第20話 大塚の夏祭り①
◎大塚の夏祭り
降り立ったのは東京都豊島区大塚。
飲み屋街、路面電車、商店街、異国料理の数々。雑多で庶民的な雰囲気のある、ディアーヌの大好き街ーー
しかし、今日はいつもとひと味違う。
「今日は、夏祭りっ!」
ディアーヌが珍しく、わかりやすく浮かれている。
以前この街で飲み歩いていた時に見つけたポスターで、今日の夏祭りのことを知り、絶対に行こうとかねてから計画していたのだ。
「阿波踊り」なるダンスもあるらしい。どんなダンスなのか、想像もつかない。
そんなわけで、真夏の社交パーティーを終えたばかりのディアーヌとリリーは、そのまま夏祭りへと向かっていた。
会場に近づくにつれ、屋台などもちらほらと見え、どこからともなく太鼓の音が聞こえてくる。
ドン、ドン、ドン――。
日の暮れてきた街に響く、どこか原始的な音。
「た、大砲じゃないですわよね!?」
「まさか。太鼓の演奏よ。見に行きましょう」
そして、角を曲がった二人の前に、見慣れない光景が広がった。
「……まあ」
ディアーヌが立ち止まる。
「これは……」
「わぁ…」
道の両脇には、赤や白やピンク色のランタンがずらりと並んでいる。
そして、道の中央では真っ青な不思議な衣装を着た男たちが踊りながら練り歩いていた。
それから、藁でできたこれまた見たこともない大きな半月形の帽子を被った女性たち。
「変わった、だけど素敵なお召し物ですわねっ。道行くみなさんも、前にニッポンに来た時と服装が違うような?」
「ユカタ、という昔からニッポンで着られている衣装らしいです。本当に素敵ですね」
浴衣姿の人々が行き交い、屋台からは煙と香ばしい匂いが漂っている。
見ると、土地柄かエスニック料理の出店も多い。気になるけど、焦りは禁物。
まだまだ、屋台は続いている。
車両通行止めとなった道では子どもたちが走り回り、笑い声があちこちから聞こえる。
どこを見ても、人、人、人。すごい、という感想しか浮かばない。
けれど、不思議と窮屈には感じない。「阿波踊り」を中心に、誰もが思い思いに祭りを楽しんでいる。
「すごい!すごい!」
「とにかく、ちょっと見て回ってみましょうか」
リリーはとても平常心ではいられないようだ。
ディアーヌの方も、はじめてニッポンに来た時のように、その雰囲気に圧倒されながら、きょろきょろと周囲を見渡す。
真夏のパーティーでは、貴族たちの視線や会話の一つひとつに意味があった。
誰が誰に挨拶したのか。
誰が誰の隣に立ったのか。
誰が誰の上で、下で……どの家がどれだけの力を持っているのか。
けれど、ここにはそんなものがない。それだけで、なんて気持ちが楽なことか。
「みんな、何をしているのでしょう?」
「遊んでいるのではなくって?」
リリーも興味深そうに辺りを眺める。いつの間にか、
「それだけじゃなくて、なんというか…みなさん、ずいぶん楽しそう」
そう、大人も子どもも、みんなが前向きなエネルギーに包まれているようだった。
屋台の前には行列ができ、子どもたちは景品を手に走り回っている。
その光景を眺めながら歩いていると――。
「あ」
ディアーヌが足を止めた。
「どうしましたの?」
「……真衣」
「マイ?」
その視線の先にいたのは、紺色の浴衣を着た一人の女性、真衣だった。
真っ白な肌に紺色の浴衣がよく映え、切れ長の奥二重のすっきりとした顔立ちは、まさに日本美人。
ただし――。
その手には、しっかりと水ヨーヨーが握られていた。
(なんだなんだ、真衣も来ていたのね!)
