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最悪の出会い、セミとエアコンが利かないバスと無視する少女

バスは予定から10分経っても、目の前にあるバス停には止まらなかった。


汗が止めどなく流れて、毎分水分補給をしないと倒れてしまいそうなほどに暑い。


喉から手が出るほどにバスの到着を待っているにも関わらず、遠くの道路からは全くバスが来る気配がない。


見る景色は全てコンクリートの熱で歪んで見え、バスの幻くらい何度見たことか。


ここは山奥の田舎町ということもあり、携帯電話で運行状況を検索しても、何の情報も出てこない。


僕が待っているバスに乗るのは、僕と隣の彼女だけだろうし、もっと言えばこの町の路線バスに乗ったのは今日だけでも僕と彼女だけではないかと思うほどだ。


廃線はせめて、僕たちを最寄りの駅まで送り届けてからにしてほしい。


都内のバスや電車であれば、この遅延はもうニュースになっているレベルではあるが、同じ日本でもこんなにも時間の流れ方が違うのだと改めて田舎の時間の進みの違いを感じた。


今日はこの墓所にお墓参りに来るために、都内から夜行バスと電車を乗り継いで、途中はお金を使わないように歩いて来たほどだ。


墓参りの後は、駅前の民宿に一泊する予定があるくらいで、後に詰まるような事情はない。


最悪、男一人であれば宿の予約はキャンセルをして、野宿すればいい。


だが、何よりもこの暑さから早く脱出したいだけだった。


椅子の反対側に座る女の子は、相変わらずボロボロになった大学ノートの切れ端をずっと眺めている。


そして、


「17」


と、小さく呟いていた。


この人もきっと、彼女にとって大切な誰かのお墓参りに来たのだろう。


手には花束もお供え物もないので、恐らくもう用事は済ませているはずである。


5分、10分で終わる墓参りの予定のために、1時間後のバスを待たなければならないなんて、少々度が過ぎているような気もするが、それが死を持って残された者への宿命ならば受け入れるしかない。


それが、夏のこんなに暑い日が命日だったりすると、自分はできることなら自分の命日くらいは選びたいものだと思った。


僕は完全に手を余していた。


それに、もう僕は人生を一度白紙に戻していたし、それこそ無限の可能性を秘めた未来を棒に振っていたので、今さら何をしてもどうでもよいと感じていた。


そんな空っぽの僕だからか、暑さで頭がおかしくなったのか、僕の中にある何かの自然スイッチが押されていたようだった。


僕はふと、隣の彼女に話しかけてみようと思った。


いつもの僕なら決して知らない人に話しかけることなんてしない。


むしろ、僕との接点を持つこと、相手に僕との接点を持たせることが悪であり罪だとも感じていたので、今振り返ってみても、この僕の奇行は神の悪戯か誰かの差金か魔が刺したとしか考えられない。


しかし、その時の僕は、普段使わない喉を震わせ、”言葉”を発していた。


どうせ二度と会わない相手だ。


僕のことなんて、忘れてしまうだろう。


忘れてしまって多いに構わない。


僕は“認識されてはいけない”存在だからだ。


そんな乱暴な考えもあり、僕はセミにかき消されるくらいの小さな声で言葉を世界に放った。


「暑いですね、本当に」


僕は彼女の方ではなく、あくまでも正面にある錆びて茶色になったバス停を見ていった。


背後ではセミがさらに音量をあげて大合唱をしているので、僕のこんなか細い声がかき消されてしまったのかもしれないと感じた。


それは、彼女の返答があまりにも遅かったからだ。


恐らく、10秒ほどしてから、彼女からの返答があった。


もしかしたら30秒かもしれなかったし、1分だったかもしれない。


そのくらい僕には時間というものの感覚が乏しくなっていた。


一度周りを確認して、彼女だけがいることを認識した後に、私に話しかけているのかと理解をした上での返答だった。


「…そうですか」


その声は、なんだかとても冷たい感じがした。


でもぶっきらぼうながらも、人間性を感じたところもあった。


それはきっと、初対面の人への何かしらの警戒心だったからなのかもしれない。


だが、それよりも気になったのが、「暑いですね」への回答が「暑くはない」ということだった。


横目で見ても首から流れる汗は滝のようだし、白いブラウスは汗で背中に貼り付いている。


「本当に暑くないんですか」


僕は思わず彼女を煽るように言葉を返してしまっていた。


今度は、彼女の方を向いて言っていた。


僕の視線の先に見えた彼女は明らかにむっとした機嫌が悪そうな表情をしていて、眉間にシワは寄っていて、口はへの時に曲がり、怪訝そうな雰囲気を全身から発していた。


初めて目があったときは、最悪の印象だった。


「暑くないですよ。暑くないと思えば暑くないんですか」


彼女はそう言って、もう話しかけないでくれと言うオーラをさらに濃くして、さらに冷たく言い放った。


不思議と僕の背中がすっと冷えるように汗が引いていた。


嫌な印象だったのに、僕はなぜか彼女に親近感を覚えてしまった。


そして、微かにセミの鳴き声の中に車のエンジンの音が聞こえて、蜃気楼で揺れる道路の向こう側からバスが幽霊のようにゆったりと姿を現した。


僕の頭の中でエアコンが効いた冷たい感覚をからだに染み渡らせた。


プシューッとガスが抜ける音がして、バスはバス停の前に止まった。


前方部の扉が開き、乗客を待つ運転手と目が合う。


僕は手にしていたバックパックを背中に担ぎ、バスに乗り込んだ。


しかし、彼女はバスに乗らなかった。


彼女はずっと両手でしっかりとノートの切れ端を強く握りしめていた。


運転手のおじさんが彼女のことを気にかけているように何度も視線を送るので、僕も気を遣って、バスから半分体を出して「乗りませんか」と尋ねてみた。


先ほどよりは大きな声で彼女に問いかけたが、今度は返答は返ってこなった。


確実に聞こえているはずなのに、完全に無視を貫いているように感じた。


僕はさすがに再び声をかけることを諦め、バスの運転手の気を代弁しただけだと自分に言い聞かせ、無視された心の慰めに入った。


バスには僕以外の乗客はおらず、どこに座っても問題はなさそうだったが、僕は彼女から一番遠い反対側の一人用の座席に腰を下ろした。


椅子は固くてひんやりとしたが、それが逆にほてった僕の体にとってはありがたかった。


調子乗った、と僕は割りと深く後悔をしていた。


僕はやはり、世界からまだいじめられているし、認められていない存在なのだ。


しゃしゃり出るのはしばらく控えよう。


バスの中は、期待していたほどエアコンは効いていなかったし、天井から吊り下げられた扇風機も今にも止まりそうなほどにゆっくりとファンを回していた。


まだセミの方が速く羽を動かして風を起こせそうだ。


僕は彼女の方は見ないようにして、窓の外をずっと眺めるようにした。


バスはゆっくりと動き出し、すぐに墓所を後にした。


そして、目的地の駅前について、民宿でチェックインをする頃には、すっかり彼女のことも忘れて、慎むように生きる元の自分に戻っていた。


もう会うはずのない人間のことなんて、覚えていられるほど僕は余裕がない。


けれども、神様は僕に試練を与えるのが好きなようだ。


僕たちは不幸にもまた巡り会うことになる。

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