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信じていた仲間に処分された俺、禁忌スキル《奪還の王》で最強になる ~奪われた力も居場所も、今度は全部取り戻す~  作者: 夜天 颯
第三章 帰る者

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66. 名を奪うこと

林の中で少し休んだあとも、奏真の中の空白はすぐには消えなかった。


 怒りがないわけじゃない。

 許せない気持ちも、たしかにある。


 でもその全部の前に、胸の中を冷たくしているものがあった。


 名前だ。


 奈落へ落とされたこと。

 死にかけたこと。

 それだけでも十分だったはずなのに、地上ではさらに“どういう人間だったか”まで勝手に決められていた。


 危険な禁忌持ち。

 勇者を裏切ろうとした存在。

 処分されても仕方ない人間。


 あれは、死んだことより重いかもしれないと奏真は思った。


 木にもたれたまま、ぼんやり前を見る。


 セレスは少し離れたところに座っていた。

 ノアは相変わらず警戒を続けている。


 その静けさの中で、セレスがふいに口を開いた。


「……名前を悪く塗られるの、嫌」


 奏真はゆっくり顔を上げた。


 セレスは視線を地面に落としたままだった。

 けれど、その声は小さいのに妙にまっすぐだった。


「お前も、そういうことあったのか」

「少し、似てる」

「似てる?」

「わたし、長く使われてた」


 その言葉の重さに、奏真は何も返せなかった。


 封じられていた。

 つながれていた。

 何かを流すために使われていた。


 それは聞いていた。けれど、今のセレスの口ぶりは、もっと深いところの話をしている気がした。


「名前を呼ばれない時間が長いと」

 セレスはゆっくり言葉をつなぐ。

「だんだん、自分が何だったかわからなくなる」

「……」


「使う側にとって便利な呼び方だけが残る」

 セレスはそこで少しだけ息を止めた。

「器とか、核とか、接続とか。そういうの」


 奏真は目を細める。


 人じゃなくなる。

 名前じゃなく、役割だけになる。


 それは、地上で自分がされたことと、たしかにどこかつながっていた。


 九条奏真じゃない。

 危険指定対象。

 禁忌持ち。

 勇者に反逆した存在。


 あの紙に書かれていたのは、もう自分の名前じゃなかった。


「……似てるな」

 奏真が低く言うと、セレスは小さくうなずいた。


「うん。少し、似てる」

「少しじゃない気もするけどな」

「全部同じじゃない」

「それもそうだ」


 奏真は膝に置いた手を見た。


 落とされたこと。

 奈落で生き残ったこと。

 封じられていたセレスを助けたこと。

 それら全部が、ちゃんと自分の中にある。


 なのに地上では、もっと雑に、都合よく作り変えられていた。


「名前を奪うのって」

 セレスが小さく続ける。

「たぶん、消すのと少し似てる」

「……ああ」

「でも、完全には消えない」

「そう思うのか」

「だって、今ここにいる」


 その一言が、妙に強く胸へ残った。


 消されたわけじゃない。

 勝手に塗り替えられただけだ。

 だったら、返せるかもしれない。


 すぐにそう思えたわけじゃない。

 でも少なくとも、ただ空っぽになるだけでは終わらない気がした。


 セレスが、ようやくこちらを見る。


「奏真」

「ん?」

「名前、呼んでもいい?」


 何を当たり前のことを、と言いかけて、止まる。


 当たり前じゃなかったのかもしれない。

 セレスにとっても。

 今の自分にとっても。


「ああ」

 奏真は短く答えた。

「呼べよ」


 セレスはほんの一瞬だけ黙って、それから静かに言った。


「……奏真」


 たったそれだけだった。


 なのに、胸の奥にあった空白の形が、少しだけ変わる。


 名前を呼ばれる。

 当たり前みたいなことが、今は妙に重かった。


「ありがとう」

 とっさにそう返して、自分でも少し驚く。

「どうして?」

 セレスが首をかしげる。

「いや……何となく」

「変」

「うるさい」


 セレスが少しだけ笑う。


 その笑いを見て、奏真もほんの少しだけ肩の力を抜いた。


 ノアが横から静かに口を開く。


『精神安定傾向を確認』

「お前はほんと、こういう時に一言余計なんだよ」

『事実です』

「知ってる」


 それでも、今はその報告も悪くなかった。


 名前を呼ばれるだけで、少しだけ自分が残っている気がした。

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