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期限切れの恋  作者: 天川
期限切れの恋の行方
12/20

どうやって

 桜子から何通もメールが届いた。


【ねぇ今度いつ会える?】


【空ね、立ったんだよ~。見て見て】


【空がしゃべった!「ママ~」って。まだパパとは言えないみたい(笑)】


【奈々ちゃーん。今度、時間あったら来てね。いつでも大歓迎】


【遊びに来てね】


届いたメールを見る度、苦々しい思いで唇を噛みしめた。けれど一度決めたことを、覆すつもりはない。

血反吐を吐き出す気持ちで、私は文章を打つ。


【今仕事が立て込んでて、行けそうにないや。ごめんね】


【空くん、大きくなったねぇ】


【どうしても仕事が外せなくて】


【ごめんね、行けそうにない】


全て嘘だ。

いつだって会いに行けた。

彼女が望むなら、叶えてあげたい。

けれど、今回ばかりは、だめだった。


私はもう、桜子には会わない。

もう寂しい思いをしたくない。

これ以上、傷つきたくなかった。


そんな思いでつれないメールを返信し続けていたら、次第にメールも来なくなった。

もう鳴らない携帯を握りしめながら、最後に来た3ヶ月前のメールを未練がましく見返す。

そして、これが本来あるべき形なのだ、と己に言い聞かせた。



 息を詰める感覚を抱きながら過ごす日常の中、唐突に大壱からメールが来た。


【話しがしたい】


場所と日付が示されたそれは、こちらの都合を考えていない。何故?と思う前に、本当は桜子の元に行けたことがばれたようで、怖くなる。

茫然とその文字を見つめながら、私はそれに返信することも抗うこともできなかった。


有無を言わせないメールに従い、指定された喫茶店で大壱を待つ。

不安と思考を重ねながら、紅茶で紛らわせていた。

一体、何の話だろうか。といっても、なんとなく分かってしまっている。大壱のことだから、もちろん桜子のことだろう。だからこそ私は怖いのだ。

冷めていく紅茶を啜っていると、仕事帰りなのか、スーツ姿の大壱が向かい側に座った。


「こちらから時間指定したのに、待たせてすいませんでした。お久しぶりですね」


「お久しぶり、です」


前に会ってから1年以上経っている。

たった1年。けれどこの1年で、大壱はずいぶんと変わったように見えた。


「お互いもう30だっていうのに、初めて会った時から奈々さんは変わってませんね」


大壱が奇妙な程ニコニコして話し始める。


「そうですか?・・・空くんと桜子、元気にやってますか?」


「ああ、相変わらずですよ。空なんか桜に似て、なかなかお転婆で」


その言葉に思わず、ハハハ、フフフとお互いに笑い合ってしまった。

桜子から送られてきた画像から、彼が桜子に似ていることは分かっている。

あの小さな空くんは、桜子ゆずりの大きな目をキラキラと輝かせて立ち上がり、拙い言葉を話すのだろう。


「なんなら、今から家に寄っていきますか?ここからなら、車で20分ですよ」


「・・・いや・・・この後用事が」


「何ですか?」


「・・・仕事が」


「忙しそうですね。昇進狙ってるんですか?」


「・・・いえ、そうわけでも」



「なら、どうして桜に会おうとしないんですか?」


今までにないほど積極的に話しかけてきた彼は、笑いを納めて私をじっと見つめた。

先ほどまでの朗らかな雰囲気も霧散し、探るような目で彼に問い詰められる。


「それは・・・仕事が忙しいから」


「それでも会う時間くらい作れるはずですよ。今日だってここまで来た。もう目と鼻の先です。今から会おうと思えば会える」


「それはっ・・・無理」


「・・・奈々さん、まだ桜が好きなんですか?」


「っ違う!・・・好きじゃない!」


私達は『友達』。

そう告げても、大壱の視線と表情は険しいままだ。

私がうつむくと、彼はぽつりと話しだした。


「最近、桜はうなされてるんですよ」


その言葉にハッとして、顔を上げた。

大壱は可哀そうなものを見る目で、私を見つめていた。


「『奈々ちゃん、ごめんね』って」


その言葉に息を飲んで、そして目の前が真っ暗になった。


なんで。なんで桜子が。


後悔。

何度もしてきた、どうしようもない後悔。

いくら後悔したって、過去が変わらないことは分かってる。

だけど、でも、どうして私達は、こうも上手くいかないのだろう。

『友達』になっても、お互いの過去に引きずられたままで。


「桜はまだあの時のことを、奈々さんを拒んだ時のことを未だに後悔している。ずっと他の想い人も作らず独り身でいるのは、私のせいなんじゃないか、と。・・・ねぇ、本当に桜の幸せを願うのなら、奈々さんも幸せにならなきゃだめなんですよ。過去にしがみつかず、前を向いてくれなきゃ、お互い後悔したまま」


だから、


「桜のことは忘れて、他に好きな人を作ってください」


と、大壱は頭を下げた。

もう諦めてくれ。彼はそう言いたかったのだろう。

けれど・・・無理なのだ。

私は過去にしがみついているわけじゃない。

私だって、忘れられるなら忘れたかった。

この胸の苦しさから解放されたかった。

でも、どうすればいいのか分からない。

恋心の忘れ方なんて、私は知らない。

心の奥深くに芽生えてしまったものを、どうやって消せというの?


震える唇で、告げた。


「余計なお世話よ・・・」


震えた言葉に、大壱は頭を上げる。

そして何か言おうとする前に、私は立ち上がって怒鳴りつけた。


「あなたも桜子も、余計なお世話よ!私がどう思おうが、私の勝手でしょ!?それに・・・」


怒鳴るつもりなんてなかった。

けれど、この苦しみを知らない彼にそんなことを言われて、正直むかついたこともあったけれど、それ以上にパニックになっていたのだ。

彼に教えられた、桜子が魘される程後悔していることに。

どうしたって、私は彼女の幸せの邪魔にしかならないことに。


私が願うのは、桜子の幸せ。


だから・・・。


 『桜子の幸せを願うなら・・・』


私にできることは・・・。


血の気が失せる音が聞こえた気がした。


「それに勝手にいろいろ言ってるけど、私、付き合っている人いますから」


嘘だ。

けれど大壱は私の迫真の演技を信じて心底驚いたようで、歯を噛みしめた怒りの表情から、たちまちポカンとした表情になった。


「私だって今は桜子よりその人の方が好きだから、そっちを優先しているだけだし、変な邪推はやめて」


そう言い切る。すると大壱は戸惑いながらも、


「でも仕事が忙しいって」


「仕事も忙しいし付き合っている人もいるしで、桜子にかまっている暇がないの。そう伝えといて」


「でも、そんな話一言も」


「恥ずかしいから言わなかったに決まってるでしょ!相変わらずKYね!」


疑い深い彼にそう言い返し、「もう時間だわ」と言い捨てて私は店を出た。

後から大壱が追ってくるが、気にしている余裕は無い。

彼が会計を済ましている間に、私は車内へと逃げ込み、彼を待たずに車を発進させた。

その時、私の心の中を占めていたのは、とんでもない法螺を吹いてしまったことに対する焦りだった。


この話は桜子の耳に入るに違いない。

彼女のことだ。きっと写真見せてとか、会ってみたいとか、言うに決まっている。

そんな人、いるわけがないのに!


奈々が最初に敬語で話しているのは、ビビっているからです。

大壱は元から敬語キャラです。

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