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満月ロード  作者: 琴哉
第1章
16/67

第16話

 

 

 

 

 

 

 

「…ここは…?」

 

 目が覚めると、荒れた大地が目の前に広がっていた。

 街や森は燃え尽き、黒く焦げて瓦礫の山と化していた。そして、燃え尽きた木のかけら。まだ奥の方で火が燃え広がっているのか、遠くから炎の音がする。そんな場所に、俺はただ呆然と立ち竦み、何もない大地を見つめていた。

 転がっていたガラスの破片に目をやると、映っていた自分の姿は魔王の黒赤の髪と瞳。返り血を浴びたかのように、頬や首、服に血が付いていた。

 自分の手を広げ、目の前に上げてみると、そこには血塗ちまみれの手。

 自分の血ではないことはわかっていた。

 傷を負った痛みもないし、殴られた痛みもない。あるのは、使い慣れた魔力の開放感のみ。

 口にしなくとも分かった。この惨状は、俺の仕業だと。

 胸元が少しムカムカする。

 ソッと胸元に手を触れてみると、そこには固い石のようなものがあった。

 自ら輝き、存在を示すかのように。それは、紫色の角ばったガラス石。いつだったかに、誰かが俺に渡してきた気がする。渡した? いや、買ったのか。記憶があまり定かではない。

 何年生きて、何年暴れたのか。

 覚えていない。しかし、どうしてだろうか。自分が魔王だったということだけは覚えている。

 何処で、どうして、どういう風に。そこまでは思い出せない。

 でも、今みたいに一人ではなかった気がする。


「そこにいるのは…誰だ」

 

 記憶のどこかにいる、わからない影。

 一人や二人ではない。三人四人と、次々にいろいろな形をした影が現れてくる。しかし、特徴をつかんではいると思うのだが、顔も色も姿も声も名前も。何一つ思い出せない。

 手を伸ばし、掴もうとしても、その影は離れていく一方で。

 足を動かした瞬間、何かに蹴躓き、手をついて前に転んでしまう。

 すると、そこには瓦礫やガラスなどはなく、柔らかいものに手をついてしまったみたいだ。

 なんだろうかと身体を起こし、蹴躓いたものや、手をついてしまったものをじっくり見ると、黒く塗りつぶされたような人型の物が転がっていた。

 いろいろな形をしているものの、顔も色も姿もはっきりとわからない。

 頭の中で描かれた影のような者たちが、たくさん転んでいた。

 思い出さなくてもわかる。これは、


「俺が…殺した…?」

 

 誰にいわれなくても、誰に聞かなくても、思い出そうとしなくてもそれはわかった。身体が感じた。身体が覚えていた。いっその事、それすらも忘れてしまえればよかったのに。

 視界に光り輝くものが見える。

 先ほどの紫のガラス石だ。

 自分はここにいると言わんばかりに光り輝き、自分を示す。

 全てはこの石の所為だ。何もかも、この石の所為だ。石さえなければ。しかし、その奥でもう一つ光っているものがあった。


 人魚の涙


 身体に埋め込まれていた、もう一つの宝石を取り出してみる。

 なにもないときは、水色に見えていたものも、今は薄緑に光り、何かを癒そうとしている。いや、違う。

 その光で、何か小さいものを映し出す。

 顔も姿もはっきりとはしないが、髪の長い、毛先に向かってカールが入っている髪質。しかし形は異様だった。

 上体は女性の形だと言うのに、足は二本ではなく、一つにまとめられるように、太いものから徐々に細くなっていく。足元がどうなっているかまでははっきり見えない。しかし、はっきり見えないから、二本に見えないだけなのだろうか。

 しかし、どうしてだろうか。


「俺…この人を知ってる…」

 

 人なのかどうかはわからないが、どこかで見覚えがある。

 なんて呼ばれていたかも、どういう表情をした人なのかも、どういう立場の人かも知らない。ただ、この姿を見ると、何故だか心は落ち着いた。そして、この人の名前にはこの名がふさわしい。


「シレーナ…」

 

 そう呟くと、その女は反応したかのように、少し上を向き、俺のほうを見た気がした。そして、ゆっくりとほほ笑んでいる。

 はっきりとは見えないし、わからないが、そんな雰囲気がある。

 こんな果ててしまったような世界だと言うのに、この女性をみているとホッと安心した。


『シアナ』

 

 どこかで誰かが誰かを呼んでいる。

 あたりを見回してみるが、その太く、懐かしい響きをした声の主は見当たらなかった。


「シアナ…? 誰だろう? あ、もしかして君がシアナっていう名前だったのか? ごめん…勝手にシレーナとか言っちゃった」

 

 名前を間違えられると、さすがに怒るだろうなと思っていた。先ほども、別に笑っているのではなくて、怒ってしまった感じだったのだろうか。

 そう謝ると、その女性は、首を左右に数回振り、ゆっくりと片手を俺の方に向け、人差し指を出してきた。


「俺が…シアナ?」

 

 そういうと、首を縦に振り、そうだと言ってきているようだった。

 次は俺が首を横に振る番だった。


「違うよ。俺の名前はシアナじゃない…俺は…おれ…は…」

 

