第16話
「永遠なる命…?」
「長い命を持つ事で思い当たるのは」
『魔物』
リベリオも俺も、同じことを感じていたようだ。
この先は白紙だった。この書物にて真意を見ることはできない。そもそも、この建物自体が今まで不明だった。どうしてあるのか、どうして誰かがいた形跡が残っていたのか。
人間の土地だったにしても、俺が覚えている中では、もうすでに建物として残っていた記憶はある。連れてこられるまで近くから見たことはないものの、こんなようなものが存在しているという程度には認識していた。
特に気にすることなく過ごしていたが、きっとこの書物に関わるものを読むと、もう少し何かがわかるのだろう。書物によると、この建物は昔に研究所として使われていたということにもなる。永遠の命の最初の場所。
「なんだろう。どっと疲れが」
「読み慣れない文字を読み続けていたからかと。今日はもうお休みください。私はこの本に関わる物を持って行ってみます」
「あぁ頼む」
リベリオはその前の日付の本を数冊手に取り、後をついてきた。
少し疲れたから、いつも居慣れている魔王の間に向かう。そこまでにある廊下にて、行き先とは方角が違う所から微かな音がした。何かを落としたような音だった。
目を向けてみると、薄らとだが灯りが点いていた。
「シュンリンかな」
ついてきていたリベリオと顔合わせ、首をかしげてそちらのほうへ向かっていった。
案の定そこにいたのは、掃除をしていたであろうシュンリンだが、こちらの気配に気づいているだろうに、振り向くことせず奥のほうへと顔を向けたままだった。足元には、いつも持ち歩いているバケツが落ちていた。
視線の先へ顔をのぞかせてみると、また広く暗い空間があった。
暗闇にまだ目が慣れておらず、何が置かれているのかなどがわかりにくい。リベリオも気になったのか、マッチに火をつけ少し前のほうへと向けてみる。しかし、マッチだけの灯りでは照らすことは難しい。
「何があるのか見えているか?」
「なんとなく…ですが」
シュンリンに問うと、はっきりと見えているわけではないが、暗がりに慣れたその目には、薄らと見えているのだろう。シュンリンは一度しゃがみ、バケツの中から何かを取り出した。それは、数本の蝋燭だった。つけていたリベリオのマッチの火を使い、すべてに灯していく。
燭台に一本だけ刺し、それを均等に何個も燭台を置く。すると微かに見えてきたそこは、日記にあったカプセルっぽい形をした大きな入れ物だった。その周りは、何かが暴れたかのような形跡が見受けられる。
ところどころに焼け焦げた跡。その状態に、この場にいる三人が口を開くことはしばらくできなかった。
先に動いたのは、リベリオだった。先ほど読んでいた本を、無言でシュンリンに渡す。すると、一度リベリオの顔を確認した後、本をゆっくりと開き、目を通し、間もなくしてパタンと閉じる。もう一度この一室に顔を戻す。感じることは皆同じ。
もしこの本が現実にあったことなのであれば、この一室は実験室ということだろう。
先に足を踏み入れたのは、リベリオだった。料理以外に興味を示すことに驚いてしまい、ついその足取りを見送ってしまった。ついていくように、そっと足を進めていく。
歩くたび、コツンコツンと室内に足音が響きわたる。
かなり長い年月使われていないのが、埃の量だけでも感じられる。
無造作に転がっている書物の数。何者かによって割られた大きなガラス。しかし、このガラスも、この建物のガラスではないことはわかる。この一室に窓が一つもない。割れるガラスは、ここで行われた研究に使用した物としか思えない。付近には、大きなガラスの片割れと思われるものが、床と天井に支えられているような筒の間にあった。子供が一人入るほどの大きな長めのカプセル。灯りが少なく、薄暗いおかげではっきりとは分からないが、そのカプセル付近の床は、入り口付近とは色あせているようにも見える。何かの液体で変色してしまったかのように。
遠くからカチャリという音がした。振り向いてみれば、シュンリンが、俺やリベリオのほうではなく、本が転がっているほうに歩いていた。積み重なっていた段ボールの上にも、大きめのガラスがある。器のような形をして、ぼろぼろになっているかのように。その破片が足元にあったのだろう。それをシュンリンが踏んでしまったようだ。
