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第20話 残された者たちの夜

 『赤月の儀』の名に違わず、グラディアの夜空に浮かぶ月は、端から徐々に真紅へと侵食されていた。

 やがて完全に染まり切ると、空一面が不気味な赤色に覆われた。


 ただの月食にしては異常なほど、空全体が赤い。

 五十年に一度という希少性を誇示するかのように、まばゆく、そして禍々しく赤に煌めいていた


「集まってんな……魔力」


 これほどの規模になって、ようやく空に薄いもやがかかっているのが見えた。レヴィはこうなる前から予兆を探知していたのだ。改めて彼女の感知能力の高さを思い知る。


 そんなことを考えながら、将斗は風通しが良くなりすぎた王城の屋根に座り込んでいた。玉座の間は瓦礫やガラスが散乱し、爆撃を受けたかのような惨状だ。

 ここが屋根だと言われても信じられるほど、空が近い。


 吹き抜けと化した壁際から視線を落とすと、眼下に街が広がっていた。夜だというのに往来が激しい。松明や魔法の明かりだろうか、小さな光の粒が街の端から中央へと川のように流れている。

 儀式に合わせて、祭事が行われているのだろう。

 遠くから微かに聞こえる喧騒と、瞬く光。ここにある死闘の跡とは無縁の、平和な営みがそこにはあった。


「行ってみてぇ……」


 そう試しに呟いてみた。

 この世界に来たばかりの頃なら、その言葉通り好奇心に任せて飛び出していっただろう。

 けれど言葉にしてみても、心は冷えていて動かず、微塵もそんな気になれなかった。


「……」


 振り返ると、先刻までの激戦の爪痕がそこにある。

 広間の端から中央にかけ、巨大な氷塊が連なっている。

 その氷に、二つの人影が閉じ込められていた。


 片方はレヴィだ。長い黒髪に紫のドレス。減らず口を叩いていた口は閉じられ、その秀麗な顔は眠るように穏やかだ。美しく、凍りついている。  

 じっと見続けていれば、今にもパッと目を開いて「何見てんの?」と怒り出すんじゃないか。そう期待しても、微動だにしないその体からは、魂が遥か遠くへ逝ってしまったような喪失感しか感じられなかった

 

 もう片方は雄矢。虚しくも抗おうと手を伸ばした姿勢のまま固まっている。こんな奴はどうでもいい。じっと見る価値もない。

 

 将斗の近くにはグレンが寝かされていた。

 瓦礫の上でうつ伏せのまま放っておくのは心が痛むので、比較的綺麗な場所へ引きずってきたのだ。息はあるが、目覚める気配はない。連れてくる間に何度も呼びかけたが、反応はなかった。

 

