序章
私は思った。かの有名な部長のカツラがどうにか風で飛ばされないかと。
そうすれば、この胸のざわめきが少しでも収まるというのに。
しかし、現実は甘くはない。
どんなに私が願おうと、部長は病気で入院したりしないし、社長に怒られるわけでもないし、カツラが飛んでったりするわけではない。
毎日毎日、仕事を押し付け、セクハラし、手柄を横取りしていくのである。
そんな部長もそれを許す社長も、見て見ぬふりしている同期や先輩も、みんなみんな呪われてしまえ!
そんな事を日日を過ごしたのが悪かったのだろう。
だからって現実に穴に落ちるとは思わなかった。
底なし穴に落ちたと思ったら、落下ダメージを受けずに、ステンドグラスが眩しい教会へと座り込んでいた。
「あなたは少し、心を休めないといけませんね」
そういって舞い降りた女神様。
自己紹介されてなくてもわかる。彼女は女神様だ。
それほど神々しく美しく、眩しかった。
いや、眩しすぎてシルエットくらいしかわかんないな。
「心を鎮めなさい。そうすれば汝に幸が訪れるだろう」
女神様はそう言い終わると、空へと舞い戻る。
天井どうなってるんだろ。すり抜けるのかな?
そう思いながら天井を見上げてると、今度は天使様が舞い降りてきた。
羽が生えてるんだから天使だよ。
ゆったりとした真っ白のワンピースに、ふんわりウェーブしたプラチナブロンドの髪が腰あたりまで伸びている。
純白の羽と輝く金色とのコントラストが美しい。
真ん丸お目目に、ふにふにしてそうな桃色のほっぺが可愛い天使だ。
彼女は緊張しながら、両手を胸の前で握り合い先程女神様が降り立った場所へ降り立つ。
「女神様の恩情により、あなたには別の世界で生活する権利を得ました。あなたには、選択すべき問が複数あります。まずは、新しい世界へ行きますか?元の世界へ戻りますか?」
私の心はすでに決まっていた。あんなやさぐれた環境になど戻りたくはない。
友人もおらず、両親とも死別、親族からは嫌われて、愚痴一つ言う相手がいない世界なんて……。
「新しい世界へ行きたいです」
「わかりました。それでは2つ目の問です。どの世界へ行きたいですか?」
彼女はそう言うと六法全書ほどの分厚さの本を取り出した。
それどこにあったのよ。
「この通り、世界は沢山あります。……が、このなかから、探すのは骨が折れるので私の方で厳選してみました。」
お茶目に笑う天使様は、またもや懐から本を取り出した。
今度は数Ⅰの教科書並の分厚さであった。
四次元ポケットでもついてるのかな?
天使様からおずおずと教科書を頂くと、ペラペラと捲ってみた。
「あっ、座ってみた方が楽ですよ? なんなら机も出しますね」
天使様は私の後ろの会衆席を勧めてくれて、更にはテーブルを用意してくれた。
だから、どこから出してるの。
しばらく教科書と睨めっこした。天使様は私の横でニコニコと微笑んでいる。
教科書は大変わかり易く、見開きで1つの世界を紹介しており、100世界くらい載っている。
厳選してても多いな!
左上に世界地図と、その下には住んでいるだいたいの種族が記載してある。
人間だけの世界もあったり、エルフやドワーフが居てみたり、獣人が居てみたり、ほぼ全ての種族を網羅している世界があったりと様々である。
ただ、特に気になる要素がある訳でもなく、ペラペラとページを捲っていく。
そして、教科書は閉じられた。
うん。わかんっね。
「これ!」
そういって適当にページを開く。
『ケセドアプ』
種族的には人族、エルフ族、ドワーフ族、精霊族、獣族、獣人族で構成された、魔法の存在するファンタジー満載の世界であった。
「ケセドアプですね。いい場所ですよ。……では、3つ目の問です。どの町で過ごしますか? ケセドアプにある人族が住める町をピックアップしたものがこちらです。もちろん最初に住む土地であって永住する必要はありません」
そういって天使様はまたもや数Ⅰサイズの教科書を取り出した。
この世界では空にも土地があるらしく、気候も、農産物も様々である。
左上に町の天空写真に、その下には住んでいる種族の割合が、右側には所属の国名、王様の写真、所属の領土名や領主の写真、町長の写真、主な農産物、工業製品などの記載がある。
同じ王様や領主様が数ページ続く事となる。
顔見飽きるよ。
「あっ」
私は1つのページで手が止まる。
そこに載っている領主の顔が亡くなった父にそっくりだったのだ。
ケルジヘビ王国のヒラード領、そこの領主ピーオ・バナシス様が。
私はヒラード領に所属する町のページを見比べ、天空にあるソリーガにすることにした。
「ソリーガですね。では4つ目の問です。転移しますか転生しますか?」
「えっ?」
「転移はそのままの姿、年齢でこの町へ行きます。転生はこの町のどこかの夫婦の間に赤子として産まれます。そのため姿が変わります。 子供からやり直したいかどうかですね。」
もちろんどちらも記憶は残ったままです。と天使様は付け加える。
子供の行動制限とか別の両親ができるとか、その他もろもろの考えから私は前者を選んだ。
「5つ目の問です。どのジョブにしますか?」
はい、出ました数Ⅰ教科書。
だいぶ辟易としてきた私は適当にページを開いた。
『召喚士』
うん。まあ、いっか。
「これで」
「召喚士ですね。『女神の加護があらんことを』」
天使様が手を組み天に祈ると、私の周りを淡い光のベールがまとわりつく。
触れる感覚はないが、どこか温かい。
「無事、ジョブが召喚士となりました。付属で女神の加護が付きます」
感覚はないが、なにかが起こったらしい。
てか、女神の加護ってそんなおまけみたいな感じで付いていいの?
「これで、問は終わりです。後は、あなたの好きなようにソリーガで暮らしてください。 私はあなたのサポートとして、アフターサービスも行います。『汝に加護があらんことを』これで天使の加護も付きました」
天使様が祈ると先ほどと同じようにベールがかかる。
「では、ソリーガへと転移します」
天使様が私の手を取ると、立ちくらみのような感覚に襲われ倒れ込みそうになるが、天使様が支えとなり免れる。
天使を支えにするなんて罰当たりかも。
感覚が正常に戻り目を開けると、崖端で1歩間違えれば奈落の底へ真っ逆さまに落ちそうである。
転移する場所考えて!