第17話
「あっ………」
自分の悲鳴で目が覚めた。
熱い。
でも、見慣れた景色。
とった宿の天井。
(夢…)
「シレーナ…?」
心配そうな瞳で上から見下ろすアマシュリの顔。その逆側には、子供ヴィンスの姿。
唸っていたのだろうか。額に冷たいものが乗っている。
なんだろうかと手を伸ばしてみると、視界に自分の手の平が入る。
綺麗な手だ。
血に汚れず、肌色の手の平がある。
「…あ…」
ホッとした。
本当に夢だったのだと。
額に触れると、そこには濡れたタオルがあった。冷たく。
「二日間」
「え?」
視界には入っていないが、少し遠い位置でルーフォンの声が聞こえた。
何が二日間なのかと、つい聞き返してしまう。
「魘されてた期間だ」
「二日…間も?」
「はい。熱が出て、辛そうでした」
(魔王様。聞こえますか?)
(え? アマシュリか? あぁ、聞こえる)
(良かった…。魘されているとき、何度もこちらでお呼びしたのですが、返事がなかったので…)
気付けば、ギュッと俺の手をアマシュリが握りしめていた。
温かい。自分が冷えているのかはわからないが、アマシュリの手がすごく温かく感じられた。
「すまない…心配をかけたか」
「無事であればいいのですが…」
そう言ってくれるヴィンスも、相当心配してくれていたみたいだ。目の下にクマができている。
手を伸ばし、アマシュリの頬に触れてみる。
温かい。
ゆっくり起き上ろうとすると、いきなりヴィンスに止められる。
「まだ起きてはいけません」
「もう…大丈夫」
「ダメです。熱が一向に下がる様子を見せないんです。私の治癒魔法が一切効かない。何が悪いのかが診えないのです。何か変わった物を食べたり、触れたりしませんでしたか?」
「シレーナ。拾い食いでもしたの!?」
ヴィンスの言葉に驚いたように、アマシュリが大きな声を出した。
どうなんだと言わんばかりに、アマシュリがルーフォンのいる方向に向いていた。
「いや、俺が見ている間で拾い食いをしている様子はなかったが…」
「変わった物…? 宝石なら買ったけど」
「これですよね?」
胸元に転がっていた宝石にヴィンスが触れ、そっと持ち上げてみた。
何の変哲もなさそうだと言わんばかりに、不思議そうに見つめてはいるが、俺にとってその宝石は不気味だった。最初は綺麗だと思ったが、先ほどの夢といい、曰く付きのものを入手してしまったのだろうか。
「それ…。買った時から具合悪い」
思い返してみれば、それを身につけた瞬間、具合が悪くなり始めてはいた。
ただの疲労だと思い込んでいた俺は、重大なものを見逃していたようだ。
それを聞いたヴィンスは、そのネックレスを奪い取り、ルーフォンに渡す。身から離れた瞬間、先ほどから感じていた重みが消えうせ、身が軽くなった気がする。
「…楽になった。少しだけ」
「極稀になのですが」
すごく気まずそうにヴィンスが口を開き始めた。
「本当に稀なのですが、宝石が身体に合わなく、拒否反応が出る者がいるそうです」
「…拒否反応? それはどういうのだ?」
ルーフォンが立ち上がったのだろうか、椅子を引く音がした。この男にも知らないことがあるのかと、少しだけ優位に立った気がした。
「それは個別なもので、これといったものはないのですが、熱を出したり魘される事が多いです。運が良ければ、宝石が触れた部分に痒みが現れるだけですが」
「…じゃあ、シレーナがそうだってこと?」
「残念だが」
今まで宝石だと思って触れたことがないからこそ、自分自身のことが分からなかったが、アレルギーのような形で現れるとは思わなかった。
しかし、アマシュリもヴィンスも心なしか不思議そうな顔をしていた。言いたいことはわかる。同じ理由で、俺も不思議になっているからだ。
小さいころから所持し、身体の中に埋め込むことまで行っている、“人魚の涙”に関してはどうなのだろうか。
