やっぱり、彼女は信用ならん
僕たちは頭のてっぺんから足の先までびしょ濡れになった体を乾かすために、海の家で暫しの休息を取っていた。
長年海風に当たった海の家は、所々寂れつつも、それが逆に趣を思わせてくれて、良い雰囲気を出していた。
座敷とテーブル席に別れているうち、僕たちはテーブル席に腰かけて、彼女は焼きそば、僕はフランクフルトで空腹を満たしていた。
代金は僕の奢りにした。
「結構水遊びって楽しいものね。小さい子がやるだけで、大人になってからは、ちっとも楽しそうなんて思わなかったのに。あんなにはしゃぐなんて、自分でもビックリ」
ジェミニと名乗った彼女はそう言いながら、美味しそうにソースたっぷりの焼きそばを口に運んでいった。
「みんな、最初は何でも楽しいんだよきっと。僕らだって小さい頃は大体同じように水遊びをして楽しんでたんじゃないかな」
「そうかもね、確かに。みんなそうだったのかもね」
彼女が意外と素直に返答してくれたことに僕は驚いたが、勢いで彼女についてきたこの旅もそんなに悪くないような気がしていた。
「そういえば、やりたいことリストとしては、”海に行く”と目標達成になるのかな?」
僕はフランクフルトの残りを一気に串から引き抜いて、口に入れた。
「うん。そうだね。海が見れたら任務完了。だから、今回はちょっと遊びすぎたわね。次はね、登山をするわよ」
「登山かー、やったことないなぁー」
僕は暑い日の中で全身から汗を垂れ流しながら山を登る二人の姿を想像した。
「登山素人だけれども、多分この時季は向いていないと思うよ。ただでさえ、黙っていても体力が奪われるし、もう少し涼しくなったら、そうだな、8月末なんてどうかな」
彼女は少しだけ考え始めたかのように、焼きそばを食べる手を止めて、「それはそうかも」と納得した様子を見せて、再び焼きそばを食べ始めた。
「じゃあ、今後とプランは今晩少し考えるわ。今日はゆっくり休みましょう」
「うん、ありがとう。リストの個数が100個だとすると、1日に1個叶えられてても、3ヶ月ちょっとはかかる。ちなみにだけど、そのやりたいことって、何か計画とかスケジュールがあったりする」
僕は特に意図せずに、何の思いも込めずになんとなく聞いた。
しかし、彼女はその細くて白い肩を少しだけびくつかせて、「え・・・計画・・・?」と小さな声で呟いた。
彼女はどうやら、あまり後先を考えて行動をしないタイプの人間のようだ。
そうした衝動的な行動をする彼女には、僕のように石橋を叩いて渡るようなタイプが一人でもそばにいれば、少しだけ物事がうまくいくような気がした。
「多分だけれども、君のそのリストを見ていないから、的はずれなことを言うかもしれないのを承知で言うけど、多分100個全てをクリアするなら、段取りがいい方法があると思うんだ。そっちのほうが、時間もお金も節約できる。ジェミニにとっても闇雲に時間を過ごすようなことはメリットはないと思う」
「分かったわ、じゃあ準備をするからやっぱり一晩時間をちょうだい」
彼女は焼きそばを食べ終わり、コップの水をグッと飲み干して、その黒目が大きくて好奇心を具現化しかのような表情を見せた。
「オッケー、じゃあ、今日はひとまずゆっくりしようか」
そして、ここで、彼女から衝撃的なことを告げられる。
「あなた、宿は取ったの?」
「え?どういうこと?」
「私はすぐ近くの民宿に宿を借りたけど、あなたは今日どこに泊まるの?」
なるほど、そういうことか。
僕はすべてを察した。
彼女は、僕とこうして旅ともにするけれども、宿までは共にしたくない、故に宿は一人でなんとかしろ、ということのようだ。
さすがに昨日初めて出会ってからの今日なので、さすがにいい年齢をした男女がいきなり同じ部屋で一晩過ごすのは宜しくない。
さらに言えば、僕は社会人だし彼女は未成年で中学生のようにも見えるし、何かイチャモンをつけられて困るのは僕の方になりやすい。
面倒事はもうゴメンだった。
僕はフル回転でこの思考を行い、
「どこか休むところを見つけるよ」
と、大人の振る舞いをした。
まだ幼気ない彼女に、理路整然と言っても糠に釘だし、これからの旅にも支障が出る。
ここは僕が一人大人になって、物事を収めることにした。
それに、一人の方が僕も楽だった。
色々と気を遣わなくて済むし、何よりもここ数年で一人に慣れていた。
(さて、この観光地真っ只中のこの土地で、宿を見つけられるだろうか)
僕は信用し始めた彼女に対して、やっぱり信用ならんという気持ちを感じていたが、彼女がこうして一人を好む理由があるのを僕はあとから知ることになる。
(マンガ喫茶くらいはあるだろうか。久々に一晩漫画を読んで過ごすのも悪くないな)
僕はぼんやりとそんなことを考えていると、
「じゃあ、明日朝9時に駅前のカフェに集合ね。そこでこれからの話をしましょう。それまでは、海で遊びましょう」
少し乾き出した白いワンピースを彼女は全く気にせず、太陽が燦々と輝る海に向かって歩き出した。
僕も、駄目になった人生をこうして少しずつ明るい方向に持っていけるかもしれない。
そんなことを思いながら、子供のようにはしゃぐ彼女の後ろに慌ててついて行った。




