第23話 高田馬場の激辛料理①
◎高田馬場で激辛体験を
今回、ディアーヌが降り立ったのは――高田馬場。
(ちゃんとした一人での休日、なんだか久しぶりな気がする)
異世界では福祉活動に事務仕事、交流会に政策の打ち合わせ。日本へ来ても誰かと一緒にいることが多かった。
今日は完全な一人の休日である。
(さてさて、どんなお店と出会えるかしら♪)
足取りも自然と軽くなる。
高田馬場は学生が多く、うどんにラーメン、ミャンマー料理にトンカツにカレーまで、実に幅広いジャンルの名店が揃っている。
しかも、良心的な価格の店が多い。食べ歩きにはうってつけというわけである。
お目当てはあるものの、まずはうろうろ。良さそうな店があれば、突撃だ!!
辛い料理にも、色々ある。
(カレーで攻めるか、ラーメンもあるな。だけどガッツリ系で行くと、それで終わってしまうし……)
などと悩みながら歩いていると、ふと気になる店を見つけた。
【スタンディング中華 慶】
店先のメニューを眺める。
・クミンメンマ
・色々キノコの乳酸発酵ピクルス
・名物!よだれ鶏
・本日の春巻き
・サザエの紹興酒粕漬け
・ハムユイ炒飯
(あっっ!)
とあるメニューを見つけ、ディアーヌの目が輝く。
(麻辣白子ーー)
大好物の白子。
しかも、それを今日のテーマである辛い料理のひとつ、麻辣にするという。
そんなの……最高じゃない!
他にも、見るだけで楽しくなる創作中華のメニューの数々。
(ここに、決めた!)
どんな店なのか、ワクワクとした期待とちょっぴりの不安は、今日の運勢を占うかのようでもたる。
カウンターに置かれたメニューを見ながら思案の末、名物だというよだれ鶏、初志貫徹で麻辣白子と紹興酒ハイボールを注文することに。
(よだれが出るほど美味しいのかしら?)
どんな鶏肉料理なのだろう。ワクワクする。
まずは、紹興酒ハイボールとその「よだれ鶏」が運ばれてきた。
スタンディングスタイルということもあってか、提供が早いのはありがたい。
図らずもこちらも辛い料理のようで、赤みのあるネギダレがかかっている。
「いただきます」
真ん中からいきたい気持ちを抑え、端っこの一切れをつまむ。
予想外に、ぷるん、と柔らかい。
口に入れた瞬間、まず鶏のしっとりした旨みが広がった。
冷たいのに、肉がぱさついていない。むしろ噛むほどに、鶏の脂と肉汁がじわっと出てくる。
そこへ、赤いタレの辛味が追いかけてくる。ピリッとした刺激。
そこに、ラー油の香ばしさ、黒酢らしい酸味とほんのりした甘みが重なる。
そして、少し遅れて痺れ。
(毒ーー!?)
一瞬疑うほどの痛みだ。
舌の先がピリッと刺激されたかと思うと、そこからじわじわと痺れが広がっていく。
痺れに上書きするかのように、紹興酒ハイボールを流し込む。
独特の深い香りとコクが「よだれ鶏」という複雑な料理の要素を全て包み込み、そして炭酸が爽やかに洗い流してくれる。
(紹興酒って、中華に合わせてこそ、こんなに美味しいお酒だったのね!特にハイボールにすると、飲みやすい)
「……これ、止まらないやつだ」
飲み込んだ後も、口の中には花椒の爽やかな香りと辛味が残っている。
しかし、その刺激が病みつきになる。
(計算された刺激と中毒性だったのね!さすが、中華四千年の歴史というだけのことはあるようね)
痺れが引いてくると、また次が欲しくなる。
これはいけない。
欲望に身を任せるのは、よいことではない――幼い頃からそう教えられてきた。
なのに私は今、自分からこの赤い悪魔のような料理に箸を伸ばしている。
「……主よ、お許しください」
そう心の中で呟きながら、もう一枚。
辛い。痺れる。そして、美味い……!
今度はタレをたっぷり絡めて食べてみる。辛い。痺れる。
でも、その奥にちゃんと鶏の旨みがある。
刻んだねぎや香菜の青い香りも加わって、重たさはない。むしろ辛味で唾液が出て、次の一口が欲しくなる。
気がつけば、紹興酒ハイボールは空になり、皿の上の鶏肉がどんどん減っていた。
よだれ鶏という名前は大げさではない。
ディアーヌは紹興酒ハイボールを追加注文して、来る麻辣白子を迎え入れる。
運ばれてきた麻辣白子は、よだれ鶏のタレよりももっと鮮烈な赤色だった。
だが、ディアーヌは怯まない。
(少々荒治療ではあるけれど、私の心に溜まった膿をとことんブッ刺してしまうのよっ)
そして――。
「……辛っ!」
想像していた三十倍くらい辛かった。
ピリ辛のよだれ鶏なんかとは比較にならない。舌が熱い。喉も熱い。額にじわじわと汗が浮かぶ。
「こ、これは……」
一瞬、水に逃げようとしたディアーヌだったが、ふと手を止めた。
(待って、私、こんなことで負けてしまうの?)
幼い頃の厳しい教育が脳裏をよぎる。
礼儀作法、語学、舞踏、政治ーー
何度失敗しても、できるまで繰り返した日々。
「……ふふ」
ディアーヌの口元が緩む。
「最近の私、少し生ぬるすぎたのですわ」
何故か麻辣に人生を諭されている。
「これくらいの刺激、受け止めてみせますわ!」
そう決意すると、今度は落ち着いて料理と向き合う。
口に入れた瞬間、まず白子の濃厚な旨みが舌に広がった。とろり、と溶ける。
まるで温かいクリームのような、ねっとりとしたコク。
そこへ麻辣の辛さが一気に入り込んでくる。
やはり、とてつもなく辛い。そして、痺れる。
花椒の刺激が白子のまったりした脂を容赦なく切り裂いて、口の中を一気に目覚めさせる。
白子の濃厚な幸福感と、麻辣の荒々しい刺激。
天国と地獄を、同じ一皿の上で行ったり来たりしているような料理だった。
「……あら、でも」
美味しい。
むしろ、この辛さがあるからこそ白子の甘みが際立っている。
「これは……」
気がつけば、箸が止まらなくなっていた。額には汗。首筋にも汗。
けれど、不思議と不快ではない。
「……気持ちいい」
辛さでかいた汗が、妙に爽快だった。
嫌味な伯爵に言われたことも、山積みの仕事も、頭の中から少しずつ抜けていく。
「なるほど……」
ディアーヌは納得した。
「辛い料理というのは、こうやって心をスッキリと掃除してくれる食べ物なのね」
ユーリ王子の濁りのない瞳、リリーに対する愛を思い浮かべる。あれも、あるいは激辛党であることとーー
(関係ないか)
麻辣白子は、楽しい料理だ。それに合わせて、紹興酒ハイボールを飲む。
紹興酒は少し癖のある飲み物だと思っていた。
けれど、香ばしい風味とほんのりした甘みが、舌に残った辛さをほどよく和らげてくれる。
(また、好きなものが増えたようだわ)
そして、完全にスイッチが入った。
「よし、次、行くわよっっ」
ご馳走様ー!
と、会計を済ませて、次なる刺激を探しに、いざ。