拒否反応がこんなにもその宝石で出たということは、小さいころからその苦しみを味わっていてもおかしくはない。
しかし、今までこんなことはなかったはずだ。
元々存在自体怪しまれていた“人魚の涙”だ。
例外があっても、おかしくはないだろう。
良くはなったと言ったものの、熱はまだまだ下がる様子がないらしく、数日間外出禁止、ベッドから出ること禁止と、不自由な生活を送ってしまった。
気を失ってからの俺の姿は、一瞬魔王になりかけたものの、反射的にヴィンスが上から塗るように魔法をかけ、変化とはまた別個の魔法をかけてくれていたみたいだ。そんな器用なことができるのが、ヴィンスの能力なのだろう。
回復するまで魔法の使用を禁止され、変化もヴィンスの手により、塗り替えてもらっていた。
何から何まで申し訳ない。
ただ、熱で魘されたり、苦しい思いをするなんて初めてで、死ぬんじゃないかと思ったが、数日たった今、すっかりもと通りとなった。
「病気で臥せてくれてれば、静かで楽だったのになぁ」
「なんだとルー! 失礼な!」
ため息をつきながら、勿体ないと言わんばかりにルーフォンが口にする。
今、ヴィンスが魔物の土地に戻るということで、街の外れまで見送りに来ていた。
臥せている間、ヴィンスとルーフォンで今までのこととか、あの後のこととかをいろいろ話していたみたいで、少しだけ楽しそうだったのを覚えている。魘されていてあまりはっきりとまでは覚えていないが。
「じゃあ私はこれで。また何かありましたらすぐお呼びください」
「あぁ。ありがとうな」
「ヴィンスも気をつけて」
ヴィンスが見えなくなるまで、俺は手を振ってやった。
今はまだ平和だ。無駄な争いはない。これが続けばいいのに。そう口にしたくても、言葉にすることができなかった。
ヴィンスと別れた後、この街のお偉いさんとお話をした。
特別これといったことは話さなかったが、魔物の土地に面した街ということで、被害の多さは数えきれそうもなかった。ただ、固まって魔物が現れることが少ないおかげで、警備の者と、所属している魔導師や魔術者の手により、他の街や村より亡くなっている人の数は多くはないとのことだった。
ただ、数日前に行われた闘技場にて、この街が所属となっている国の王が罰せられ、他の王がたつまでは、少しの油断もできないとのことだった。
新たに現れた王が、悪い方向に行くかいい方向に行くか。王の判断次第で、ここの警備体勢が変わってしまう可能性もあるとのことだった。
ある程度話が終わると、その建物から出ていく。
結界が張られ、魔物がそう簡単には入れないようになっていたため、外で待機しているアマシュリと合流し、この街を後にした。
次の街へ向かおうと街から出ると、何やら騒がしかった。
固まって魔物が現れることは少ないと言っていたものの、まったくないわけではないのだろう。
警備の者と、爺さんっぽい口調をしていたあの魔導師が、数匹の魔物と対峙していた。
暫く様子を見ていると、話の内容から、暴れたがっている魔物が、人間を襲っていたようだ。それを見かけた警備の者が止め、言い争いになっていたようだ。まだ戦闘態勢に入っていないことにホッとし、ゆっくりと俺らはその者たちに近づいていく。
「俺らは言い争いなんか興味がないんだ。人間を襲わせてくれないなら、お前らが楽しませてくれよ」
魔物は大人しくしているのに飽きたのか、足元にあった石ころを警備の一人に向かって投げる。
しかし、それだけではなかった。その投げた石ころに魔法をかけ、熱い炎を作り出していた。見逃さなかった魔導師は、反射的にその警備の人間を、魔術で守らせる。それがスタートのようだ。
警備の者たちも、武器をしっかりと持ち直し、魔物に刃を向けていた。