 覚えてない。

 自分の名前なんか覚えてない。ただ、覚えているのは魔王と呼ばれ続けていたことだけ。

 何処からか響きわたる。

 魔王と。魔王様と、大勢の声が耳の奥に響き渡らせる。


「違う…! 違う! 俺が思いだしたいのはそんなことじゃない! 俺が思いだしたいのは俺自身だ」

 

 ネックレスを持っていないほうの手で自分の頭を抱える。

 つい、ネックレスを持つ手にも力が入り、その浮かび上がっていた小さい女性までも、驚いたようにびくついてしまった。


「あ…ごめん。驚いたよね。ごめんね。痛かったよね」

 

 力を抜き、何度もその女性に謝り続ける。その間も、耳鳴りのように響きわたる、大勢の声は消えやしなかった。

 魔王だと言って、俺を苦しめるもの達。

 魔王になんか、別になりたくてなったわけじゃないと思う。心がそう言っている。記憶なんかなくったって、それくらいわかる。


「俺は欲しかったんだ。ただそれだけだったんだ」

 

 そういうと、女性は何がと言わんばかりに首をかしげていた。


「一緒にいてくれる奴が…欲しかったんだ。護り護られる存在が。友達が…平和が…」

 

 争いが嫌いだった気がする。

 争いに楽しみを覚えていた反面、苛立ちを覚えていた気がする。

 殺して何の意味があるのか。殺すほど、俺は偉いものなのか。

 “魔王”というだけで、何もしていない。偉くなんかない。

 周りが勝手に強いものだと勘違いしていた気がする。


「強くなんかない。力だって心だって強くなんかない…」

 

 ずっと傍にいて、叱ってくれたやつがいた気がする。

 でも、なんだか違う。呆れていたようにも感じられる。

 

 “魔王らしく”

 

 そう、言われ続けていた気もした。

 強いだけじゃ王にはなれない。完璧な王などいない。


「だって…。魔王を希望したわけじゃないのに…。魔王らしくってなんだよって。わがまま言ってた気はするけど、わがまま言えば魔王なのかよ。人を使えば魔王なのかよ! 大人しく座っていれば魔王なのか? 違うだろう…。俺じゃない。魔王なんて」

 

 もっと他に強いものがいたはずだ。

 なのにどうして、俺を選んだのだろうか。

 魔王の証はなんだ。


「俺は誰だ。俺はなんだ!? 勝手に魔王に祭り上げたくせに、人間とやり合うなって命令も聞かないし! そんなの魔王らしくないなんて言うし!」

 

 口が記憶よりも先走っていた。

 そんな命令をしていたのだろうか。どうやって? 誰に? どうして?

 思い出せないけれど、口は知っていた。だから止めることはしない。


「魔王は弱音を吐いちゃいけないんだ…。わかってる。でも、俺だって泣きたいときはある。俺だって、悔しいことを口にしたいときだってある…。なのに、言ってはいけないって圧力をかけられてる気がするんだ…。頑張ってるのに泣きたいのに…」

  

 今の俺でなければ、頬に何かが伝っていた気がする。

 涙。

 そんなもの、遠の昔に枯れ果ててしまった。


「泣いたらいけない…? どうして…。魔王らしくってなんだよ。どうやったら魔王らしくなれるんだよ。人間を潰せばいいのか? 逆らうものをすべて殺し尽くせばいいのか…? そんなことをして誰が幸せになるっていうんだよ…。戦い合ったって、気分は晴れるが、結果は変わりはしないんだ…。死人が増えるだけ。そんなの嫌だよ…」

 

 自分は魔物だ。

 そんな感情になるなんておかしい。でも、この感情は昔から持っていた気がする。

 表面上では、争い事が大好きなように表していても、本当は好きじゃない。できれば争わずに終わらせたいし、魔法を使わずに一生を過ごせれたら幸せなんだろうなって思ってきていた。

 でも、出来るわけがなかった。

 争いは必ずやってきていた。戦いたくなくても、自分の身を護るためだったら、止むを得ず争った。そのたびに、どこかが傷ついていた。でも、それを表には出せなかった。


「許されなかった。辛いって思っていても、それを表情には出しちゃいけないって言われてる気がしたんだ…。誰かの冷たい瞳を知っている。いつも俺を呆れた瞳で見るんだ。じゃあ、お前が魔王になれよって言ってやりたかった。お前らが魔王をすればいいじゃんって」

 

 苦しかった。

 もうこれ以上しゃべりたくなかった。

 女性を見ると、両手を下ろし、じっと俺のほうを見つめてきていた。


「でも、辛いときもこのネックレスを見たら落ち着くんだ。励ましてくれるみたいで、ホッとするんだ。今まで一緒にいてくれてありがとうな」

 

 そうにっこりほほ笑むと、顔の筋肉がひきつった。

 なんだかここ数年、心からほほ笑んでいなかったような気がする。


「ははっ。俺、笑えたんだ」

 

 そういうと、その女性もにっこりとほほ笑んでくれた気がする。

 今回は本当だ。笑っている。

 笑っている何かの姿を見るのも、すごく久しぶりな気がした。

 でも、今状況にだけは耐えきれなかった。

 耐えることができずに、胸元からこみあげてくる何かを吐き出すように、叫び続けた。


「う…… うあぁぁぁぁぁぁぁっ!」 

 

 




 

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