第11話 『礼は要らない』
【救済行為『肩代わり』を確認しました。おめでとうございます加護『無力化』を入手しました】
頭に再び流れた機械のような声は無愛想にそう言うと、再び沈黙した。
何とも投げやりな対応だが、状況はなんとなく理解出来た。後ろにいる不健康そうな男、彼が殴られるのを『肩代わり』したから能力が発動して『無力化』したという事か。
「なっ……?!」
どうやらあの機会音声は俺にしか聞こえていないようで、ライアンと呼ばれる武器屋の店主は拳の勢いが消された事に明らかに動揺している。
その驚いた様子を見ると少し楽しくなってくる。いまいち使い方は分からないが、特別な力を手に入れたのだ。
(これはワンチャン異世界無双も有り得るか……?)
自分が特殊能力で成り上がる様を想像していると、ライアンが困惑しながら問い詰めてきた。
「お、お前何しやがった?!」
不可解な現象に気味悪そうな表情を浮かべたライアンに、更に強く胸倉を掴みあげられたが─────、
「うぉおっ?!」
その瞬間、彼は身体から力を失ったように俺から手を離して地面に膝を付いた。
周りのギャラリー達が微かな歓声を挙げた。
「お前、何しやがった……!」
「い、いや分かんないっす……」
何をされたか分からない男と、何をしたか分からない男。審判がいたならば勝敗判定に一考を介する状況だ。
(今のも無力化か?結構、この能力チートじゃね?)
地味とか思ってしまったが、考えを改めた方が良いかもしれない。
そんな事を考えていると、聞き覚えのある声が響いた。
「そこまでだライアン、何十回騒ぎを起こす気だ?さあ、カガヤから手を離して、」
「チッ、エリス嬢か……もう離してるよ」
「……そう、みたいだな」
エリスは俺と客の男とライアンを順番に見るが、いまいち事態が飲み込めずにいるようだ。地面に膝を付いたままのライアンは気まずそうにエリスを見ていたが、
「もういい。今日は……店仕舞いだ」
ゆっくりと立ち上がると、店の中にふらつきながら歩いていった。
周りのギャラリー達も、喧嘩が終わった事を察してか徐々に散り散りにいなくなっていく。あれだけ人が居たのに助けに入ったのがエリスだけとは酷い話だ。
「全く、余計な気苦労をさせるなよ。お前は今、左手を使えないんだから……」
エリスがパタパタとこちらに駆け寄って来た。呆れた様な表情をしていたが、その口ぶりからすると彼女なりに心配してくれていたようだ。
「ああ、助けに来てくれてありがとう」
そう言ってエリスの頭をワシワシと撫でる。
「なっ?!ま、またお前は気軽に人の頭を!?」
「助けに来てくれた報酬だよ」
「こんな物、報酬として認められるか!」
頬を膨らませるエリスからプンプンと音が聞こえる気がする。口では怒ってはいるが抵抗する様子が無いのも面白い所だ。
しばらく彼女の反応を楽しんでいると、
「助けて頂いてありがとうございます」
不意に声を掛けられて、そちらに意識を向ける。
その声の主は先程の不健康そうな男だった。
彼は痩せぎすで色白で弱々しい見た目だが、その瞳はこちらの心を見透かすかの様にしっかりと見据えていた。
少し、不気味な人だ。
「お礼なんていいですよ。怪我が無さそうで良かった」
