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明かされた100のリスト

僕は夢を見ていた。


具合が悪かったり、二日酔いになる程飲んだ後のような、ともすれば風邪を引いているときのような、ストーリーもテーマもない、ただただ混沌として煩雑な疲労感だけが溜まる夢だ。


おかげで折角の睡眠は、僕の体力を回復するどころかむしろ疲労感を増幅させるものでしかなかった。


狭い漫画喫茶の個室にあるリクライニングチェアの上で寝返りを打ったところで、僕の体全身の疲れはは微塵も良くならなかった。


むしろ同じ姿勢を続けていることの痛みすら体の節々で感じるほどだ。


(こんなことなら、少し奮発して広めの横になれる部屋にすればよかった)


本棚から借りるだけ借りてきて、読まずに無造作に平積みされた漫画が数札目に入った。


狭い部屋なら慣れていたつもりだった。


なぜならば、あの独房で何日も過ごした経験が僕にはあるからだ。


(まだ独房の方が良かったなんて思いたくないな)


パソコンの脇にある携帯電話に手を伸ばして、いまの時間を確認する。


真っ暗な中で換気扇が空気を掻き回す音と、たまに人が廊下を抜き足差し足で歩く音だけがする漫画喫茶には、妙な気の使い方をしなければならい。


(そういえばあの時は、変なアドレナリンが出ていて、完全に寝たことなんてなかったな。横になって、ただ天井や壁を眺めていただけだ。)


僕は暗闇の中で自分の携帯電話を探した。


携帯電話の電源をつけると、真っ暗な静寂の中でパッと携帯電話の画面が明るく光かり、時刻を教えてくれた。


まだ、時刻は四時を数分だけ過ぎただけだった。


ジェミニとの待ち合わせは、確か朝の九時だ。


それまでは、たっぷりと時間がある。


僕は堅くなって痛みを感じ始めた背中をなんとか黒塗りのリクライニングチェアの中に埋めて、可能な限り疲労を取ろうとした。


そして、あわよくば夢くらいでいいので、良い世界を見させてくれたと神様に祈って、現実から意識を飛ばすために再び目を瞑った。





***


次に目覚めると七時半を過ぎた頃だった。


”眠れなかった”というのが率直な感想だ。


ジェミニと名乗った彼女との待ち合わせは、駅前のカフェに九時だったので、時間はまだまだ十分にある。


彼女は恐らく事前に予約した旅館で豪勢な朝食にした鼓しているはずだ。


この辺りは温泉街で観光地で美味しいものもあるはずだ。


食べきれないほどのたくさんの小鉢に特産品が盛り付けられ、嬉しそうに顔を輝かす美少女の姿を思い浮かべると、少しだけ気が晴れた。


僕は記憶をたどり、この漫画喫茶に無料のモーニングセットがあったことを思い出した。


そうだ、入り口のポスターにそう書いてあった。


壁に備え付けられているクリーム色の質素な電話を手に取り、電話口の店員に注文を告げた。


注文したモーニングのトーストセットは、思っていたよりも早く到着した。


コンコンと控えめに扉を叩く音がして、恐る恐る扉を開けてみると、受付をしたときの店員が両手でトレイを持って、できたてのトーストとゆで玉子、サラダのセットが乗ったトレイをゆっくりと僕に差し出した。


僕は静かに「ありがとうございます」と店員にお礼を言うと、店員は軽く会釈をして、その場を立ち去った。


ジェミニとの待ち合わせ時間はまだまだあったが、僕はすでに癖になりつつある早食いで、物の3分ほどであっという間に平らげた。


僕は残りの時間を読ますに借りたままにしていた漫画を読んで時間を過ごすことにした。


漫画喫茶の妙な作られたような静けさだけが、辺り一面を包んでいた。


漫画の内容は何一つ頭に入らなかったけれども。





***


僕は約束の9時よりも15分も早く到着したが、待ち合わせのカフェには、すでにジェミニの姿があった。


彼女は姿勢をピンと伸ばし、カフェラテを優雅に飲んでいた。


その姿は芸能人が出版する写真集の表紙のように、どこを切り取っても絵になる光景だった。


カメラがあったら、一枚写真をとっても良いなと思えるくらいに美しく、眩しかった。


いつか、仲良くなったら彼女の本当の名前を聞いてみたいなと、ふと漫画喫茶から出るエスカレーターの中で思ったのを彼女の顔を見て思い出した。


ジェミニは、今日も薄手で白地のワンピースを着ていた。


オシャレに詳しくはない僕だが、昨日と違うレースの使い方や袖の形から複数の白いワンピースを持っているらしかった。


白のワンピースは彼女の勝負服なのだろうか。


女性はおしゃれに気を使うので大変だなぁと他人事のように感じた。


僕なんて何回洗濯したか分からないほど着倒したTシャツとハーフパンツという、まるでいまからランニングをするかのようなラフな出で立ちだ。


赤文字系の最新雑誌から出てきたようなファッショナブルな女の子と薄汚れた服に身を包むバックパッカーの僕が同じ席に座ると、周りから見るとどんな関係性か聞きたくなるほどの違和感だった。


