて掃除をしているシュンリンがいた。


「すまない。魔王の寝室の掃除を頼んでもいいだろうか」

「…?」


 こんなことを頼むことなど今までなかったからか、シュンリンは首をかしげ、掃除用具を両手に取り歩き出した。向かう先は、魔王の寝室。用具を足元に置き、ノックをした後返事を待つことなく扉が開かれる。

 一歩足を踏み出そうと一瞬前かがみになっていたが、ピタッと留まり視線が床へと移動する。


「昨日暴れているような音がしていたのはこれですか」

「気づいていたのであれば助けてほしかったが…」


 一歩後ろへ下がり、バケツの中に入っている掃除用具を、一度すべて床へ広げる。

 バケツを空にすると、床に置いたままモップだけをとり、寝室の床へ向ける。入口から水分を押し出すかのように、モップに力を入れて真っ直ぐに進みだす。その様子を見届けてその場を離れた。

 途中で姿を消していたリベリオを探しに厨房へと入ると、他の魔物たちと朝食の作成を行っていた。用意された皿は、いつもよりも多い。その皿を眺めていると、こちらに気付いたリベリオが気に食わなさそうな口調で、リル達の分だと言った。

 異様に魔王との仲の良さを見せ付けるリルを、目の敵としているようだ。もともと、魔王と仲良くしようとする魔物を嫌うリベリオは、相当嫉妬深い。もともとシェイルをよく思っていないのも、いつもそばに居続けているからだと、言っていたのを思い出してしまう。

 いつもの手際の良さで、作り終えた料理を皿に盛っていく。それを仲間たちが両手・頭に乗せ、魔王の間へと運んでいく。それを手伝うかのように両手に皿を持って、リベリオとともに厨房を出て行った。


 中へ入っていくと、すでに魔王は起きており、いつもの椅子に眠たそうな表情で座っていた。こちらに気付くなり、パチッと目を開けて近寄ってくる。

 皿を近くのテーブルへ載せて魔王と向かい合うと、眠かった表情からいきなりにっこりとほほ笑み、両手を目の前に伸ばしてきた。

 両手をパチンと合わせ、それを徐々に離していく。すると、その間には魔法で作った水球が現れる。


「治った…のですか」

「前ほどじゃないけど、多少のことはできるようになった」


 威張る表情はとても明るいものだった。よかったとほほ笑もうとした瞬間、視界の端からいきなり白いものが飛び出してきては、魔王を横から勢いよく突進する様に飛びついてくるとともに、魔王の叫び声が響き渡る。

 足で踏ん張りきれずに倒れこんだ魔王の上に乗りかかっているのは、リベリオ。


「よかった。よかった…」

「お、重いぞリベリオ。心配かけたな」

「治ったのか」


 のっそりとあらわれたのは、リルとイリスだった。その声にリベリオが反応し、ゆっくりと魔王から離れて、睨みつけるようにリルのほうを見ては、すぐに視線を外して離れて行った。

 起きたリルと少し会話をした後、椅子に座って朝食をとる。

 その様子を見ながら近くの椅子に座って、用意されている朝食をともに頂いた。


(ヴィンス起きてる?) 


 食事中、テレパシーが入ってきたのはアマシュリだった。

 戻ってくるとは言っていたが、いつごろ戻ってくるのかがわからなかった。戻ってくるにも、アマシュリだけならともかく、ルーフォンもとなると、再度リベリオか俺が迎えに行く方が良いだろう。


(起きてる。魔王も完璧じゃないが、魔法を使えるようになってきている)

(本当!? よかった。そろそろ戻ろうと思う)

(わかった。じゃあ食事終わったらリベリオに迎えに行かせる)

(俺からリベリオに言っておく)


