第14話
「シレーナ。ごめんなさい…俺が弱いせいで…」
「何言ってんだよ。アマシュリは悪くねぇだろ?」
「でも…」
「いいから気にしないの。宿でゆっくり休んでなよ。俺はちょっと街見てくる。ルー、アマシュリを頼んだよ」
宿をすぐに見つけ、一室を借りてアマシュリをベッドに横にさせた。
アマシュリは謝り続けるのだが、実際アマシュリは悪くない。魔導師に手を出そうとしたわけでもないし、暴言を吐いたわけでもない。ただ敵から避けていただけだ。なのに、勝手に発動した魔術にかかってしまい、被害を被ってしまっているのだから、あの魔導師が悪い。
いや、あの魔導師も良かれと思ってやっているのだが、謝ることをしなかった。本当は、あの魔導師が謝るのが普通だろうに。
街の様子を見てみようと、アマシュリを一人にするわけにはいかず、ルーフォンについていてもらおうとする。
「駄目ですシレーナ。シレーナに何かあったらどうするんですか!」
出て行こうとする俺に、アマシュリは必死に呼びとめる。
「じゃあ、アマシュリに何かあったらどうするんだよ」
「あ…でもそれは…」
「はぁ。じゃあこうすればいい。とりあえず今日は宿でお前も休め。そして、明日三人で街を徘徊。それでいいだろう? 今日急いで何かをしないといけないわけでもないだろう?」
「…わかったそうしよう」
ルーフォンの提案に、俺は踵を返してアマシュリのもとに近寄った。
なんだか負けたような気がするのは何故だろうか。
実際、落ち着いてみると、アマシュリとルーフォンを二人にしてしまうのは危ないかもしれない。アマシュリはテレパシーで俺を呼べはするが、すぐに駆け付けられるかどうかはわからない。ルーフォンがアマシュリを狙わないとは限らない。まだそこまで安心できる存在でもない。
それを考えると、今日は三人一緒にいたほうが安全だ。
ルーフォンの提案ということが癪に障るが、安全第一で進んだ方が身のためでもあるだろう。
術は解けても、辛そうなアマシュリの柔らかい緑髪を、そっと優しく撫で続けた。
「ヴィンスを呼ぼうか…」
「し、シレーナ?」
「ヴィンスの居場所が分かるのか!?」
ヴィンスの名を出した瞬間、言っていいことなのかとアマシュリが反応し、居場所が気になるルーフォンが反応した。
治癒もできるし、恩師には会えるし、一石二鳥だと思ったのだが、やはり魔物を堂々と人間の地に呼ぶのはいけないのだろうか。
「わかるよ。っていっても、アマシュリが呼んでくれればだけど」
「呼ぶ?」
「俺も詳しくは知らないけど、魔物は魔物同士であれば、遠くにいても連絡が取れるんだってさ」
「テレパシーってやつか?」
「みたいだよ。便利だよな」
愛用してますが。
一応人間はできないはずというのを前提で、テレパシーの事を言うが、アマシュリはそんなにつらくはないと口にする。
(ヴィンスー)
(はい)
(ヴィンス、ルーフォンに会いたくないか?)