 その反対側には、水色の髪の少女が横たわっている。

 胴体を斜めに両断され、見るに耐えない姿だった。

 将斗はなんとか直視しないように二つになった体を並べ、近くに落ちていた斜めに切られた布を被せておいた。


 彼女は何者か。昔の話の中で特徴が一致したのはルナだったが、なぜここにいるのか。彼女は二年前に死んだはずだ。

 思い当たるのは、下の階にいた騎士たちだ。死体となった状態で操られ、将斗たちを出迎えた。彼女もまた、遺体を魔法で操られたのだろうか。


 しかし、少女の体は妙に状態が良かった。

 両断されているとはいえ、腐敗の跡がない。下にいた騎士たちの遺体は、腐敗が進んでいる者もいた。

 二年前の遺体が、今日までこれほど綺麗に残っているものだろうか。


「やっぱり邪魔してきたのは、この子だよな」


 将斗は首を傾げながら、布の下の膨らみを見た。

 雄矢から魔法を撃たれた時、将斗に抱きついて逃走を妨害してきた透明な人間がいた。彼女の小柄な体格は、その人物と一致する。


 あの時の感触は、温かく、柔らかかった。確実に生きている人間のものだった。死体が動いていたとは考えづらい。


「はぁ……」


 考えてもしょうがない。

 答えを持っているはずの雄矢は、永久の沈黙の中にいる。


 将斗は膝を抱えて座り込み、黒と赤に染まった空を見上げた。この世界にも星はあって、不気味な赤色の向こうで変わらず明滅している。


 ぼおっとしていた。

 これからどうすればいいのか、思考がまとまらない。

 レヴィが完全に凍りついたあの瞬間から、心の中が空っぽになった気がした。 その穴を埋めるようにグレンを運んだり、ルナと思わしき少女を弔ったり、街を眺めたりした。

 それでも心のどこかが欠けたような喪失感は消えない。

 その欠片が胸に刺さった杭のように、体を重くしていた。


「俺は……普通の異世界生活がしたかったのにな……」


 将斗はポツリと呟いた。

 腕や足にできた火傷や、強打した背中がジンジンと痛む。


「どうすっかな……」


 もはや何も考える気になれず、空を眺め続けた。

 一人暮らしのアパートの天井が、異世界の夜空に変わっただけで、結局俺は何一つ手に入れられなかった気がした。


「……きれ〜」

「でしょう?」


 隣から声がした。

 見ると、被っていた布をのけて、水色の髪の少女が上半身を起こして空を見ていた。


「グラディアの夜空は綺麗と有名なんです」


 目の前の光景に、将斗は思考が停止した。

 少女はそれに気づくと、申し訳なさそうな顔をして言った。


「あの……できれば驚かないでいただきたいのですが……」


 上目遣いにおそるおそる問いかけてくる。

 将斗は欠けた心すら満たすほど大きく息を吸い込んで――


「無理そうですね……」

「――うわあああああああああああああああああああ!」


 絶叫した。



******************************



「驚かしてしまい、申し訳ございません」

「いえ、俺の方こそ叫んじゃってすいませんでした」

 

 将斗は少女と互いにペコペコと頭を下げ合っていた。


 ゾンビや幽霊の類と思った将斗を彼女が落ち着かせるまで、相応の時間が経ったようだ。夜空は黒色に戻り、月も禍々しい赤色が引いて、元の静かな金色を取り戻し始めていた。


「……あの。もしかしてルナさん、ですか?」

「はい。私がルナです。グレンがお世話になっております」

「俺は渡将斗って言います。むしろ俺がお世話してもらってました……」


 予想の通り、彼女はルナだった。

 おかしい。

 昔の話では、風の刃に斬られて死んでしまったはずだ。さらには先ほども、胴体が真っ二つになっていた。

 しかしこうして平然と、傷一つなく座って話している。この状況は全く理解ができない。将斗は可愛い少女との会話にテンパりつつも、核心を聞かねばならない。


「……その……すっごく言いづらいんですけど」

「はい?」

「なんで生きてるんですか?」


 もっと違う聞き方があっただろ。とは思いつつ反応を見た。

 ルナは少し俯いた。表情は見えなかったが、逡巡している様子だ。やがて意を決したように顔を上げると、彼女は言った。 


「グレンには、まだ内緒にしていただけますか?」

「いいですよ」

「私、実は不死身なんですね」


 将斗は、驚くこともなく、妙に納得してしまった。

 それが理由であれば、全ての辻褄が合うからだ。

 

 驚けなかったのは、ここが異世界だから「そういうこともあるだろう」という諦めに似た受容があったからかもしれない。

 将斗はどこか、この非日常に慣れ始めている自分に、少し寂しさを覚えた。


「そうなんですね。だから――」

「驚かないんですか?」

「え、いやまぁそういう方もいるんだなって」

「そうですか……」


 ルナは少し寂しそうな表情をした。


「グレンもそう言ってくれればいいんですが……」

「何か言えない理由が?」

「……私は『魔力がある限り、傷が回復し続ける』というスキルと、『傷を負うと魔力が回復する』というスキルを持っています。この二つは先ほどのような致命傷すら治してしまうほど、皮肉なほどに相性のいいスキルでした」

 

 ルナは両手を合わせ握るようにして、わずかに震わせながら続けた。


「この世界には不死者アンデットと呼ばれる、不死のスキルを持った魔物がいます。少し昔、生まれ育った村の方々に私の死なない姿を見られ、それから魔物だなんだと気味悪がられるようになりました」

