第5話 目黒区のワイン食堂①
◎目黒区のワイン食堂
目黒区目黒駅。
ワインを飲ませる店がやたら多い印象である。
焼き鳥屋や中華料理店でもワインを出す店がかなりある。
目黒にはワイン好きが集まるのだろうか?
(こっちの世界も、蒸し暑いのね。)
特に行く当てもなく、歩き始める。
時刻は22時56分。出だしが遅れてしまった。
まともな食事を出す店はすでにラストオーダーとなっている場合の多い、微妙な時間帯だ。
お腹も空いている。
どこか食事もできそうなところ……
と、一軒のこじんまりとしたお店が目に留まった。
【ワイン食堂 vis】
(あいてるかな?vis、ネジって意味よね、なんだか控えめで素敵な名前)
外の黒板メニューには鶏レバームースやイタリア産山盛り生ハム、愛情たっぷりマカロニグラタン、仔羊とフォアグラのパイ包みなど惹かれるメニューばかり書かれている。
(入れたら、いいのだけれど…)
一か八かで木製のドアを押し、中を覗く。カウンターとテーブルが3つ。
オレンジ色のランプの光がほんのりと照らす店内では3組ほどの客が朗らかに食事を楽しんでいる。
「いらっしゃいませ。」
カウンターの中から、主人らしき熊のような風貌の男が声をかけてくれた。
「1人、入れますか?」
「はい、カウンター席でよろしいですか?」
「ええ、もちろん。」
ひとまず、入れたことにホッとして、カウンター席の椅子に腰を下ろす。
(さてと。何を飲もうかしら。)
喉が渇いているので、とりあえずビールメニューを見る。ビールベースのカクテルもいくつかあるようだ。
「お飲み物はいかがいたしましょう?」
夫婦で営んでいるのだろうか、柔らかな雰囲気の細身の女性が注文を取りに来てくれた。
「パナシェ(ビール×レモネードのカクテル)をお願いします。」
「パナシェ、ですね。お食事の方はまたお伺いしますね。」
「はい。お願いします。」
食べ物は何にしよう?
カルパッチョやバーニャカウダもあるけど……
今日は思い切り、肉ばっかり食べる日にしよう!!!
どうやら、人は、疲れると肉を食べたくなる生き物らしい。
いいタイミングでドリンクが運ばれる。
「注文よろしいですか?」
「ええ。」
「この、鶏白レバーのムースと、山盛り生ハムをお願いします。」
「かしこまりました。」
自家製レモンジュースを使っているというパナシェは綺麗なレモンイエローで、何となく明るい気持ちになる。
[御日程合わせますわねーー]
[この後ご予定なければーー]
一瞬頭をよぎったそんな日常のしがらみも、パナシェの爽やかさがしゅわしゅわとかき消してくれる。
「っあー」
思わず小さな感嘆の声が出る。
舞踏会ではずっと甘ったるいレモネードを飲んでいたので、レモンとビールの苦味と香りが効いた大人のジュースが沁みた。(氷を入れるものもあるがこちらの店では入れていない。)
「美味しそうに飲みますね。パナシェの中でも、ドライに作っているんです。」
「爽やかで、好きです。」
ディアーヌがニッコリと微笑むと、熊似のマスターはあたかも自分が告白されたような気持ちになったのか、頬を赤らめて目を逸らし、調理に戻った。
(舞踏会で女性はアルコールを飲めないなんて悪しき風習、なくなればいいのに。)
「お先に、山盛り生ハムです。」
スライスされた生ハムがA3サイズのボード一面に、ふわりと敷き詰められている。
「おおー。」
壮観である。
早速生ハムを一枚はがし、その塩気と旨味を噛み締める。それが、また、パナシェの苦味と酸味に合うのだ。
食べて飲む手が止まらない。




