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期限切れの恋  作者: 天川
期限切れの恋の行方
14/20

嫌だ

どうして、こうなってしまったんだろう。

悪い何かがあったわけじゃない。悪い誰かがいたわけじゃない。

誰しもが普通にする、恋をしただけじゃないか。

私はただ、恋をしただけ。

普通ではない恋を、してしまっただけ。

なのに、すべてが狂っていく。


こんなことになったのは、一体誰の恨みを買ったのか。



大きくため息を漏らす。

突拍子無くそんなことを考えてしまうほど、私は世詰まっていた。

頭を振って自分を諌め、逃避していた思考を元に戻す。

私は、“嘘”を“本当”にする、と決めた。

しかし、その方法については何も決まっていない。

まずはそこからだ。

冷静に考えよう。嘘を本当にするために、何が必要か。

それはもちろん、まず男と付き合うことだ。

しかし、私は男を愛せない。好きになったこともない。話すことはあるが、恋愛感情は抱けなかった。

そう、恋愛対象外なのだ。

申し訳ないほど男性を愛せない私が、もし男性と結婚したら、その男性はかなりの不幸者になるだろう。決して、妻から愛されることがないのだから。私だってそんな可哀そうなことをしたくない。

それなのに、私は愛していない相手を選び、不幸になることを分かっていながら結婚しなければならない。


それを想像した後、私は悲壮感と嫌悪感で、トイレに吐き込んでいた。

便座を掴み、顔を突っ込んで吐き出すことに汚いと思う余裕もなかった。

苦痛だった。

きっと茨のような人生だろう。そんな人生を歩むくらいなら、今のままの方がずっといい。

しかし、そんなことは言っていられない状況を作ったのは私自身だ。

自分で始めてしまったことは、自分で終わらせなければならない。


そうしなきゃ、彼女はずっと私に囚われたままだ。


吐き気が続くのをグッと我慢し、携帯を取り出した。

男友達なら何人かいる、その中から選ぼう。そう思ってアドレス帳を開いたが、むしろ知り合いじゃない方がいいとすぐに考えを覆した。

開いた携帯を閉じ、机の上のノートパソコンに目を向ける。

そういえば、今はネットで結婚相手を探すこともできるんだっけ。今まで興味がなかったためそこら辺の知識は浅い。

段々と血の気を失い冷えていく手足を無視して、力が入らない体をパソコンの元へ引きずっていく。

電源ボタンを押し、起動して明るくなった画面をぼーっと眺めて。


嫌だ、と心底思った。


再び激しい吐き気に襲われ、力が入らなかったのが嘘のように瞬時にトイレに駆け込んだ。もう何も出てこなくて、酸っぱい胃酸を霞む意識の中で感じる。


嫌だ。

男と結婚するなんて。


もし男と付き合うことになったら、あちらの欲求にも応えていかなければならないだろう。キスとかセックスとか。

私は好きでもない人とやりたくない。ましてや男だ。

心が強く拒絶して、体も拒絶する。

そもそも想像だけでこんな状態なのだから、実際に付き合うことなんて無理なのだろう。たとえ付き合えても、きっと私に“愛情”なんてものがないことにすぐ気が付いて、別れるだけだ。

けれどそれは、同時に絶望的だった。


それでは、彼女を解放することが出来ない。


力なく床に転がって、引き攣る喉の痛みと目尻から流れた涙を無視して、考える。混乱した頭に床の冷たさがとても心地よかった。


利用するのだ。男性を。

なら、その旨を最初から相手に伝えておけば・・・普通だったら決して了承しないだろう。

そしたら・・・それなら、“普通”ではない男を選ぶのだ。


利害の一致。


そんな言葉が、ポンと浮かび上がる。

そう、相手にも利益があればいい。交渉とはそういうものだ。相手と自分に利益があって初めて取引ができる。

では、愛さない女と結婚して、セックスもキスもしないで利益を得る男とは、どんな人なのだろう。

ましてや、私はごく平凡な一般家庭で生まれた地位も名誉もない人間だ。

難しい問題だと、眉間にしわを寄せてしまう。


そうしてずっと考えて、いつのまにか喉の違和感も涙の跡も消えた頃。

相変わらず冷たいままの手足を動かして、私は起き上がった。

ちっとも思いつかないのだ。

そして思いつかないのはお腹が減っているからだとやけくそになり始めていた。

冷蔵庫を開けて食材を確認するが、特に食べたいものも思いつかない。くせになり始めた、眉間のしわがついつい深くなってしまう。

何も思うようにいかなくて、もう惣菜でも買ってこようと、洗面台の前に立った。鏡に映った自分を見れば、ひどく疲れ切った顔とボサボサの髪。

これはひどい、と髪を手櫛で直そうとした時だった。

やっと気づいた。

最初はピンっと何かが弾かれたような感覚。

それを手繰っていくと、答えは文字通り、すぐ目の前にあった。


私だ。


驚きと共に茫然と自分を見つめる。

結婚する相手は、私と同じ存在がいい。

見つかる可能性は低いかもしれないけれど、これ以上丁度いい相手は、正確な正解は思いつかない。

それは、一縷の希望に見えた。


それは、私と同じ存在。


私と同じ、同性愛者だ。


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