「……同じことになるかもしれないから、言えないんですね」

「はい。それに、スキルは一つ持っていれば奇跡と呼ばれるこの世界ですから、二つもスキルを持っているなんて、誰も信じてくれません」


 ルナは、未だ眠り続けているグレンの方を見た。その瞳には深い愛情と、それ以上の恐怖が宿っていた。


「もし彼に嫌われたらと思うと怖くて、私は彼に真実を打ち明ける機会を作れずにいました。そしてそのまま、あの二年前の日が訪れてしまったのです」

「……その後はずっと雄矢の下にいたんですね」

「はい」


 ルナは背後で凍りつく雄矢を一瞥し、服の端を強く握りしめた。


「あの男には、私の体を差し出す代わりに、自分からグレン達に手を出さないよう契約を交わしておりました」


 寒気がした。

 あの男に、体を自由に差し出していたと言うのだ。二年の間ずっと。


「大丈……いや、その――」


 大丈夫だったかなどと聞くのは、彼女の傷口を抉るようなものだ。咄嗟に口を噤んだ。掛ける言葉が見当たらず、将斗は口ごもる。


「すみません、こんな話をしてしまって。心配することありません。弄ばれたということはありませんでしたから」

「なら、よかった……あいつはちゃんと約束を守ってくれてたんですか?」

「はい。言う通りにしていたら、グレン達が何か準備しているのを知っても、自ら赴くことはありませんでした」

「そんな面もあるんですね、あいつ」


 将斗は凍っている雄矢を見た。

 約束を守るような律儀な男とは思えなかったが、まだ自分たちが知らない面もあるようだ。


「でも、大変でした」ルナがポツりと漏らした。

「例えば、どんな?」


 弄ばれなかったと言う言葉で、将斗はすっかり油断していた。


「彼は魔法を試すのが好きだったので、的になっていました」

「……え」

「不死身でも痛いものは痛かったんですが……慣れちゃいましたね」


 彼女は自嘲気味に微笑みながら、そう言った。

 聞くべきではなかったと反省した。


「最低……ですね」


 その程度の慰めの言葉しか言えなかった。

 

 彼女の貢献は、今回の勝利に大きく繋がっていた。

 雄矢が全て知った上で先手を打ってこなかったのは、彼女の献身あってのことだったのだ。

 準備を終える前に襲撃を受けていれば、今頃将斗は一人で彼に立ち向かうことになっていただろう。


 しかしそれ実現するだけの彼女の苦労はどれほどのものだったのか。

 痛みに慣れてしまったと言った彼女の言葉が、将斗の心に重くのし掛かる。


「でも、逃げようとは思いませんでした」

「それは、どうして?」

「グレン達がきっと、どうにかしてくれるって信じてたから」


 彼女の心の強さに、将斗は心打たれた。

 信じて待ち続けていたのだ。何度身を焼かれ、切り裂かれようとも。


「終わってよかったです。レヴィは……残念ですが」

「そう……ですね」


 ルナは目を伏せた。

 

 部屋が静まった。

 雄矢には勝利した。喜ぶべきだが、誰かの犠牲の上の勝利であるためか、両手をあげて喜ぶような気分にはなれない。

 ルナも同じようで、ずっとレヴィの方を見ていた。


「でも、生きててよかったです。グレンなら喜んでくれると思いますよ」

「そうでしょうね。でも、私の不死について説明しないといけません」

「信じてくれそうじゃないですか?」

「私も、そう思います。でも、やっぱりもしものことを考えると怖いんです」


 ルナは、ゆっくりとグレンの頭を撫でた。


「自分を曝け出すのは、怖いことなんです」


 