しかも本人は、もう一つのヨーヨーを見つめながら、明らかに楽しそうにしている。
「真衣ー!!」
「えっ?」
ディアーヌの声に、真衣がハッとした様子で振り返る。
そして、ディアーヌとリリーの姿を見た瞬間、「あ…」と言い、固まった。
「こんばんは」
ディアーヌが微笑む。
「真衣さんも、お祭りに来ていたのですね」
「う、うん」
真衣は少しだけ視線を逸らした。
「お知り合いですの?素敵なユカタ、ですわねっ」
「ええ、私に日本の作法を教えてくれた、いわば師匠です。ね、真衣っ」
「師匠だなんて。はじめまして、真衣、と言います」
「はじめまして。リリーと申しますわ。以後、お見知りおきいただけたら幸いですわ」
「ええ、よろしくお願いします。お二人とも、なんだか今日は格好といい、本当に貴族みたいね」
ギクリ。ディアーヌは咄嗟に話題を変える。
「真衣、今日は一人で?」
「……うん」
「まあ!」
ディアーヌが目を輝かせる。
「ずいぶん楽しんでいますねっ。その水風船も、可愛らしい」
「いや、その……」
真衣の頬が、ほんの少し赤くなる。
「別に、いいでしょ」
「もちろんです!」
「私たちはまだ来たばかりで、これからですの。ユカタまでバッチリですわね。とても素敵ですわ!」
リリーが素直に褒めるのを聞いて、真衣はますます頬を赤らめた。
「……や、やめてよ」
「なぜですの?」
「なんか……」
真衣は自分の浴衣をちらりと見た。
「一人で浴衣着て、お祭りではしゃいでるところ見られるの、ちょっと恥ずかしいじゃん」
「はしゃいでいたのですか?」
リリーが首を傾げる。
「……少しだけ」
「どのくらい?」
「ヨーヨー釣りを三回やるくらい」
「それ、ちょっとって言わないです!」
ディアーヌもリリーも楽しそうに笑う。
「もう!」
真衣はますます恥ずかしそうに顔を背ける。
「私、お祭りって初めてなので。真衣さんが楽しそうにしているのを見ると、なんだか安心します」
「……そっか」
真衣は少し照れながら笑った。
「じゃあ、一緒に回る?」
「ぜひっ」
「わぁ、嬉しいですわっ。色々案内してほしいですもの」
リリーはすっかり張り切っている。
「うん。せっかくだし」
こうして、三人は一緒に祭りを回ることになった。
ディアーヌの目には、夏祭りのすべてが新鮮に目に映る。
「それにしても、日本のお祭りというものは、本当に不思議です」
提灯の明かり、太鼓の音、踊りながら進む阿波踊りの演者たち、それを眺めたり屋台フードを楽しむ浴衣姿の人々、屋台から立ち上り漂う煙。
そして、祭り特有の奇妙な熱気。
異世界から来た2人にとって、そのすべてが新鮮だった。
「まずはお肉が食べたいっ!」
リリーの目が唐突に、大きな声を出す。
「お肉?それなら、焼き鳥とかかなぁ」
真衣が笑う。ディアーヌも真剣な眼差しで、美味しそうな屋台を吟味する。
あの焼き鳥と牛串は、手際や店構え、品物の見せ方、客の並びからしてどこか有名店の出店のようね。だけどーー
「肉系、しかも美味しそうなところはどこも行列ですね。リリー、適当なフランクフルトを食べるより、せっかくだから色々挑戦してみませんか?」
ディアーヌの提案に、リリーが黙り込む。
「日本の方は、余程並ぶのがお好きなようねっ」
「負け惜しみですか?」
「違いますわ!」
そう言いながらも、リリーは名残惜しそうに行列を眺めている。
そうね、妥協はしたくない。
派手でなくても、何か美味しそうなものはーー
とあたりを見回したディアーヌの鼻を、香ばしい匂いがくすぐる。
「真衣、あれはなんですか?」
「焼きとうもろこしよ。気になる?」
「ええ、とにかく、良い香り!買ってきますっ」
美味しそうな匂いを前に、躊躇している暇など無用!!
醤油を塗って焼かれたとうもろこしが、じゅうじゅうと音を立てている。
それを見ながらの待ち時間も、たまらない。
焼きとうもろこしをゲットしたディアーヌは、戦利品ーー!
とばかりに得意げに焼きとうもろこしをかかげ、しっかりとした足取りで帰ってきた。
「みんなの分、買ってきました」
「まあ!ありがたく、いただきますわ」
「ありがとう。いただきます!」
とうもろこしに、かぶりつく。
「……!」
焼いただけとは思えないほど香ばしい。
醤油の旨味がとうもろこしの甘みを引き立て、噛むほどにじゅわりと味が広がる。
「美味しいですわ!」
「焼いただけのとうもろこしが、こんな…ショウユの魔法ですね」
「確かに、久しぶりに食べたけどこんなに美味しかったっけ」
「ショウユ……恐ろしい調味料ですわ」
と、そこで、
「ちょっと、ここで待ってて」
と真衣が焼きとうもろこしをディアーヌに預けてどこかへ行ってしまった。




