第2話 千代田区の魚定食①
◎千代田区の魚定食
千代田区に降り立ったディアーヌ。次のお休みは、何を食べよう?フレンチ、お寿司、とんかつ、エスニック……そんなことを、もう何日も妄想していた。
しかし、何を食べたいかなんて、その日になってみなければわからないのだ!
そして、今朝、ふと思いついた。
(なにか、すごく美味しい、お魚が食べたい!!!)
良い魚の脂というのは、何にも代え難い格別の旨さがある。しかし、本当に美味しい魚を食べられる店というのは実はとても少ない。
ディアーヌは持ち前の嗅覚とリサーチ力と洞察力で、以前から気になっていた魚定食を出す店に足を向けたのである。
【魚定食 川鶴】(実在しません)
手書きの立て看板には、店名と共にニコニコした魚の絵がデカデカと描かれている。
ボロボロの小さな赤提灯の下、黒板にはランチメニュー。
・金目鯛の西京焼き
・すずきの木の芽味噌焼き
・マグロヘルメット照り焼き
・鯖味噌煮
・海鮮丼
・フライ盛(アジ・イカ・海老)
それとは別に貼り紙に、
《本日のオススメ!ぶり大根》
とある。うーん、どれもそそられる!!
胸を高鳴らせながら、店内に足を踏み入れる。
「いらっしゃい〜」
快活そうな小柄な女将さんと、奥には主人らしき初老の男性。カウンター席につき、改めてメニューを吟味する。
サイドメニューで山かけマグロ、鰹たたき、鯵のなめろう、マカロニサラダなどもある。
メニューを見つめる真剣な表情のディアーヌに、周りの客たちは秘かに魅了されていた。
「金目鯛の西京焼きと」
単品でアジフライ、と言いかけて、ディアーヌは口を止めた。
本日のオススメという枠の中に、フィッシュマサラなるメニューがある。
「フィッシュ……」
「フィッシュマサラ?」
マサラって、カレーよね。カレーと関係ないお店でマサラって名前を出しているあたり、何かの拘りを感じる気が。
ディアーヌはその優秀な頭脳をフルに回転させた。
つまり、ここでマサラを頼むのは、悪くない賭けと見た!
「はい!それと、ビール、お願いしますっ」
海鮮丼や日替わり定食を食べていた周りの客たちは、外国人らしからぬ粋なチョイスに、思わず歓声をあげそうになった。
この場違いな美しさと品性を持つ女性、王道と変わり種の両方を押さえつつ、平日の昼間から飲む。何にも臆することのない、最高にハッピーな女性だッ!
その麗しき外見にして侮るなかれ。
ディアーヌは日本の美味しい店を食べ歩き飲みまくる玄人呑兵衛なのである!
「はいよー、ビールは瓶でいい?」
「はい!」
「キンメにマサラー」
オーダーが通され、まずはすぐに中瓶ビールと小さなコップが運ばれた。
(中瓶ビールと小さなコップって、どうしてこんなにも趣があって、人の心を落ち着かせるのかしら)
トクトクとコップにビールを注ぐと、いつも誰かに見られているという緊張感の中で気を張らせながら過ごしているディアーヌの心が、みるみる解きほぐされていく。
料理が来る前に、ビールをゴクリ。
「っはー!!」
1ヶ月間、ほぼ休みなしで働き続けた心身に、心地よい苦味と発泡が染み渡る。
(このために、頑張ってきたんだわ!)
理不尽や根も葉もない噂、終わりのみえない事務作業にも耐えてきた、そのご褒美である。
幸福感に包まれながら、ぼんやりと宙を見つめる。その少し色っぽいようなディアーヌによって、店内全体の空気までもどこか色めく。
「はい、おまたせ〜もう、ちょっとで、カレーも出来るからね。あ、インドのチーズ、入れる?」
(チーズ!?最高かいッ)
「はい!お願いします。」
目を輝かせながら食い気味に言うディアーヌ。食を心底愉しむ様子に、女将さんも嬉しそうだ。
お盆に載せられた金目鯛の西京焼き定食。
(想像の3倍くらい大きな切り身!!)
驚くほど豪快なサイズの金目鯛は、赤い皮がパリッと香ばしく焼かれている。
なめこの赤出汁をひと口。これまた、沁みる。そして、いよいよ、金目鯛に箸をつける。
西京味噌のほんのり焦げた部分と皮目の香ばしさ、味噌と脂の甘みが口の中で溶け合う。
(ほわ〜なんて甘美な味わいなのかしら)
脂をビールで流すと、いつの間にかアルコール要員がゼロになっている。
芹と牛蒡のお浸し、筍のクリーム煮、しらすおろしと、小鉢も丁寧に作られている。
このおかず、そして西京焼きに合うのはやはり……
「すみません、日本酒お願いしたいのですが。」
実は最初から、ドリンクメニューにしれっと記載されていた《本日のおすすめ地酒》というのが気になって仕方がなかったのである。
「はいはいっ、普通の冷酒でいいかしら?」
「あの、一応、本日の地酒を教えていただけますか?」
「日本酒、好きなのねぇ、いいわね。ちょっと待ってね。」
ランチもピークを過ぎているので、余裕を持って対応してくれる。さあ、どんな日本酒があるのだろう。
「色々あるけど、今は夏酒が終わりかけで新酒もまだだし、一番季節酒が少ない時期なのよねぇ。あ、これはどうかしら。何度でも飲みたくなるお酒よ。」
どん、と置かれた一升瓶。山口県岩国の銘酒「雁木」の限定純米酒"LIGHT"だ。
「では、それで!」
お酒を待つ間、小鉢にも手をつける。芹と牛蒡は出汁の繊細な味付け。ああ、どっちにしても、お酒が必要だな。
筍のクリーム煮はどこか味噌らしきコクと香りもあり、トッピングされた山椒の葉も素晴らしい。ダメだ、酒だ。酒が欲しい!!
と、酒に飢えたディアーヌにとって、神の水が運ばれてきた。
「これね。」
グラスと下の平皿になみなみ。こぼさないよう日本酒を皿に少しこぼしてから、啜る。
「ウマーッッ!!」
瑞々しい青リンゴのような香り、フレッシュで柔らかな甘みと程よい酸味。軽やかな口当たりでついつい飲み進めてしまう。
一杯目としても飲みやすいし、且つ飲み飽きない。
「どう?お酒。」
「最高です!」
女将さんはニッと笑って、
「でしょ?」
と親指を立てた。




