第39話 豊洲で魚の調査②
【濱寿司】
二人は水産仲卸売場棟の寿司店へ向かった。
大行列の海鮮丼屋なども通ってきたが、こちらの店は比較的落ち着いている。
「穴場なのよ、私はここが一番美味しいと思ってる!」
真衣が得意げに言う。
カウンターに座ると、目の前で職人が手際よく寿司を握っていくのが見えた。
「おまかせでいい?」
「うん!あと…何か飲まない?」
「もちろん、そのつもりよっ!このメンツで飲まない、はないでしょ。何が良い?」
「せっかくだし、日本酒かしら」
それも、フルーティーなものや甘いものではない。
「魚の味を邪魔しない、食中酒……」
「了解、任せて」
さすが真衣、頼もしい。
思えば、ディアーヌがこうして誰かの判断に身を委ねるというのは、真衣以外にはしないことだ。
先に、日本酒が徳利で運ばれてくる。
宮城県石巻の銘酒『日高見』の純米酒だ。
「ではでは…」
と、真衣がおちょこに酒をついでくれ、乾杯っ!
(うん、美味しい)
目の前の寿司職人は五十代ほどの、恰幅のいい男性だった。
白い調理着に身を包み、腕まくりした前腕には、長年魚を扱ってきた職人らしい筋が浮いている。
一見すると気難しそうだが、客の注文には意外なほど気さくに応じている。
ただし、寿司を握っている最中に話しかけても、魚から目を離さない。
真衣の注文を受け、その寿司職人が魚を切り、シャリを取り、形を整える。
(さすがに、見事な手捌きね。これぞ、熟練の成せる技……)
無駄のない動きで、見る間にディアーヌたちの「おまかせセット」が仕上がった。
赤身、スミイカ、ウニ、いくら、鯵、秋刀魚、鯛の昆布じめ、穴子ーー
「まあ、素晴らしい!」
「私も廻らないお寿司なんて、久しぶり。いただきます!」
「いただきます」
ディアーヌはまずはスミイカを口へ運ぶ。
「……美味しいっ!」
シャキッとした歯切れ、口の中でねっとりと広がる甘み。それとともにシャリがほぐれて酢のコクと酸味、米の旨みが重なる。
思わず声が弾む。
「お刺身とは、また違う…」
「でしょう?」
多層的な食感。それは芸術の域である。
そこに日高見……
(なんて幸せ。日高見、それ単体では決して華やかでないのに、海鮮と合わせた時の「合う」感覚は只事じゃない!!)
お酒の肴なら、寿司より刺身で良くない?
などと思っていた自分を殴ってやりたい。
鯵も秋になってきて、脂が乗っている。良い季節だ。
「ディアーヌ、秋刀魚、ものすごいわよ!」
真衣が何かの事件に遭遇したかのような顔で訴える。
「すぐ、食べるわ!」
こちらも旬の秋刀魚。脂が乗りすぎていないうちの秋刀魚の刺身は、格別と聞くが……
(こ、これは事件ね)
秋刀魚でしか味わえない香りのある脂が舌の上でほどけ、酢のきいたシャリがそれを受け止める。
ディアーヌはしばらく味を確かめるように噛んだ。
「酢飯があることで、魚の味がより引き立っているのね」
「そうそう」
ディアーヌは納得したように頷いた。
昆布の旨みがしみた鯛も、ウニのとろける甘みも、いくらの弾ける魚卵のコクのある美味しさも、赤身の濃厚な肉本来の旨みも、たまらない。
日本酒も進む。
ふわっとした穴子のタレの香ばしさーー寿司には鰻より穴子ね。
などと考えていると、いつの間にか、おまかせセットは空になっている。
「シマアジもください」
「早いな!」
「つい、美味しくって」
「お酒もなくなっちゃったね」
「追加しよー!!」
「ディアーヌ、相変わらずの素晴らしい呑兵衛っぷりね。負けられないわっ」
楽しい。
「真衣」
「うん?」
「この魚もこの国のどこかから来たの?」
「そう。魚によって産地は違うけどね」
「それなのに、ここでは同じ店で食べられる」
「そういうこと」
ディアーヌは、今食べた寿司のネタをひとつひとつ思い浮かべた。
それぞれ違う場所から運ばれてきた魚が、ここでは同じカウンターに並んでいる。
「……これよっ」
「何が?」
「豊洲の仕組み!」
ディアーヌは箸を置いた。
「魚を一か所に集めることで、さまざまな産地の魚を必要な場所へ届けられる」
「うん」
「そして、ここには魚だけではなく、情報も集まっているのでしょう?」
「情報?」
「どこで、何が、どれだけ獲れたのか。どこで、何が必要とされているのか」
ディアーヌは追加の日高見を今度は自分が真衣にも注ぎながら、言葉を続けた。
「王都では、それが分からない。だから漁師は高く買ってくれる町へ魚を送り、商人も自分たちの判断で運ぶ」
「うん」
「結果として、魚が余っている場所と、足りない場所が同時に生まれてしまう」
真衣が頷いた。
「じゃあ、そこをつなげればいいんだ」
「ええ」
ディアーヌの中で、これまで集めてきた数字が一つにつながった。
「王都に魚を集める場所を作る。そして、各地の漁獲量と需要を集める」
「そうすれば?」
「魚が足りない場所へ、余っている魚を回せます」
ディアーヌは満足そうに言った。
「漁師には売り先ができる。商人には運ぶ先が分かる。王都には魚が届く」
「なるほど」
「これなら、今回のような急激な値上がりも抑えられるかもしれないわ」
「すごいじゃん」
「でしょう?」
ディアーヌは得意げに頷いた。
そして――。
「問題も解決したところで、秋刀魚、もう一貫頼んじゃおうかしら」
「旬だものね!私も頼もうっと」
「それに――味の調査も大事だものね。知らない魚がたくさんあるんだもの」
ディアーヌの安定の食欲に、真衣は吹き出す。
「もう完全に楽しんでるじゃん」
「だって、美味しいんだもの」
ディアーヌは素直にそう言って、次の一貫を注文した。
仕事のために訪れた豊洲。
そこで見つけたのは、王都の魚価高騰を解決するためのヒントだった。
「秋刀魚もう一貫、お願いしますっ」
しかし、それだけではない。
美味しい寿司。気兼ねなく酒を酌み交わせる仲間ーー
ディアーヌにとって大切なことが、たくさん見つかったようである。




