#011 Mr.Taylor
高円寺駅の構内を出るとすぐに、南に延びる大通りが一行を出迎えた。
渥美曰く、この通りの東西に無数の古着屋が点在しているという。
古着で有名なその街は、確かにどこか枯れたような乾いた空気に包まれており、ここに来るまでに幸裂が感じていた帝都の様子とは異質な気配がした。
「ほんじゃさっそく行きましょか」
「アタシの装備秋葉で揃えんだけど? なんだわざわざ高円寺? 上野とかでよかったじゃん?」
上機嫌で口笛を吹く渥美に、稲川が舌打ちして悪態を吐く。
それを聞いた渥美は急に深刻な表情を浮かべて立ち止まり、稲川の方に振り返った。
その目には僅かだが悲し気な光が揺れている。
その真剣な眼差しに怯んだのか、稲川も心なしか顔を強張らせて渥美の言葉を待っていた。
「すまん。言うてなかったな……実は……」
渥美は俯き拳を握りしめると、それを高く掲げて叫び声をあげる。
「めっちゃ行きたかった店がここにあんねん……!」
「お前マジで死ねよ⁉」
稲川は渥美の脛に蹴りを入れながら叫んだ。
「アホ! 今回のはヤバい任務やねんで⁉ マジで死ぬかもしれんのに、心の残りあったら死に切れんやろ⁉」
「てめえの心残りなんざ知るかよ! あとでけえ声で任務とか言うなし……!」
「イナちゃんも落ち着いて? ね? 余計に目立つから……」
掴みかかりそうな勢いの稲川の服を掴んで、恥ずかしさに顔を赤らめた七倉が必死に止めようと踏ん張っている。
見ていられなくなった幸裂は、余計火に油を注ぐことになるかもしれないと思いつつも、二人の間に割って入りこう提案した。
「俺の服は渥美さんの行きたい店で全部揃えます! それが済んだらすぐに稲川さんの装備を揃えに行きましょう。これ以上ここで時間を食うのは得策じゃない」
「せやで! 幸裂はんの言う通りや!」
「うるせえデカブツ! お前も新入りのくせに仕切ってんじゃねえよ!」
二人はその後も好き勝手に何かを言っていたが、結局幸裂の案が採用されることになりその場は収まった。
「幸裂さんのおかげで助かりました」
稲川の目を盗んで七倉がこっそり幸裂に告げる。
「いや……元はと言えば俺が原因みたいなものだし。このチームはいつもこんな感じなのか?」
「ちょうど一年位前に結成されたんですけど、ずっとこんな感じです。最初はわたしと鳥居さんの二人だったんです。それが二年前」
幸裂はなるほどと頷きながら、前を歩く渥美と稲川の背中を見て思う。
一年間あんな調子でやっているなら、あれが二人にとっては普通なのだろう、と。
そんなことを考えていると、突然渥美が小走りに路地裏へと向かい手招きして言った。
「あった! あったで! ここがそうや!」
大通りから内に入り、そこからさらに細い路地に迷い込むと『Mr.Taylor』と書かれたブリキの看板が目についた。
「マジもんの昭和初期のテーラードジャケットとか置いてんねん。熱すぎやろ⁉」
さっきの言葉の手前、幸裂はテーラードジャケット専門ではないことを祈りながらドアをくぐった。
そんな幸裂の心配は杞憂だったらしく、小さな店の中には様々な年代の多様なジャンルの服が所狭しと並んでいる。
安堵の顔が稲川にバレていたらしく、女はニヤニヤ笑いながら幸裂に言った。
「あいつとお揃いにならずに済んでよかったな」
「アホ! まだ選んでないねんからわからんやろ⁉」
「お揃いは無しで」
「え……?」と固まる渥美を残し、幸裂はそれ以上何も言わずに服を探し始めた。
動きやすく機能的で周囲に馴染む服。できるだけ暗い色がいい。
そんなことを考えながら探してみるも、何処に何が置いてあるのかも分からず見当が付かない。
そんな中、ふと視線を上げて見ると、あれだけ文句を言っていた稲川も服を物色していた。
七倉も雑貨の置かれた棚を目を輝かせて眺めている。
そんな様子を見ながら、渥美は口元に薄っすらと満足そうな笑みを浮かべていたが、幸裂の視線に気づくと照れくさそうに頭を掻きながら近づいて耳打ちした。
「恥ずいとこ見られてもうたな。どや? ええ服あったか?」
優しい人なんだなと幸裂は思う。
それから素直に自分の求める服のイメージを伝えることにした。
「肌が露出しないように羽織れる服がいいんだ。それと足首も閉まってると助かる」
「それやったらこういうのはどうや?」
渥美は服の森の中から黒のパラシュートパンツとフライトジャケットを見繕ってきて掲げて見せた。
「元々軍服やから機能性は問題ないやろ? あとは好みの問題やけどな」
「ありがとう。着てみるよ」
黒の上下を身に纏った幸裂が試着室から現れると、三人の視線がそこに集中した。
思ったより様になっていたのか稲川は何も言わず、七倉は小さく両手を叩いて「わあ」と声を上げる。
「反応も上々! それでいっとこ!」
結局四人ともが思い思いの買い物を済ませ、一行は古着屋をあとにした。




