ラスボス・アイラ
一つだけ言っておくけど、まず私はアイラが大嫌いだ。理由は色々ある。
彼女は侯爵の爵位を持つルビンスト家の第二息女である。
ルビンスト家はルクヴィアス王国においても最古から続く家系であり、そこら辺の公爵と同等の地位を有する程実力のある家だ。だからこそ王の覚えもよろしく、王宮では発言力のある父、侯爵はどの家からも一目置かれている。
しかし侯爵には正妻の他に愛する女性がいた。
その女性こそ、アイラの母親である。
つまりアイラは侯爵の側妻の娘という事だ。しかし私のお母様、実は元貴族らしい。そして侯爵と正妻の間に産まれたのが悪役令嬢の『スカーレット』ってわけだ。
はい、中世ヨーロッパの物語お約束のドロドロ展開ですね。お約束かどうかは私の偏見だけど。
そんなアイラと側妻だが、最初から侯爵家で暮らしていた訳では無い。侯爵領の辺境で母と過ごしていたところ、正妻が病で亡くなったためアイラと母は突然正式に侯爵家へ迎えられることとなったのだ。
親が親なら子も子ってこういう事なのかね。
酷いのがここからなんだけど...父親の愛に飢えていたアイラは父親の実の娘であるスカーレットの存在が気に入らなかった。幼い頃から頭の良かったアイラはわざと怪我を負ってはスカーレットのせいにして、スカーレットを屋敷の中で孤立させていくわけ。
孤独に飢えたスカーレットは婚約者である王子に執着し、ヒロインが現れることでヤンデレに変身しましたとさ。
どう?どっちが悪役令嬢だって感じでしょ?
しかもアイラ、それだけじゃ飽き足らず学園でも色々な手を使ってスカーレットを孤立させてるんだよ。ヒロインはスカーレットがアイラの策略によって完全孤立になった後に登場するから、上手い具合にプレイヤーにも分からないようになっている。
まぁ後は自分がやったこと全部自殺した姉のせいにすれば自分の思いどおりってこと。
ね?好きになれという方が無理である。
アイラの前にこのファンブック作った制作スタッフの首を締めてやろうか。
これを余計なお世話と言うのだ。
全私が泣くほど完全な被害者であるスカーレットを救うべく二次創作を書きまくったあの日々が懐かしいよ本当に。
そんな彼女に私は転生してしまった?なんの冗談。ラノベの見すぎだ。現実にそんな事が起こるなどありえない。だけど残念ながら私がこの憎き敵を見間違えるはずがない。悔しいことに。
「本当なら今すぐ切り捨て御免よ...!」
ギリ、と私は時代劇の様な台詞を口にしながら、目の前にある顔を睨みつけながら両手を握り締める。その手の小さい事。
その言葉の通り、私は多分、別の誰かになってアイラに会っていたとしたら必ず奈落の底へ突き落としたに違いない。
それをしないのは一重にアイラが自分だからである。
私とて命は惜しい。一度失った命ならば尚のこと大切にしたいと思っている。前世は親不孝者だったから、今世こそ親孝行したいとも思っている。転生先に絶望しながらも、今世に生まれたからこそやっておきたいと思うことは数え切れないほどあるのだ。
「フェアウェル!フェアウェルを呼んで!」
「はい、お嬢様。ここに」
こうしておちおちなどしてられない。善は急げ、だ。
呼べばすぐにドアの外から顔を出した優秀な侍女と共に廊下へと飛び出す。勿論夜着は着替えた。何あれヒラヒラすぎて眠れないよ。
「お父様に会ってお話しがしたいの。今は書斎かしら」
「はい。ジルと共に書斎にて書類整理を行っておられます。お嬢様の顔を見れば疲れも癒されましょう」
普段から褒める事しか頭に無い侍女の言葉を聞き流しながら、廊下を歩く足を速める。ええいまどろっこしい。前から気に入らなかったのだ。赤いカーペットがふかふか過ぎて前に進みやしない。
まずはお父様に直談判だ。
自分の首を締めることになったとしても、必ずお父様に伝えなければならない事がある。
上手くいくかなど分からない。
だけど考えるだけで動かないなんて選択肢、私はもう選びたくないし選ばない。
幸いお父様はアイラを溺愛している。それはお母様も同じだ。下手すれば私はこの二人からの愛をもう貰えないかもしれない。例えする事が酷くても、アイラにとって彼らは絆の繋がった家族だ。
私は、まだ10歳に満たないアイラから両親を取り上げようとしている。
その事に少し胸が痛むも、やめるつもりなどない。それで繋がりが切れるのならば所詮その程度だったのだ。彼女の愛した繋がりは。
「みてなさい。『私』は『貴女』みたいにはならないわ、アイラ」
お父様の書斎を前に呟いた言葉を、誰かが「やれるものならやってみろ」と笑った気がした。