しかし、踏んだ足をそこから動かそうとはしなかった。まだ持っていた本をもう一度開き、指で何かをなぞる。そして、もう一度器のような大きなガラスのほうを見た。何かそのことについて書かれていただろうか。
足元に注意しながら、俺はシュンリンのほうに向かう。その音に気づき、一度こちらに顔を向け、開いたままの本をこちらに渡してきた。持ち直すと、シュンリンが文字に指をさす。
『近くにあった瓶を取り、ただ積み重ねていた使用後の段ボールの上に置き』
この一文が、ちょうどシュンリンの位置になるのだろうか。
確かにこの後、兵器は瓶を壊す。その壊した破片が段ボールの上と、床に散らばったままになっていたのだろうか。
この本に書かれていることが、この部屋にあたる部分が多い。
割れたカプセル。その下の変色した床。割れた瓶。段ボール。
しかし、たまたまこの条件に一致しただけの可能性もある。
「失敗した実験体はどうなったのかな」
本を手にし、不意にそう思ってしまった。
結局どうなってしまっているのかが、この本には書かれていない。
「この本が正しいのであれば、この研究員の人たちはどうなったんだろう。この兵器は、最終的にどこまで破壊したのだろう。何も、その先がわからない」
「…もし、ですが。研究員の人が逃げ切れていたのであれば、また同じ人物がその先の日記を書いて、別の場所にしまってある。というのも…考えられるかもしれないですね。研究の結果を残すためなのかもしれませんが、この通り、この日記は長い間書かれている様子がある。数冊にわたって描かれているのであれば、先を残していてもおかしくはないわ」
シュンリンが本だけを見つめ、そう予想した。そうなのかもしれないし、逃げ切れていないのかもしれない。逃げ切れていたとしても、書いている暇などなかったのかもしれない。でも、この先が知りたい。本当にあったことなのか、自分達に関わることなのか。
他にこのようなことに詳しい者がいないか。調べる術はないのか。しかし、一つ思い当たるものがある。人間でも魔物でもない者。
「行ってみたいところがある」
「心当たりが?」
本を見つめていたシュンリンの瞳が、俺のほうへと向けられる。それに対して首を縦に振る。
しかし、行くにしては一人で行くことはできない。あの時は協力があってすぐに向かうことができたが、二回目も手伝ってくれるだろうか。それに、そこまでの道のりに危険が多すぎる。魔法が使えない今、さすがに一人でそこに向かう勇気はなかった。かといって、シュンリンやリベリオを連れて行っていいものか。
しばらく悩んでいると、リベリオが姿勢をかがめ、目線を合わせてきた。
「考え込むのはよくないですよ。心当たりがあるのであれば行ってみましょう。お供します」
「…そうだな。考えるのは俺らしくない。でも、誰かを連れて行っていいものなのかがわからない」
あの時はシェイルも連れて行っていたが、二回も良いのだろうか。そして、あまりに目に触れさせてくないかのように、結界を張っていたというのに、そこに他の者を入れてもよいのだろうか。
それこそ、考えても仕方がないこと。だめだといわれるのであれば、途中で待っていてもらうしかない。
勝手に納得し首を縦に振ると、心配そうなリベリオの顔が、そっと和らいで微笑んだ。
決まったとなれば、すぐに準備に取り掛かる。
「シュンリン、城にいるリルとイリスに伝えてくれ。人間の土地に戻り、その日記のような書籍。もしくは、本がたくさんある場所を探してくれと。あと、この日記、全部読んでおいてもらえるか」
「了解いたしました」
リベリオが持ってきていた本をすべてシュンリンに渡し、そう命令して城のことをヴィンスとシュンリンに任せ、リベリオのみを連れて外へと飛び出していった。
途中ヴィンスに声をかけられたが、楽しそうに飛び出していく俺らに、「いってらっしゃい」とほほ笑んだ。単体ではなく、リベリオを連れているから、特別口を開かなかったのだろう。
しかし、楽しかったのはそこまでだった。




