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第37話 『氷霧』

 

『戻れ』


 レイスは空になった瓶を掲げる。すると村人達の傷口から銀色の液体がドロリと姿を現し、まるで生き物の様にうねりながら瓶の中へと吸い込まれていった。


「おお……」


 もうこの程度の現象で驚かなくなったのは、異世界転移者的には良い傾向なんだろうか。


「……なんという事だ」


 セバスは地面に横たわるフィルに近寄り膝をついた。

 首からの出血は勢いを失っていて、流れ出た夥しい量の血は辺りを赤く濡らしていた。


「フィルさん〜……」


 カーラはエリスにしがみつきながら涙を流していた。

 それもそうだ、あまり関わりの無かった俺でさえ、目を逸らしたくなる様な最期だったのだ。


 知り合いの彼等からしたら─────、


「っ……クソ……」


 木に磔になっているカイツールを睨む。

 その失意の程は俺如きが測り知れるものではないだろう。


「お前達、無事だったのだな」


 僅かに声を震わせながらエリスは、レイスとセバスへ言葉を投げかける。


「はい。私とセバスは屋敷に帰る途中でしたので」


 レイスの説明に続くように、セバスが話し始める。


「村に向かう皆様が見え、こちらに向かおうとしたのですが……屋敷から出てきた大量の人間達に、かなり足止めを食らってしまいました」


「そうか、行き違いだったのだな」


「そのようです。それと道中でダリア、ハイルマン、ライアンの御三方とも合流したのですが……」


「なんだと?!無事だったのか!!」


 驚いた様にエリスが声を上げる。確かに、言われてみれば周りに倒れる村人達の中に彼等の姿が無い。


(良かった、と思うべきなのかな)


 ハイルマンはともかく、怪力のダリアと巨漢のライアンが操られていたとしたら、また悪い方向へ結果が変わっていたかもしれない。


「村の異常事態を知らせる為に、屋敷に向かっていたらしく……」


「今どこにいる?村人達の傷をハイルマンに治して貰わねばならない」


「今は王都に救援を求めに行っています。直々に救援を依頼されたとなれば、優先的に騎士隊達が派遣されるでしょうから」


「そう、か。それも……そうだな」


 エリスの声色が僅かに曇る。


「何か気になるのか?ついさっき送った手紙じゃあ、駄目だったとか?」


「いや、まあ駄目という訳ではない。セバスの言う通り直接呼びに行った方が早い事もある。だが、そろそろ返事は来る筈なのだが……」


「む、お嬢様。伝令鳥を飛ばされたのですか?だとしたら確かに遅………」


 エリスの言葉にこちらを向いたセバスは突然、俺を見て言葉を止め、目を見開いた。


 まるで、ありえない物を目の当たりにしたみたいに─────、


「カガヤ様、その左手は、ど、どうされたのですか?」


「ひ、左手?」


 どこか慌てた様子のセバスを奇妙に思いつつ、左手を見やる。手の甲にはローマ数字の「Ⅲ」に似た模様が刻まれている。

 これはエリスの母親の本を読んだ際に現れた黒い蛇に襲われ、それから刻まれたまま、消えずに残っているものだ。


「あー……これは屋敷で本を読んだ時に……」


「開いたのですか!?あの本を!!」


「うわ、わ、わっ?!」


 いきなり肩を掴まれ物凄い力でガクガクと揺さぶられる。鬼気迫るセバスの表情からは、とにかくヤバい事態だという事は伝わってくる。


「落ち着けセバス!一体どうした?!」


「いいですか、お嬢様。あれはセルティス様が封じた、闇の─────」


 突然、辺りの空気が比喩ではなく一段階()()()

 何処からか霧が流れて来て、村中の灯りが消えていく。


「うわっ、暗っ!」


 突然の暗闇に目がついて行かない。冷気と闇が周囲を覆い尽くす。


「何だ?!」


「わ、わわ。真っ暗です〜!」


「しっかり掴まってなさい、カーラ」


 皆が、動揺し声を上げる中。

 セバスは何かに気が付いたように、一人呟いた。


「そんな……なんというタイミングだ、()()()


 空を覆う雲の裂け目から月明かりが漏れ、村の門をぼんやりと照らし出す。


 そこには 鈍く光る無骨な兜と鎧を身に纏った人物が立っていた。

 騎士隊達と比べると特筆すべき箇所も無い、普通の装備だ。しかし何故か、何人たりとも触れる事が叶わない様に思える。


「はー……面倒臭そうな場面だな」


 声からすると男であろう鎧を纏った人物は、鬱陶しそうに大きく溜息吐き、ガチャリガチャリと鎧を鳴らしながらこちらに歩いてくる。


 一見普通の動作だ、でも何かがおかしい。


「さ、寒い?」


 身体が震える。

 彼がこちらに一歩迫り来る度に、自分の身体から熱が失われていくような感覚に襲われる。


「それ以上、近づくな」


 エリスが杖を構える。彼女も寒さを感じているのか、僅かに震えている。


「ン?その金色の瞳……ああ、そうか、この森はそうだったな。オマエがセルティスの……」


 しかし男は止める事は無く、どこか感心した様子で呟くとむしろ歩みを早めた。


『け……警告はした!我が炎は焼き穿つ(ファイアバレット)!』


 困惑しながらもエリスは詠唱する。

 空中に幾つもの小さな炎が浮かび、警告を無視した対象の自由を奪わんと足へと撃ち込まれ─────、



『まだまだ、()()()



 軋む音を立てながら、撃ち込まれた炎の弾丸は空中で全て凍り付いていた。

 そしてギシリという音と共に、凍り付いた炎は粉々に砕け散り地面へと落下した。


「そんな〜、詠唱もしていないのに〜!」


 レイスの影に隠れているカーラは、たった今目の前で起きた現象に驚愕し叫んだ。


「詠唱?あー……忘れてた」


 謎の人物はその言葉にハッと気が付いた様に、鎧の上から頭を抑えた。


「無詠唱で、あの精度だと?!……セバス、あいつは何者だ。何か知っているのだろう」


 エリスは自分の魔法が通じなかった事に対してか表情を歪ませつつ、横で男を睨みつけているセバスへ問いかける。


 セバスは我に返ったように息を整えると、重々しく告げる。


「彼の名はロイド……この世界で唯一の氷の魔法使い。そして《氷霧の賢者》と呼ばれる男です」


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