(会いたくないわけではないですが…)
(ちょっとさ、アマシュリを治癒してほしいっていうのもあって、もしヴィンスがルーフォンに会いたいなら、丁度良いんじゃないかなって)
(アマシュリが。わかりました)
(あ、人間の土地だし…来たくないならいいけど)
(…いえ。そういうわけではありません。以前の子供の姿でそちらに向かいます)
ヴィンスと連絡を取り、魔物姿は知る者ぞ知る状態になっているため、以前ルーフォンと会った時のような子供の姿になるのだろう。
ヴィンスの子供の姿という想像はつかなく、ちょっと。いや、結構楽しみだった。
アマシュリにも、テレパシーでヴィンスを呼んだことを伝え、アマシュリが呼んだことにしておいてと口裏は合わせておいた。そのいきなりな事に、アマシュリがぶつくさ文句をテレパシーで伝えてきたが、はいはいとにっこり笑顔で流してやる。
いつものことだもんなと、諦めているようにため息をついたとき、少しだけ嬉しくなった。
アマシュリがこうやって臥せている様子を見ていられるなんて、貴重かもしれない。
少しつらかったとしても、強気で立っていそうな気がしていたから。
但し、あの魔導師。味方につければ便利かもしれない。ただ、あの術をそう何度も使われると、アマシュリがつらい。何か対策を考えておかなければ、敵だろうと味方だろうと面倒なことになる。
それに、あの魔術を使えるのが、あの魔導師だけというわけでもないのだろう。
暫く考えていると、部屋のドアにノックが鳴った。
誰かと、ルーフォンが戸に近づき、覗き窓を使った。すると、大事な人でもいたのか、いきなり戸を開いた。
何事かと、アマシュリと俺はお客のほうを見る。そこには、紙袋を持った、黒髪の少年が驚いたような顔でこちらを見ていた。
「ヴィンス…」
そうルーフォンが口にして、ようやくその姿がルーフォンと対面していた、子供のヴィンスだ。
あまりにも可愛くて、ついてプッと吹き出してしまう。
普段は、キリッとした瞳の身長の高い男だと言うのに、八歳くらいの子供になってしまっているのだ。
「大きくなったなルーフォン。昔は身長が変わらなかったのに」
ルーフォンは、ヴィンスを中に入れ、戸をしっかり閉める。
上着を脱ぎ、適当に椅子に引っ掛けては、俺の隣に立ってアマシュリの様子を見ていた。
(あ、そういれば俺、シレーナね)
「ヴィンスは治癒魔法が得意なんだ。だから呼んだ」
「そうか…」
再開の挨拶もまともにできていないというのに、来て早々アマシュリの診断に入ってしまうヴィンスに、少しだけルーフォンは寂しさを感じているようだった。
席を交代し、出来るだけアマシュリに近い場所にしてやる。
胸元に手を乗せ、ゆっくりと魔法でアマシュリの体を見ていく。それと同時に、内部から魔法で治癒を行っていく。外から見ている分には、ただ胸元に手を置いているようにしか見えないというのに、あれで結構な治癒を行ってくれる。信頼しているのだ。
暇になってしまった俺は、ヴィンスの上着をハンガーにかけ、そっとクローゼットにしまってやる。
「あ、すみませんシレーナ様」
「いいよ。っていうか様つけるなよ~」
いつも“魔王様”と呼んでいるからこそ、魔王と呼べない分シレーナでも様をつけてしまうのだろう。
また敬語だと言わんばかりに、ルーフォンは不思議そうな顔で俺を見る。
一体二人にとってどんな存在なんだ。そう考えているのだろう。
「どう? アマシュリ」
「うん…。すごい楽になったよ…。ごめんヴィンス。走らせちゃっただろう?」
「いえ。思ったより遠くなかったので」
「そうか。ありがとう。ところでヴィンス、可愛くなったな」
必死に笑いをこらえているのが分かってしまったのだろう、ため息をつきたいような顔でじっと俺を見ている。
わかっている。ヴィンスの大人バージョンは、いろんな魔物に姿がばれている可能性がある。それに、もしかしたら人間も知っている可能性があるからこそ、その姿だって言うのは聞いている。でも、あの身長が高くて、かっこいい男が、肩付近まであるちょっと長めの黒髪で、垂れ目がちな丸い目。
似ても似つかない。
確かに、身長と特徴を変えてしまったほうが、ばれないというのはわかっている。ヴィンスは名前自体は知れ渡っていないため、人間の土地でもヴィンスと呼んでも良いみたいだ。