礼は要らない。なんてカッコつけた言葉を一度は言ってみたかったのだ。若干エリスの白けた視線を感じたが気にしない。
だが男は首を振ってその言葉を否定した。
「いいえ、分かってはいましたが……貴方の意志を持った行動はもっと尊ばれるべきだと私は思う。良かったらこれを受け取って下さい」
男は腰に付けたポーチから真っ赤な石を取り出すと、それをこちらに差し出した。
「ああ、ありがとう……ございます」
「なんだか変な事を言う人だな」と思ったが受け取らないのはなんだか悪いので、その赤く輝く石を受け取った。
その石はまるで生きているかのように脈打ち熱を帯びていた。
「こ、これは……ま、ま、魔石!しかも竜の魔石じゃないか!!」
エリスは驚きの声を上げると、俺の手からそれを取り上げた。
「お、おい?!」
「これ程状態が良い物は初めて見た、素晴らしい!なんという純度!凄い!美しすぎる!」
彼女の凄まじい勢いに唖然とする、せっかく貰った物を取り上げられたことに対して抗議する隙すらない。
しかし魔石とは一体何なのか。
(……また魔術とか魔法とかの話かな)
正直、覚えるのが大変なのであまり深く話をして欲しくは無い。
だがそんな俺の心を読んだようにエリスは説明を開始する。
「しかもこれは竜の魔石……しかもこれは強力な炎の魔力を秘めた火焔の龍から採れる石だ。魔法の強化、儀式……何にでも使えるんだ」
「そ、そうなのか」
「うむ、だが、これは売り払えばしばらく遊んで暮らせる程の代物だ。普通の人間がそうそう入手出来るものではない……貴様何者だ?どこでこれを?何故こんな奴に渡す?」
「こんな奴って……」
「入手経路は企業秘密なので言えません。ですが、これは危機から救ってくれた彼に対して感謝を込めた、私からの正当な報酬です」
男は相変わらずと淡々と答える。しかしエリスは食い下がる事無く、腑に落ちないと言った感じに男を睨みつけている。
「話せないのか?」
「ええ、秘密です」
「出処も?」
「はい」
「そんな怪しい品を渡そうと?」
「いや……」
そのあからさまに怪しむ態度をするエリスに男は少し困ったような顔になったが、話題を切り上げる様に咳払いをした。
「ともかく。その石はいずれ必ず貴方達のお役に立つ。その時まで大事に取って置いて下さい」
そう言いながら男は口笛を吹いた。
すると、どこからか黒い色をした走鳥が走ってきた。駆け寄って来た走鳥の頭を撫でた後、すぐ様その背中に乗ると男はその場を後にしようとする。
「おい、まだ話は……」
「それでは、失礼します。お騒がせして申し訳ない」
エリスの追求を振り切る様が如く、今すぐ立ち去ろうとする男に、どこか違和感を感じて俺は思わず呼び止めた。
「あの、名前を教えて貰ってもいいですか?」
彼は走鳥を止めると少し考える様子を見せ、思い付いた様に答えた。
「私の名前はオズといいます。このご縁に祝福を。いずれまた何処かで会いましょう、エリスさんに加賀屋さん」
今度こそ、オズと名乗る男は止まらずに行ってしまった。エリスはその姿が見えなくなるまで、彼を睨みつけていた。
「怪しい奴だったが……知り合いか?」
「いや、全く知らない、けど……」
(なんで俺の名前を知ってるんだろ?)
