#012 族長解放戦線
それから向かった秋葉での物資調達は酷いものだった。
稲川は次々と怪しい路地裏に入り込むと、とても店には見えない粗末なドアをくぐり抜け、片っ端から持ち主不明の携帯電話を購入していく。
十件ほど回った頃には、稲川のリュックは違法携帯で満杯になっていた。
「まあこんなもんだろ……」
重たそうにリュックを揺らして稲川がつぶやく。
それが恐らく稲川の呪いと関係する何かであることは間違いない。
だから幸裂は何も尋ねなかったし、渥美や七倉も何一つ語りはしなかった。
先ほどまでの乾いた軽い空気が、重たく湿ったものに変わっていく。
夏の夕暮れと人混みの熱気がそれに拍車をかけ、人々の背負う怨念じみた何かがそこに溶け出していた。
この世界は病んでいると少年は思う。
表面上は平和になったはずの世界が、どうしてこうも陰気で忌まわしい空気を放っているのかはわからない。
ただ確かなのは、人が群がる場所では呪いの気配が濃いという事実だけで、それは呪いの元凶が人であることを間接的に示していた。
代理戦争が終わればこの厭な空気も少しはマシになるのだろうかと、少年がぼんやりと考えているうちに、一行は約束の場所に辿り着き鳥居と合流する。
「準備は出来たようだな」
鳥居は幸裂を一瞥してそう言うと、駅のホームに向かって歩き出し、野良組の面々もその後に従った。
血のように赤い夕焼けが西の空に広がり、一行が向かう先には墨汁を広げたような闇が重く垂れこめていた。
*
【茨城県某所】
迷彩柄の軍服を着た一人の男が人の気配が無いスラム街の路地を駆けている。
その顔にはべったりと恐怖と焦りが張り付き、服の胸元や脇には流れた汗が大きな黒い染みを作っていた。
「何だこれ何だこれ何だこれ……どうなってやがるチキショウが……」
反乱組織解体の為に送り込まれたこの男の部隊はすでに壊滅している。
男の名は佐藤雄二階級は二等陸曹。
ただ一人残ったこの男は、なぜか人の気配が無いスラムを脱出すべく闇雲に駆けていた。
それだというのに、思ったように道は続いていない。南に向かうつもりが、建物や何か良からぬ気配に阻まれて、いつしか佐藤は西に向かっていた。
「なんで人がいねえんだよ⁉ どうなってんだよ⁉」
瓦礫とフェンスで行き止まりになった袋小路で、佐藤はヘルメットを脱いで地面に叩きつける。
その時転がったヘルメットの先にあったドアが「きぃぃぃ……」と軋みを上げながらゆっくりと開いた。
佐藤は咄嗟に自動小銃をそちらに向けて叫んだが、扉の中からは何の気配も応答もなかった。
「誰もいないのか……?」
銃口の下にライトを取り付け、佐藤は暗がりを覗き込む。
どうやらそこは何かの倉庫らしく、がらんとした空間が広がっていた。
「くそ……人でもいりゃまだマシなのによぉ……」
悪態をついた佐藤の目に棚に積まれた食料物資が飛び込んできた。
しばらくぶりの食事に、佐藤の腹の虫が悲鳴をあげる。
「とにかく、まずは食いもんだ……」
男がそう思い部屋に入った時だった。
周囲から目の眩む閃光が浴びせかけられ佐藤は地面に跪く。
「自衛軍だな?」
女の声が響き渡った。
佐藤は何が起こったのか理解できず、目を片手で覆いながら敵の姿を探すが見つけられない。
「何も答えなくていい。目を見ればわかる。私たちをゴミだと思ってる糞野郎の目を見ればな」
「お前が族長解放戦線の首謀者か⁉」
佐藤は叫びながら立ち上がると、声が聞こえた方に向かって出鱈目に銃を乱射した。
やがて弾が尽きると、光の向こうからまたしても女の声が響く。
「まともに話し合うことも出来ない虫けらみたいだな……お前に価値が無いことがよくわかったよ。やれ」
女の合図で一斉に銃声が響き渡る。
四方八方から打ち抜かれ、男は血だまりの中に崩れ落ちた。
女は男が動かないのを確認してから部下に指示を出す。
「片づけておけ。国のやり方はよく分かった。計画を実行に移すぞ。奴らに連絡しろ」




