私の恋の行方
桜子は血の気の失せていた顔を、今度は髪の間から覗いて見える耳まで真っ赤にして泣いていた。
対して言いたいことを言い切った私は、優しい笑みを崩さないまま、一歩二歩と桜子から距離を置く。
すると彼女の後ろから、彼女と同じように顔を真っ赤にして泣いた空くんが、「お母さん」と呼びながら行かないでとばかりに彼女の足に抱きついた。
桜子はそこでやっと、涙で濡れた目を空くんに向けた。
同じように泣く空くんと目線を合わせるためにしゃがんで、お互い真っ赤な顔で見つめ合って、そして空くんは濡れた桜子の頬に手を伸ばした。
「おかあさん、泣かないで」
涙の跡を拭うように、慰めるように添えられた空くんの手に、桜子は息をのむ。
そして空くんを抱きしめた。
小さな背中に手をまわして、
「ごめんね、空」
と何度も泣きながら謝る。
空くんも小さな両手で桜子の肩口をしっかり掴み、彼女の肩に顔を埋めて泣いていた。
私はその光景に何も言わず踵を返し、車に乗ってその場から離れて行った。
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『今更すぎない?』
ありがとう。とても嬉しい。
『お互いにもういい歳でしょ?そんなこと言われても困るんだけど』
ようやく報われる。
『そういうことじゃなくて。桜子はもう子供もいるのに、どうしてそんな無責任なことを言えるのってこと。ありえないんだけど』
二人でどこまでも行こう。二人ならどこへでも行ける。
『それに、私達の恋はずっと前に、桜子が大壱を選んだ時点で、終わったんだよね?そうだよね?』
大壱から全てを取り返すチャンスだよ。
『・・・私は、今、幸せなの』
桜子がいるだけで私は幸せになれるの。
『私はもう、桜子よりも、圭くんの方が好きだから』
私は、桜子のことが大好きだから。
愛してるから。
彼女を抱き返したかった。
彼女の言葉を、受け入れて、あのまま彼女と消え去りたかった。
彼女と幸せになりたかった。
二人だけの世界へ行けるのなら、何もいらないと思った。
でも、
でも、桜子の後ろで、何度も袖口で涙を拭って泣き声を我慢している、桜子に似た目を持つ彼を見つけてしまったから。
強気なふりをして、とても寂しがりな小さな子供を見つけてしまったから。
ぼやけ始めた視界に、慌てて道沿いのコンビニの駐車場に入り、適当な場所に駐車する。
そして停めた途端に、涙が落ち始めた。
気づいてしまった。
誰かが幸せになれば、誰かが不幸になる。そんな関係はきっとどこにでもある、必然的なことなのだろう。
けれど、あの子供を不幸にしたいとは思わなかった。
彼女が大切にしていたものを、彼女を大切に思っているものを、自分の幸せのために不幸にしていいとは思えなかった。
そんな自分に気付いてしまった。
だって、この恋は普通ではないと、不毛だと終わりにしたのは私達なのだ。
例え同性愛を受け入れられない時代のせいだったとしても。狭い世界に生きていた学生だったとしても。
この恋を終わらせたのは、私達だ。
だから彼女を拒絶した。そんな都合のいい話なんてないと彼女を詰った。
彼女が築いた幸せを壊したくなかった。
きっとこれは、私のエゴだ。
桜子は私がいなくても、幸せになれる。そんな光景を何度も見てきた私の、エゴだった。
桜子には幸せになってほしい。
桜子が好きでしかたなくて、桜子には幸せでいて欲しくて、ただ一途に思い続ける。
それが私の生き方なのだ。
それだけがこの恋を終わらせる唯一の在り方。
私の恋の行方だった。