しかし、幸いにして早朝のこの駅前のカフェには人もまばらで、朝9時にも関わらず容赦なく日差しが照りつけ暑さを秒単位で増していることが幸いしてか、誰も僕たちに視線を向ける人はいなかった。


その方が、僕にとっても都合が良かった。


「おはよう、昨日はゆっくり眠れた?」


僕が外のテラス席に腰をかけるやいなや、すぐに店内から店員がメニューをもって僕たちの方に歩いてきた。


僕は「アイスカフェラテで」とメニューを見る前に店員に注文を伝えた。


アイスカフェラテを頼んだのは、なんとなく彼女と同じものを注文することで、少しだけでも距離が縮まるかと思ったのだ。


昨日、駅に到着してから、僕は自分の恋心に気づいており、それもあってなんだか彼女を直視するのが妙にむず痒く感じていた。


「漫画喫茶は良くも悪くも、しっかりは眠れないな。やっぱり空気はどこか乾燥しているし、それにリクライニングチェアで寝たから、疲れは取れていない。都内からも夜行バスで来て、そのあとは玄関で寝て、そして今日だから、むしろ疲れは溜まっていく一方だよね。ジェミニは?」


僕はやや冗談めかして彼女の問いに答えた。


「宿は良かったわよ。一昨日の民宿も味があって良かったけれども、昨日の宿もふかふかなベッドで、宿のおじさんとおばさんと仲良くなって、ごはんをご馳走してもらっちゃった。取れ立てのサザエの刺身と壷焼きは、やっぱり現地で食べると全く違うわね」


彼女は斜め左上の視線の先に昨日食べたというサザエの姿を思い出しているようだった。


「あなたは?夜は何を食べたの?」


「僕は軽く繁華街でお酒を飲んで、あとは漫画喫茶でカップラーメンだよ。あと、改めてだけど僕のことは桶谷でいいよ」


「桶谷さん、じゃあ今日の本題にはいるわね」


僕の質素な夜の過ごし方なんて本当に興味がなさそうに彼女は早速本題へと話を移した。


「はい、これ、桶谷さん用ね」


そういってテーブルの上に差し出されたのは、一枚の紙だった。


「これって、つまり”それ”だよね」


「そう、つまり”それ”よ」


受け取って紙を確認してみると、そこには綺麗な文字でボールペンによって書かれたリストが並べられていた。


大学ノートを破った一枚の紙の両面に、数字が1から100まで振られた文章を確認した。


数個だけ数字の上に×が記載されたものがあり、それは彼女とすでに一緒に体験した事柄だった。


(63番、旅行に行く。17番、海を見に行く。89番、美味しい海鮮を食べる、か)


