第93話 見えない切断
「消えてる」
ユーリの声は小さかった。
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港の裏側。
再開した取引所の影。
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「ここ」
彼女は帳簿を指す。
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「昨日、成立予定だった契約です」
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アーネストが覗き込む。
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記録がある。
契約もある。
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だが
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「履行がない」
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「痕跡もない」
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沈黙。
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「切られてる」
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アーネストは呟く。
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ユーリが言う。
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「でも公式には」
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「全部処理済みです」
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矛盾。
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処理されているのに
存在しない。
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「他は?」
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ユーリが紙をめくる。
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「同様のケース、七件」
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「全部中規模以上」
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沈黙。
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「やっぱりだ」
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アーネストは立ち上がる。
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「見えない順番」
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港。
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中央決済の窓口は混雑している。
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「次!」
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次々と処理される。
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速い。
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だがその裏で
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「後回し」
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その印がついた帳簿が
別の箱に積まれている。
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誰も見ない場所。
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「これらは?」
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ユーリが小声で聞く。
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担当官が答える。
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「優先外です」
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「後日処理」
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「……いつ?」
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「未定」
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沈黙。
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アーネストは箱を開ける。
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帳簿の山。
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その中に
さっきの契約がある。
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「ここにある」
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ユーリが息を呑む。
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「でも…処理済みって…」
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「処理してない」
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「処理したことにしてる」
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静寂。
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中央は止めない。
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ただ
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「見えない場所に送る」
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それだけだ。
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分散連合本部。
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リゼットが振り向く。
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「証拠は?」
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アーネストは帳簿を置く。
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「これだ」
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沈黙。
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リゼットがページをめくる。
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止まる。
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もう一枚。
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さらにもう一枚。
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彼女の表情が変わる。
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「……これ」
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「全部、後回し」
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アーネストは言う。
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「中央は止めない」
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「ただ見えなくする」
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沈黙。
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ユーリが言う。
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「だから回ってるように見える」
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マルクが低く言う。
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「だが実際は溜まってる」
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リゼットが静かに言う。
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「……嘘ね」
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否定ではない。
理解だった。
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「嘘じゃない」
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アーネストは答える。
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「構造だ」
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沈黙。
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リゼットは帳簿を閉じる。
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「それでも」
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彼女は言う。
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「助かってる人がいる」
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「事実よ」
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アーネストは頷く。
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「その代わりに沈んでる人もいる」
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静寂。
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リゼットが目を閉じる。
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「見えなかった」
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小さな声。
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「見せてなかった」
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アーネストは言う。
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「中央は見せない」
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「分散は見える」
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沈黙。
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どちらが正しいか。
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もう簡単には言えない。
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リゼットは顔を上げる。
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「……どうするの」
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初めての問い。
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対立ではない。
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選択。
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アーネストは答える。
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「全部見せる」
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ユーリが息を呑む。
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「それは…」
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「パニックになります」
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「なる」
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アーネストは言う。
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「でも」
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「嘘の安定は続かない」
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窓の外。
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港は動いている。
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だがその裏で
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止まっている。
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積み上がっている。
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見えない崩壊。
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リゼットが呟く。
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「選ぶしかない」
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中央か。
分散か。
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その時。
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ユーリが言う。
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「報告です」
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空気が変わる。
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「外洋帝国が動きました」
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沈黙。
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アーネストが振り向く。
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「何をした」
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ユーリは答える。
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「軍事保証を拡大」
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「未処理契約を引き受けています」
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空気が凍る。
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マルクが呟く。
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「第三の順番だ」
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中央でもない。
分散でもない。
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「力で救う」
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港の外。
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外洋の戦艦が動く。
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ゆっくりと。
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だが確実に。
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市場へ。
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三つの制度が
衝突する。
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本当の戦いが
始まる。
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