******************************



 ルナはグレンに打ち明ける決心をするため、そして切り裂かれた服を着替えに行くため、下の階の自室に向かって出て行った。

 将斗は彼女を階段まで見送ると、部屋に戻った。


 そのままグレンの隣に座って、空を見て時間を過ごしていた。

 何もする気は起きず、戦いの疲れもあったからか、いつの間にか将斗は微睡まどろんでいた。


「――将斗!」


 体を激しく揺さぶられ、将斗はパッと目を開いた。

 グレンが起きて、鬼のような形相で呼びかけてきていた。


「説明しろ! 何が起きたんだ」

「……終わったんだよ」


 将斗は立ち上がると手櫛で寝癖を直し、痛む体を伸ばした。

 引っ張られた火傷の跡が悲鳴を上げ、途中でやめた。


「なんでレヴィが凍ってるんだ。何が起きたんだ!」

「それは――」


 将斗は、彼女が『氷獄コキュートス』を使用したことを話した。

 グレンは目を見開き、愕然としていた。


「いつだったか彼女に、そんな魔法があると聞いたことがある。だけど、そんな……まさか」


 グレンは未だ信じられないという風に、首を振り続けている。


「その魔法は詠唱が長く、使えたものじゃないと言っていた。詠唱を短縮したのか? だがそれなら性能が落ちるはずだ」

「時間は……俺が稼いだ」


 グレンが弾かれたように振り向いた。

 目を丸くして、理解できないといった表情で。


「今、なんて言った」

「俺が詠唱の時間を稼いだ。だから発動でき――」


 その瞬間、体が浮くような感覚。

 直後、背中から壁に叩きつけられた。

 肺の空気が強制的に漏れ出し、痛みに顔が引き攣る。


 将斗は背中から伝わってくる冷たさに、氷塊に叩きつけられたのだと理解した。

 目の前には、胸ぐらを掴んでこちらを睨みつけてくるグレンがいた。


「なんでそんなことを」

「レヴィに頼まれてたんだよ」

「なんでそんなことをした!」


 グレンの怒声に合わせ、彼の手が喉元を圧迫し始める。

 苦しさに将斗はその手を掴んで緩ませようとするがビクともしない。

 解くことはできないが、なんとか気道は確保し、呼吸を行う。


「言われてたんだよ。スキル奪うの失敗して、どうしようもなくなったら合図を出すって。そしたら時間を稼いでくれって」

「レヴィが命を代償にするのは知っていたのか?!」

「……知ってたよ。お願いされた時に一緒に聞いた」

「だったらなんで!」


 グレンが一度体を引き寄せて、再び氷に将斗の体を叩きつける。

 鈍い痛みが後頭部や、背中に走る。いいかげん、将斗も耐えていられなくなった。


「離せよ」

「なんで止めなかった!」

「止めてどうにかなったのかよ!」


 将斗はグレンに負けじと声を張る。

 そのまま殴るように腕を振り、彼の手を振り解いた。


「あの状況じゃどうしようもなかったんだよ! こうする以外に方法はなかった!」


 右頬に衝撃が走った。殴られたのだ。

 よろめきながら、背中の氷にもたれかかって体勢を直す。


 口の中に鉄の味が広がっていく。切れたらしい。

 将斗はグレンを睨み返してやった。何も知らないで、よくこんなことができる。


「だからってレヴィを見殺しにしたのか! この手しかないからって、それでいいと? よくそんな平気いられるな!」

「平気だと? 平気なわけねぇだろ!」


 この世界で初めて話した人。

 この世界で初めて魔法を教えてくれた人。

 自分の力を必要としてくれて、自分を信じてくれた人。

 

 久しぶりに友達と呼べる人ができた気がしていた。 


 だが、もう二度と話すことができない。

 そんな結末を知っていて平気なわけがあるか。


「雄矢を育てたのは自分だからって、レヴィは責任を感じてた! ケジメは自分でつけるってだから――」

「だから言う通りにした? こんなの勝ったって言えるのか! 誰かの犠牲にした勝利なんて俺は――!」


 何かが切れた気がした。

 気づけばグレンを殴っていた。

 

 拳がひどく痛む。

 力の差は歴然で、グレンは首を少し回す程度でよろけることすらなかった。唇の端から血を流す程度で、効いている様子はない。


 将斗は唇を噛んだ。

 ここまで強くて、なんで呑気に寝てたんだよ。


「ふざけんなよ、綺麗事ばかり並べやがって」将斗はそう吐き捨てた。


「レヴィの覚悟が無駄だって言いたいのかてめぇは!」

「他の方法があっただろって言っているんだ!」

「ああ?! 言ってみろよ、何があんだよ! どうしたらレヴィがこうしなくて済んだんだよ!?」


 将斗のその問いに、グレンは睨み返してくるだけで答えない。

 答えられるわけがない。この手以外なかったんだから。


「ないだろ? 俺だって思いつけなかった。あの時一番的確な指示が出せんのはレヴィしかいなかった」


 あの時、彼女に「行ける?」と聞かれた瞬間、それ以外無いのだと将斗は理解した。

 だから確実に決められるよう、できる限り時間を稼いだ。


「この国のためには『赤月の儀』の前に雄矢を倒す必要があった。これしか、方法はなかったんだよ」

「……この国のためだと?」


 黙って聞いていたグレンが、低い声で口を開く。

 