 しばらく静かに食事を済ませると、仲間の魔物たちが皿を下げ始め、リベリオと魔王が何かを話していた。あまり聞き取れないが、迎えに行くという話をしているのだろう。

 気づかないふりをしながら、皿を下げるのを手伝う。空いた皿を持つと、不意にその手を仲間の魔物の手により止められる。何かとみると、どこかを指さされる。そちらに目を向けると、その先にはリベリオがいた。その隣には魔王がいるが、リベリオがこちらに来るように手招きをしていた。

 テレパシーを使えばいいのにと思いながらも、皿を仲間に任せて近寄っていく。


「ルーが戻ってくるって。今からリベリオに迎えに行ってもらうが、戻り次第はじめようと思うんだ」

「しかし、まだ完全に治ったわけでは」

「あまり、のんびりしていられない。さっきアマシュリからテレパシーが来て、魔物が人間の土地を荒らし始めてるって」


 その言葉に、つい目を伏せてしまう。

 こちらにとっては、魔王が治るまでとは言っているが、シェイル側からしたら、計画を進めるには好都合な空白の時間となってしまっている。呑気に回復を待っていられないと、魔王は言う。

 様子を見ていたリルが近づいてきては、さらにその話を進めていた。

 アマシュリとルーフォンが戻ってくる。魔王からリルにそう伝わると、少し驚いた様子だったリル。正直、戻ってくるとは魔王自体も思っていなかったとのことだった。戻るという話をしている場に居合わせていなかったから、どのような会話になっていたのかを知ることができない。

 戻り次第アマシュリに場所を聞き、拠点をずらしているかもしれないのを前提にそこへ突撃しに行くとのこと。

 計画を立てて向かったところで、敵陣に入った時点で敵の思うつぼ。相手がシェイルだからというのを踏まえ、正々堂々と正面から叩きに行くとのことだった。

 正直、魔王らしいシンプルな考え方とは言える。おそらくシェイルもそう来ると勘付いているだろうと言った。

 再度アマシュリから連絡が来次第、リベリオが迎えに行くとのことだった。それまで魔王は薬を飲み、治せるところまで治したいとのことで、自室へと籠ってしまった。


「リル」


 魔王の間にてイリスと何かを話していたリルに声をかける。


「魔王に昨日のことは」

「言っていない。言ったところで今回の事に関係はしていないからな。これが、シェイルという者を倒すことに関係してくることであればよかったんだが」

「そうか」


 確かに、言ったところでシェイルとの戦いを有利に持っていけるとも言い難い。

 今更何かをして強くなってシェイルを負かす。なんてことはできない。だが、徐々に時が過ぎることにより、不安と焦りがこみあげてくる。


 


 最後の庭の整備になるかもと、無心になるため庭に出て作業をしていた。

 ある程度片づけると、ちょうどリベリオが城から飛び立つ気配がした。空を見上げると、一瞬水しぶきが走った気がするが、おそらくリベリオの翼だろう。

 翼をはやして飛ぶのがあまり得意ではない俺からすると、少しだけうらやましくも感じてしまう。

 作業をやめ、作業着を脱いで魔王の元へと向かう。

 自室にこもったままの魔王の部屋から、調合しておいた薬が数個空になっていた。


「庭の作業は終わったのか」

「はい。魔王、調子は」

「何とも言えないな。それよりも、どうしていきなり魔法が使えるようになったのかと、どうして目が覚めたらシュンリンが掃除していたのかが気になるんだけど」

「えっと…」

「寝てる俺に何かした? っていうよりも、寝てた俺が何かしたか」


 ごまかすべきかを悩んでいると、うっすらと魔王がほほ笑む。


「怒らないから」

「…はい」


 その言葉に、口は自然とすべてを吐き出していた。

 宝石を使って拒絶反応を起こしたことも、その時に魔法を使っていたことも、殺されかけていたということまで言うと、苦笑して謝られた。おそらくそれが反動で戻ったのだろうという結論には至っているが、結局完全に治っているわけではない。

 今後のことなどをしばらく話していると、リベリオの気配が近寄ってきていた。それに魔王も気づいたのか、窓のほうを見ながら立ち上がった。


「戻ってきたみたいだ。行こう」



 

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