しかし、警備と戦わせてしまうと、また魔物がこの街を狙ってくると思い、勇者の俺だったら、俺の身を狙ってくるだろうと考え、警備と魔物が衝突する前に、魔物に手を出してしまえばいいのではないかと結論を出した。そのあとは早かった。
ルーフォンやアマシュリには何も言わず、魔物に駆け出し脇腹目指してドロップキックを喰らわせてやった。
いきなりの突入に、警備の者の足が止まった。
命中した魔物たちは、ドミノ倒しのように、数人一緒に転げ落ちた。
「ストライーック! ってかぁっ!」
上着を脱ぎ、誰からもわかるように、勇者のバッチをこれ見よがしに見せつけた。
すると、警備の者も気づいたようで、驚いていた。
「き、貴様ぁっ何者だ!」
「勇者様だ問題はあるか!」
「ゆ、勇者だと…」
転げ落ちた魔物が隣り聞くから答えたところ、何処から声を出したのか、力んだあまり、声が裏返っているようだ。
「そうですよっと。死にたいのであれば、わたくしがお相手いたしますが?」
「…上等だこらぁっ! 捻りつぶしてやる」
怒りのまま手の平に集めた魔力の塊、炎弾を数弾俺に撃ち込んでくる。
「げっ…」
病み上がりなんだけどと思いながらも、臥せている際にルーフォンに教わった水魔術を頭の中に掻き上げる。
手を前に出し、目の前に水の結界を張り、その炎弾を吸収する。街の方にも投げられたら大変だと思い、まず警備の者と魔導師。そして、街のほうに結界を張るため、自分が無防備になっているのを承知で長い呪文を口にする。
もちろん、その間を利用して攻撃してこようとする魔物はいる者の、ルーフォンの剣の舞により、無残にも切り落とされる。一度かけた魔術は、そう簡単に外れることはない。発動された街への水の結界も、数年は保ちそうだ。しかし、攻撃される量によりそれは変わる。
攻撃され続ければ、保つものも保たなくなるが、その度に街の魔術者や魔導師が上から結界を張りなおしてくれればいいだけだ。難しいことでもないだろう。
「ふぅ、こんなもんか?」
「上出来です」
「やった」
発動したことを確認し、ルーフォンに見せると、初めて使った魔術にしてはいいものだったのだろう。一応ということで、ルーフォンも二重の結界をかけてくれた。
他に魔物がいないかとみてみると、全てルーフォンが相手にしてしまったみたいで、向かってくる魔物はすでに消えていた。
「ありがとうございます。勇者様方」
「恩にきります」
そう警備の者が言ってきてはくれるが、たった一人だけ気に食わない表情でこちらを見ている者がいた。
あのローブ姿の魔導師だった。
「何故だ。何故お前は我らを助けた」
「ユンヒュ! 何を言う!」
魔導師の名前はユンヒュというみたいだ。その男の言葉に、警備の者が叱りつけているが、気に食わないのは仕方がないものだ。
とくに、アマシュリのほうを睨みつけ、かけた魔法の所為でアマシュリのことをしゃべれない悔しさも、苛立ちとして入っているのだろう。少しだけ申し訳ないことをしてしまったかもしれないが、自分たちの身を護る方法としては、こうすることしかできなかった。
「襲われてたら助けるだろう。でも、もしそれがあなたたちからかけた喧嘩でしたら、手を貸すつもりはなかったです。ただ、魔物が手をかけようとしていたから助けた。それだけです。それに、下手をすると街の者まで巻き込んでしまう。それは不本意でしょう?」
アマシュリが、冷たくそう言い放つ。
本心はあまりそう思っていないのだろうが、普段の魔王。俺ならこういうだろうと考えながらしゃべってくれているのだろう。黙り込んでいた俺の代わりに、アマシュリが伝えてくれた。
すると、納得したのかどうかはわからないが、何かが引っ掛かる表情のまま、黙り込んでしまった。
暫く考え込むように黙り込んでいた後、いきなり魔導師は口を開いて、俺やルーフォン、アマシュリを驚かせた。