いくつかの疑問を残してその奇妙な男、オズとの邂逅は終わりを迎えた。
この出会いが後にどんな事態に発展するのか、俺は知る由もなかった。
「あ、この魔石は私が大事に保管しとくからな!」
「お前意外にがめついな……」
◆
「それじゃ、動くなよ」
無精髭を生やした男は俺にそう言って釘を刺す。その言葉に返事をするように頷く。
『癒せ』
白い光が俺の左手を包み、そして─────、
「わあぁあ痛あぁぁぁぁ!!?」
「だから動くんじゃねぇって!!」
あれから門番の青年フィルが連れてきた二人。
医者のハイルマン、そして村長のダリア
と合流した俺とエリスは彼等の案内の元、村長の家であるという酒場に来ていた。
最初は、
(どう名乗ろうか。まさか異世界から来たなんて事は、いきなり言えないし……)
と悩んでいたがエリスの、
「彼は母様の知り合いの旅商人の卵だ」
という作り話に乗っかる事にした。
実際、俺は商売の話なんて微塵も出来ないからヒヤヒヤした、二人に深く追求されなかったのは幸運だったのかもしれない。
一通り挨拶を交わして酒場の二階に来た後に、治療の魔法を使えるという医者、ハイルマンに大怪我を負って動かなくなってしまった左手を治して貰っているのだが、
「いただただだ!超〜痛い!」
「おーい、マジで動くな!変な所と繋がるから!」
「変な所?!」
「ああ、例えば……指を動かしたら瞬きする事になる」
「大人しくしてます、痛った!」
魔法で治すというのは予想がついていたが、それがまさかここまで痛いとは思わなかった。
「ハッハッハ!痛みを感じるって事は治ってきてる証拠ってことさ」
その俺の様子を見て豪快に笑っているのは村長のダリアだ。
何とも端正な顔に、スラリとしたスタイルを讃えた美しい女性だが、その男以上の性格の豪胆さに驚くばかりだ。
「ダリア、済まないな。いきなり押しかけて」
椅子に座りながら、エリスは申し訳ないといった様子でダリアに語りかける。
「なーにイイってことさ、エリスはいつも村の為に働いてくれてるじゃないか。それに比べたら安いものさ」
「チッ……タダで治療する俺を、もっと褒めてくれてもいいと思うんだがな」
俺を治療しながら、ハイルマンは不満そうに言う。
「お前が酒場でツケにしている代金を今払ってくれてもいいんだよ?」
「それはまだ、もう少し待ってくれ!」
どうやら弱みを握られているようだ。
ぶつくさと文句を言いながら彼はは俺の左腕に手を当てていたが、ぱっと手を離すと。
「ほら、これで治療完了だ。完全に馴染むまでは二日くらいかかるから、無理に動かすなよ」
ゆっくりと左手を握る、動く、肘から下の感覚が戻っている。こんな数分で治るとは、魔法すげえな。
「ありがとうございます、必ずいつかお礼を……」
エリスが言いかけるとハイルマンはそれを遮るように言う。
「礼はいらねぇ」
「え……でも無料なんて悪いですよ」
「……カガヤって言ったか」
「は、はい」
「あのな……」
服の内ポケットから出したタバコの様なものに、マッチで火をつけると、ハイルマンは俺に向き合う。
「医者が人を助けて何が悪い?お前は気にせず治されてりゃいいんだよ。……それに、勘違いするなよ?お前から報酬を貰う為に治したんじゃない」
ハイルマンは真剣な表情でエリスの方を向く。
「エリスさんよ。治療のお代なんだけどな、宝石の一つや二つ頂戴しても良いよな?」
彼はニヤリと笑みを浮かべた。
その鮮やかな態度の切り替え方に、一瞬何が起こったか分からなかった。
「ハイルマン……お前は本当に……」
エリスは呆れる様に額に手を当てている。
「ハハハハ!本当に素直じゃない奴だよお前は!」
「ん?う、どわぁぁああ!!」
なんとも愉快そうに笑うダリアが、ハイルマンの背中をバシーンと叩いた。
見事に彼は廊下まで吹き飛んでいった。
(なんつー怪力……)
この人だけは怒らせない様にしよう、と心に誓った。
そして、なぜだかその光景に安心して笑が零れる。
「ありがとうございます、ハイルマン」
と、俺は廊下に吹き飛んだ彼にそう言った。
◆
「よし、じゃあ本題に入るか!まさかこの子を治させる為だけに来たんじゃないだろう?」
腰を押さえながらハイルマンが戻って来た後。
そう言ったダリアは腕を組んで、俺の左手を見る。
「その左手をやった奴の話だね」
エリスはそのダリアの質問に対して暫し瞑目した後に、口を開き答えた。
「うむ……この森に紛れ込んだ魔獣についての、な」