「そういえば、前に女の子と間違えられました」
「えぇっそれはちょっと無理があるんじゃ」
そう言いながら、アマシュリと俺は笑っていた。
上着をかけていた椅子の足元に、紙袋がある。確かヴィンスが持ってきていたのだが、これは何かと袋の中をちらっとのぞいてみる。
「あっ」
「そういえば、渡されました。是非シレーナ様にって」
「やったぁ~あいつのケーキ!?」
「はい」
「らっきぃ~」
紙袋から箱ケースを取り出し、それをテーブルの上に置く。
皿まではないのが気に食わないが、そこは仕方がない。
リベリオのケーキだ。
おやつを作っておいてくれと言ったきり、食べずにこちらに帰ってきてしまったから、相当拗ねただろう。だから、丁度ヴィンスが出ると言うことで、渡したのだろう。きっと無理やりだ。想像がつく。
リベリオのすることだから、大きいホールかなと思ったが、ショートケーキだった。
中にはモンブランもある。モンブランが好きな俺は、他のケーキよりも先にモンブランを箱から取り出す。
「ほらっルーも選べって」
「甘ったるいのあんまり好きじゃないんだが…」
「まじうまいんだって」
渋い顔をしながらも、ゆっくりと箱の中をのぞいてみた。
何が良いかと暫く覗いていたが、ようやく箱の中に手を入れ、取り出したのが、無難なイチゴショートケーキ。あまり食べ物を冒険しないタイプだなと、一瞬でわかった。
「ヴィンス、アマシュリのほうはどう?」
「術が少しかかっていたので、それを外しただけです。他は問題なさそうですが、暫くは横になっていたほうが良いと思います」
「んー。じゃあ、明日はルーと街を歩いてくるよ。さっきの魔導師と顔合わせしたら、アマシュリが気まずいだろうし、ヴィンス明日何か用事あるのか?」
「いいえ。ありませんが」
「じゃあ、アマシュリとお留守番お願いしていいかな?」
「えぇっ。構いません」
ルーフォンには、街で宝石を選んでくれるという約束をしたし、ヴィンスをアマシュリに任せれるとなれば、ルーフォンとともに行動しても支障はない。それに、もしあの魔導師と出会ってしまった場合、アマシュリがいると、魔物がいるぞと騒がれかねない。
害がなくとも魔物が街にいるとばれるのは、さすがにまずいだろう。追い出されるだけならまだしも、攻撃態勢に人間が入らないとは限らない。
「じゃ、そういうことで。ヴィンスもここに泊って行けよ」
「ありがとうございます。ではソファをお借りします」
あたりを見回し、ベッドが二つしかないことに疑問を感じているヴィンスは、ソファを選択した。
三人で部屋はとっても、結局俺はアマシュリと寝るつもりだったから、二人部屋でいいと受付に申し出た。その方が、金額も浮くという考え方で。
「ソファ? ルーか俺と寝るか?」
「そんなっお構いなく…」
「でも風邪ひくぞ。駄目だ。選択しろ! 命令だ。 俺、アマシュリ、ルーフォン。さぁ、この中からお好きなものを選べ!」
魔王命令は有効に使いましょう。
なんだか、人間でいう修学旅行の、最初の夜のような気分で、ちょっとだけ楽しかった。
魔王の城にいたら、こんなこと楽しめないし、リベリオやヴィンスと一緒に寝たいと言い出したら、シェイルがうるさい。
何かあったらどうするんだと、ガミガミ言われてしまう。それに大人しくしたがってしまう俺もどうかと思うのだが、なんとなく逆らえない自分がいた。だからこそ、シェイルの目が離れているときくらいは、好きなように人を振りまわしたい。
「…わかりました。ではルーフォンと」
今、何かアマシュリと通信をしていた気がする。
するにはちょうどいい間だった。何を相談し合ったのかが気になり、ヴィンスにテレパシーを送る。
(今何をアマシュリと会話した?)
(…はい。聞こえていなかったですよね…? なぜわかったのです?)
(なんとなくそんな気がした)
(…。私が魔王様ととなると、アマシュリがルーフォンと一緒なのですよね? それはアマシュリがいやだと。で、アマシュリと私でしたら、魔王様がルーフォンと一緒になる。それは危険です。では、消去法でルーフォンとがいいかと)
(そう。わかったよ。てっきり俺が嫌いなのかと…)
(そんな滅相もない!)
(はははっありがとよ)