「外から来た部外者が、この国のためだと?! 思ってもない癖によくそんなことが言えるな! 口先だけで、心の底では何とも思ってないんだろ! お前も雄矢と同じで、他人なんか何とも思っちゃいないんだ!」

「……お前、そんなこと思ってたのか」

「パンチだなんだとヘラヘラしていたのは、最初から、『切り札』があると知っていたからだろ! いざとなったらレヴィを犠牲にして、自分だけ助かればいいと思ってたんだろ!」


 グレンが再度、殴ってきた。

 見えてはいた。

 だが力が抜けたような感覚があり、受け身すら取らず将斗は殴られた。

 うつ伏せになった将斗に投げつけるように、グレンは続けた。 


「みんな必死に生きてるんだよ! 何が異世界転生だ、ふざけるな! 作り物扱いしやがって。ここが俺たちにとっての『世界』なんだよ。異世界なのはお前らだ! 俺たちの命はお前らの勇者ごっこのためにあるんじゃないんだよ!」


 口調が変わっている。

 いつだって丁寧な口調だった彼だ。それほどまで怒りに染まっているのだろう。

 

「もうさっさと出ていけよ! 神とやらに迎えに来てもらって、平気な顔して日常に戻ればいいだろうが!」

「戻れねぇよ」

 

 将斗は氷の壁を背もたれに、ゆっくりと上体を起こした。


「俺は消される」


 将斗はため息をついて、空を見上げた。

 右頬が外も内側も切れていて、言葉を発するたびに激痛が走る。


「スキルを回収してないからな」

「……何だと?」

「相手の体に触んなきゃスキルは奪えないのに、氷が分厚いから無理なんだよ」


 グレンはさっきの勢いはどこへやら、呆然としていた。

 

「俺は神様のお願いを果たせなかった。だから明日?明後日?迎えに来た時に俺は消される。そう言う約束だからな」

「レヴィは知っていたのか、知っていてお前に」

「そんなわけあるか」


 将斗は立ち上がった。

 氷に手をついて、支えにした。


「魔法が発動した後、完全に凍るまでに猶予があるんだってさ。その間に奪えって言ってくれたよ」

「だったら何で」

「俺のせいでこうなったんだ。責任くらい取る」


 グレンの表情は、怒っているというより、憐れむような表情だった。

 今にも泣きそうな感じで、将斗を見ていた。


「だってお前は、命を賭ける覚悟はないって言ってたじゃないか」

「ないよ。ないけど……このまま帰るのは俺が納得できない。欲しいものだけもらって帰るなんて、俺にはできなかった」


 『回収』残り一回。使うことはできた。

 『超強化』も『浮遊フロート』もあった。即座に近づいてスキルを奪う猶予くらいあった。

 でも、できなかった。将斗にはその選択肢を選び取ることはできなかった。

 

 何も言わずにいるグレン。

 彼のレヴィを失いたくなかったと言う痛切な気持ちが伝わってくる。


「俺だって、他の方法がなかったかって今でも思うよ」


 将斗は今の気持ちを言葉にした。

 本当はグレンの同じことを思っている。


「あの時はこれしかないって分かってたのに。誰かを失うってのがこんなに辛いってのを知ったら……何かできたんじゃないかって思うことはあるよ」

「っ…………」

「そもそも、俺が最初にスキルを奪えればよかったんだよな。そういうの含めて、ちゃんと責任取るよ」


 それ以上語るつもりはなかった。


「違う……」


 顔を下げたグレンの足元に、雫が落ちて染みを作っていたからだ。 


「違うんだよ……俺のせいなんだよ」


 彼は膝を付いた。


「俺だけ……何もできなかったんじゃないか……」

 

 彼の慟哭だけが、赤月の去った広間に響いていた。

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