どうやって
桜子から何通もメールが届いた。
【ねぇ今度いつ会える?】
【空ね、立ったんだよ~。見て見て】
【空がしゃべった!「ママ~」って。まだパパとは言えないみたい(笑)】
【奈々ちゃーん。今度、時間あったら来てね。いつでも大歓迎】
【遊びに来てね】
届いたメールを見る度、苦々しい思いで唇を噛みしめた。けれど一度決めたことを、覆すつもりはない。
血反吐を吐き出す気持ちで、私は文章を打つ。
【今仕事が立て込んでて、行けそうにないや。ごめんね】
【空くん、大きくなったねぇ】
【どうしても仕事が外せなくて】
【ごめんね、行けそうにない】
全て嘘だ。
いつだって会いに行けた。
彼女が望むなら、叶えてあげたい。
けれど、今回ばかりは、だめだった。
私はもう、桜子には会わない。
もう寂しい思いをしたくない。
これ以上、傷つきたくなかった。
そんな思いでつれないメールを返信し続けていたら、次第にメールも来なくなった。
もう鳴らない携帯を握りしめながら、最後に来た3ヶ月前のメールを未練がましく見返す。
そして、これが本来あるべき形なのだ、と己に言い聞かせた。
息を詰める感覚を抱きながら過ごす日常の中、唐突に大壱からメールが来た。
【話しがしたい】
場所と日付が示されたそれは、こちらの都合を考えていない。何故?と思う前に、本当は桜子の元に行けたことがばれたようで、怖くなる。
茫然とその文字を見つめながら、私はそれに返信することも抗うこともできなかった。
有無を言わせないメールに従い、指定された喫茶店で大壱を待つ。
不安と思考を重ねながら、紅茶で紛らわせていた。
一体、何の話だろうか。といっても、なんとなく分かってしまっている。大壱のことだから、もちろん桜子のことだろう。だからこそ私は怖いのだ。
冷めていく紅茶を啜っていると、仕事帰りなのか、スーツ姿の大壱が向かい側に座った。
「こちらから時間指定したのに、待たせてすいませんでした。お久しぶりですね」
「お久しぶり、です」
前に会ってから1年以上経っている。
たった1年。けれどこの1年で、大壱はずいぶんと変わったように見えた。
「お互いもう30だっていうのに、初めて会った時から奈々さんは変わってませんね」
大壱が奇妙な程ニコニコして話し始める。
「そうですか?・・・空くんと桜子、元気にやってますか?」
「ああ、相変わらずですよ。空なんか桜に似て、なかなかお転婆で」
その言葉に思わず、ハハハ、フフフとお互いに笑い合ってしまった。
桜子から送られてきた画像から、彼が桜子に似ていることは分かっている。
あの小さな空くんは、桜子ゆずりの大きな目をキラキラと輝かせて立ち上がり、拙い言葉を話すのだろう。
「なんなら、今から家に寄っていきますか?ここからなら、車で20分ですよ」
「・・・いや・・・この後用事が」
「何ですか?」
「・・・仕事が」
「忙しそうですね。昇進狙ってるんですか?」
「・・・いえ、そうわけでも」
「なら、どうして桜に会おうとしないんですか?」
今までにないほど積極的に話しかけてきた彼は、笑いを納めて私をじっと見つめた。
先ほどまでの朗らかな雰囲気も霧散し、探るような目で彼に問い詰められる。
「それは・・・仕事が忙しいから」
「それでも会う時間くらい作れるはずですよ。今日だってここまで来た。もう目と鼻の先です。今から会おうと思えば会える」
「それはっ・・・無理」
「・・・奈々さん、まだ桜が好きなんですか?」
「っ違う!・・・好きじゃない!」
私達は『友達』。
そう告げても、大壱の視線と表情は険しいままだ。
私がうつむくと、彼はぽつりと話しだした。
「最近、桜は魘されてるんですよ」
その言葉にハッとして、顔を上げた。
大壱は可哀そうなものを見る目で、私を見つめていた。
「『奈々ちゃん、ごめんね』って」
その言葉に息を飲んで、そして目の前が真っ暗になった。
なんで。なんで桜子が。
後悔。
何度もしてきた、どうしようもない後悔。
いくら後悔したって、過去が変わらないことは分かってる。
だけど、でも、どうして私達は、こうも上手くいかないのだろう。
『友達』になっても、お互いの過去に引きずられたままで。
「桜はまだあの時のことを、奈々さんを拒んだ時のことを未だに後悔している。ずっと他の想い人も作らず独り身でいるのは、私のせいなんじゃないか、と。・・・ねぇ、本当に桜の幸せを願うのなら、奈々さんも幸せにならなきゃだめなんですよ。過去にしがみつかず、前を向いてくれなきゃ、お互い後悔したまま」
だから、
「桜のことは忘れて、他に好きな人を作ってください」
と、大壱は頭を下げた。
もう諦めてくれ。彼はそう言いたかったのだろう。
けれど・・・無理なのだ。
私は過去にしがみついているわけじゃない。
私だって、忘れられるなら忘れたかった。
この胸の苦しさから解放されたかった。
でも、どうすればいいのか分からない。
恋心の忘れ方なんて、私は知らない。
心の奥深くに芽生えてしまったものを、どうやって消せというの?
震える唇で、告げた。
「余計なお世話よ・・・」
震えた言葉に、大壱は頭を上げる。
そして何か言おうとする前に、私は立ち上がって怒鳴りつけた。
「あなたも桜子も、余計なお世話よ!私がどう思おうが、私の勝手でしょ!?それに・・・」
怒鳴るつもりなんてなかった。
けれど、この苦しみを知らない彼にそんなことを言われて、正直むかついたこともあったけれど、それ以上にパニックになっていたのだ。
彼に教えられた、桜子が魘される程後悔していることに。
どうしたって、私は彼女の幸せの邪魔にしかならないことに。
私が願うのは、桜子の幸せ。
だから・・・。
『桜子の幸せを願うなら・・・』
私にできることは・・・。
血の気が失せる音が聞こえた気がした。
「それに勝手にいろいろ言ってるけど、私、付き合っている人いますから」
嘘だ。
けれど大壱は私の迫真の演技を信じて心底驚いたようで、歯を噛みしめた怒りの表情から、たちまちポカンとした表情になった。
「私だって今は桜子よりその人の方が好きだから、そっちを優先しているだけだし、変な邪推はやめて」
そう言い切る。すると大壱は戸惑いながらも、
「でも仕事が忙しいって」
「仕事も忙しいし付き合っている人もいるしで、桜子にかまっている暇がないの。そう伝えといて」
「でも、そんな話一言も」
「恥ずかしいから言わなかったに決まってるでしょ!相変わらずKYね!」
疑い深い彼にそう言い返し、「もう時間だわ」と言い捨てて私は店を出た。
後から大壱が追ってくるが、気にしている余裕は無い。
彼が会計を済ましている間に、私は車内へと逃げ込み、彼を待たずに車を発進させた。
その時、私の心の中を占めていたのは、とんでもない法螺を吹いてしまったことに対する焦りだった。
この話は桜子の耳に入るに違いない。
彼女のことだ。きっと写真見せてとか、会ってみたいとか、言うに決まっている。
そんな人、いるわけがないのに!
奈々が最初に敬語で話しているのは、ビビっているからです。
大壱は元から敬語キャラです。




