出会いたくなかった嫌な女
目的地の駅前で僕はバスを降りた。
バスに乗ってから降りるまで10個ほどのバス停を通ったが、人は誰一人として乗ってこなかった。
この田舎の町には、何があるのだろうか。
好き好んでもこんな田舎には自分の骨を埋めたくはないが、身寄りがいないのであれば、仕方がないのかもしれない。
僕はバス停から今晩泊まる予定の民宿に足を運ばせた。
一日の中でも一番暑いであろう時間帯にお墓参りをしたことをひどく後悔をしていた。
都心からこの田舎の町は朝イチの電車に乗ると、昼前には着くことができる。
す
そのあと昼御飯も食べずにお墓参りをしてあの暑さで体力を奪われたので、ずっしりとからだが鉛のように重くなっているのを感じる。
今日泊まる宿は素泊まりなので、食事はでない。
こんな日はビールを無造作にからだに流し込みたくなる。
僕の喉はごくりと鳴り、ビールの前にそもそも水分を欲していることが分かった。
僕は乾いたからだに水を補給すべく、どこかコンビニエンスストアを探した。
コンビニエンスストアなんておしゃれなものはこの町にはなかったものの、小さな個人経営の食料品店をたまたま見つけたので、そこで色々と飲み物や食べ物を買い占めた。
女店主は曲がった腰を伸ばしながら、不器用な手つきでレジをゆっくりと打っちながら、小噺も聞かせてくれた。
何でもこの辺りの若者たちはもうみんな都会に行ってしまい、爺婆しか住んでいないのだとか。
特に目立った特徴もなければ、特産品もなく、そのうち村を占めてしまうかもしれないところまで来ているものの、それでも村には神様がいるから、そう易々と土地を離れることができないのだそうだ。
僕は正直喉が渇き過ぎていたので話し半分で聞いていた。
そして店を出てすぐに冷たい水を一気に飲み干した。
女店主は、もう今日は店じまいをすると言い、まだ日も高い14時に僕が水を飲み終わった後に表のシャッターをガラガラと閉め始めた。
もしも何か必要なものがあれば村の者はシャッターを叩くから良いらしい。
そればあればシャッターを開けておいても何ら問題はない気がしたが、そこは女店主の塩梅なので僕はお礼を行って宿に向かった。
宿の店主は、恐らく齢70を越えていそうではあるが、はっきりとしたものの言い方や背筋がピンと伸びた感じは、とても好印象で少しだけこの田舎町が好きになるような気がした。
前金制らしく僕は財布から5000円札を抜き取って、店主の男性に手渡した。
トイレはどこだとかチェックアウトは12時まででいいなどの説明を受けて、二階の部屋へと向かった。
一階は普通に住居として使っているようで、説明を受けている間も、店主の後ろで老婆が何度も行き来をして夕ごはんの支度をしたり、テレビで甲子園の中継をしている音が聞こえてきた。
僕はバックパックひとつだけの荷物を持って二階の階段を登り、目的の部屋へと向かった。
二階は狭い木製の廊下を挟んで、両サイドに四つの部屋があり、ひとつは物置で、あとの3つは民宿用の部屋らしいが掃除もされていないようなので、一番手前の部屋を使うように言われた。
今日は珍しく他の客もいるようなので、風呂の時間はその人と直接話して決めてくれとのことだった。
部屋は相部屋だそうなので、すでに部屋にいるのか不安を覚えながら横引きの古びた木製の扉を開けるとそこには誰もいなかった。
部屋には四人が布団を並べて眠れるだけの十分なスペースがあり、エアコンも既についていて、快適な空間が広がっていた。
俺は畳んである布団を出して、まずは開幕一番に体を大の字にして体を伸ばした。
そして僕は一通り体を伸ばして疲れをとった後に、バックパックからビールの缶を取り出して、一人で一杯乾杯をした。
喉を流れるこの金色の液体は、僕に生きる力をくれる。
生きているのも悪くはないと感じる瞬間だった。
僕はさらにバックパックからおにぎりやら菓子パンやらを取り出して、空っぽの胃袋に食べ物を入れていった。
さすがに空きっ腹にいきなりアルコールを注いだこともあり、体力がすっかり底をつきそうなこともあり、僕は気持ちがいいくらいの睡魔に襲われ始めた。
今晩泊まるもう一人の客人の姿はまだない。
僕はその客人が来るまで、しばしの仮眠をとることにした。
まどろみの中で、僕は夢を見た。
思い出したくもないあの日の夢を。
僕の未来が無くなった、嵐のように雨が降る日だ。
僕は眠気に身を任せて、嫌な記憶を無理矢理かき消した。
次の記憶は、女の足だった。
横向きに女のふくらはぎが見えて、そして見上げると下着が見えそうで見えない角度になった。
今何時だろうか。
僕はどのくらい寝ていたのか。
まだ光に目が慣れないままに僕は体を起こして、完全に眠りから意識を切り離した。
眠気眼のまま、僕は必死に焦点を合わせようとして、そして言葉を失った。
そこにいたのは、墓参り後に会ったあの印象が悪い俺を無視した女だった。
顔が日焼けで赤く染まっている。
違う。
夕日の赤が彼女を赤く染めているのだ。
その女は僕の顔を見るや否やまたあの怪訝な表情を見せて「最悪」と言い放ったのがはっきりと聞こえた。
最悪なのはこっちだよ。
よりにもよって、まさかこの女が相部屋の相手なのか?
僕は先程までの気持ちが良い気分が一気に地獄に落ちるのを感じた。
その女は再び白い麦わら帽子を足元に落として、音もなく床に転がった。
今度は拾わなかった。
僕たちはお互いに嫌な気持ちを感じていた。
最悪な夜の始まりだった。