「つまり今からこのリストを全部やっていくわけだ」


「ザッツライト。その通り。それはあなた用だから好きにして良いわよ。私のは私ので持っているから」


確かに初めて電車ないで見たときの紙よりも、随分綺麗だなと感じた。


恐らくは昨日彼女が書き直したものに違いない。


彼女が丁寧に書いてくれたリストは、こうだった。


***


「今からやる100個のこと」

1、一日中映画を見たい

2、海外に行ってみたい

3、本を書いてみたい

4、曲を作ってみたい

5、綺麗な花畑に行ってみたい

6、バンジージャンプをしてみたい

7、世界三大珍味を食べたい

8、スキューバダイビングをしたい

9、スカイダイビングをしたい

10、車の運転をしたい

11、ホテルのスイートに泊まりたい

12、ウィンタースポーツをしてみたい

13、オールナイトで起きてみたい

14、陶芸をしてみた

15、年末のカウントダウンをしてみたい

16、クリスマスデートをしてみたい

17、南極に行ってみたい

18、気球に乗ってみたい

19、映画に出演してみたい

20、有名人のサインが欲しい

21、プライベートジェットに乗ってみたい

22、世界一辛いものを食べてみたい

23、お金を寄付してみたい

24、マラソンを完走してみたい

25、芸能人に会ってみたい

26、働いてみたい

27、筋肉をつけたい

28、砂漠に行ってみたい

29、お酒を飲んでみたい

30、二日酔いになってみたい

31、留学をしてみたい

32、一人暮らしをしてみたい

33、キャンプをしてみたい

34、ヒッチハイクをしてみたい

35、バイクに乗って登山をしてみたい

36、ライブに行ってみたい

37、個展を開いてみたい

38、行きつけのお店を作ってみたい

39、高級車に乗ってみたい

40、象に乗ってみたい

41、楽器をやってみたい

42、ライブをやってみたい

43、馬に乗ってみたい

44、ピアスかタトゥーをしてみたい

45、オーロラを見てみたい

46、動物を飼ってみたい

47、食べ放題に行ってみたい

48、夏祭りに行ってみたい

49、拳銃を打ってみたい

50、バラを100本買って送りたい

51、野菜を育ててみたい

52、大学の授業を受けてみたい

53、温泉巡りをしてみたい

54、スポーツを思いっきりしてみたい

55、落語を見てみたい

56、英会話教室に行ってみたい

57、オペラを見てみたい

58、宝くじを当ててみたい

59、ヒッチハイクをしてみたい

60、タバコを吸ってみたい

61、文化祭デートをしてみたい

62、放課後デートをしてみたい

63、絵を描いてみたい

17、海を見に行く

63、旅行に行く

64、手料理を食べてもらいたい

65、釣りをしてみたい

66、ヨガをやってみたい

67、結婚式の服を着てみたい

68、ファーストクラスに乗ってみたい

69、ギャンブルをしてみたい

70、髪型を変えてみたい

71、漫画喫茶に行ってみたい

72、髪を染めてみたい

73、コスプレをしてみたい

74、社交ダンスをしてみたい

75、宇宙に行ってみたい

76、人に感謝されたい

77、原宿でデートをしてみたい

78、一日中見つめていたい

79、お姫様だっこをしてみたい

80、親に手紙を書いてみたい

81、花火をしてみたい

82、プラネタリウムを見てみたい

83、水族館に行ってみたい

84、ミュージカルを見てみたい

85、日本一周をしてみたい

86、寝台貨物に乗ってみたい

87、テーマパークに行ってみたい

88、夜のプールで泳いでみたい

89、美味しい海鮮を食べる

90、世界遺産をひとつでも生で見てみたい

91、世界一臭いものを食べてみたい

92、内緒

93、内緒

94、内緒

95、内緒

96、内緒

97、内緒

98、内緒

99、内緒

100、内緒


「後半の、“内緒”って、これはまだ秘密なんだよね?」


リストの後半に、内容が伏せられた項目があり、妙に気になってしまった。


「そう、それはまだ秘密。まだあなたのことよく知らないし、途中でこのミッションを放棄されることもあるからね。それらはそのときが来るまでのお楽しみにしておいて」


「うん、分かったよ」


最初から丸分かりのリストよりも、最後までお楽しみがあった方が楽しいかもしれない。


僕は軽く考えて、ひとつ返事で彼女のミッションとやらに賛同した。


「いつか、このリストを全部達成できたら、色々とこのリストになるまでの経緯を教えてくれる?」


僕はリストを眺めながら言った。


「…うん、達成したらね」


と彼女は溶けて味が薄くなり始めたカフェラテを一口飲んで答えた。


「僕はジェミニが思っているよりも、もたくさん時間はある。お金もそこそこは持っている。だから、きっとこのリストは一緒にコンプリートできると思う。僕にやることを与えてくれてありがとう」


そんなことを言うと彼女はぎょっとしたような顔を見せた。


「私、そんなお礼を言われるようなことなんて。あなたを、試してるの、そう、試してるのよ。だから、クビにならないように努力してね」


彼女はそうつっけんどんな言い方をして、この話を打ち切った。


「分かったよ。解雇されないように努力するよ。何かあれば言ってね」


空っぽな僕の人生にレールを敷いてくれた彼女に僕は心から感謝をしていた。


何もなく過ごすよりも、こうして何か目標を追っている方が気持ちも心も晴れる。


少しワガママなところもあるが、いま僕にとっては、彼女は唯一の頼れる存在だった。


「さぁ、社長、今日は何番からやりますか?」


僕は少しおどけて、冗談めかして問いかけてみた。


“社長”と呼ばれた彼女は満更でもない顔をして、「そうね…それじゃあ…」とリストの項目を選び始めた。


どこまでも続く灼熱の真夏の日だった。


ふわりと風が吹く度に揺れる彼女の黒髪をずっと眺めていたい気分だった。


「よし、それじゃあ、今日は予定通り35番にしましょう」


「承知しました。それでは、具体的な予定を立てましょうか」


僕は彼女から受け取ったリストをしっかりと二つ折りにしてバックパックの一番シワや雨などを防げそうなところにしまった。


これから僕の彼女の途方もない旅が、本格的に始まった。


残酷な終わりになるとは、分からないままで。

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