第29話
砦に来て1週間。
レイラさんとアンナさんが毎日のように顔を見せてくれるから少しは安心して彼女たちの帰りを待つ事ができるようになった。
それに、ここでの生活も慣れてきたと思う。
だからなのか、ちょっとした息抜きについふらふら散歩をしたくなるわけだ。
本当は砦の中が見たくて(見学したい)うずうずしてるんだけど怪しまれても怖いので自重している。
ついでに言えば、商隊が営業しているお店の並びにもあまり近づきたくないかな。
理由はナニガシ商会の息子とその取り巻きや、オーチメ商会の息子とその取り巻き、あとクラボン商会の息子とその取り巻き、彼らがいるためだ。
未だに、シエラさんやカエデさんやマキナさんに声をかける事ができていないらしく関係ない俺の事を睨んでくるんだよ。
だからお店を利用したい時は、なるべく顔を合わせないように1番目立たないところにお店を出しているセジーツ商会を利用している。
おじいちゃんとそのお孫さんである女の子の2人でやっている小さなお店だ。
おじいちゃんの息子さん夫婦は街にあるお店を開けているので、こちらに来れなかったとか。
手持ちのお金で水筒と水筒の蓋にできそうな魔物の革を買ったんだけど、魔物の革が思ったよりも高くてびっくりしたよ。
防水性が優れている素材は値段が高いのだとか。
残念ながらロックスキルで水筒を作るのはそう簡単じゃなかったんだよ。
容器は強度に少し不安が残るもののそれっぽくできた。でも、蓋がうまくいかない。
もう少し練習すればそのうちできると思うけど、必要なのは頼られている今なのだ(頼られててうれしい。期待に応えたい)。
だから、防水効果のある魔物の革で代用することにした。
ちなみにこちらの世界の水筒はひょうたんっぽい容器にコルクみたいなもので栓をしていたり、皮製の容器に紐みたいもので縛っていたりと結構種類があるが、俺が作ろうとしている筒状の水筒は売っていない。
でもまあ、お世辞でも「ゴローの水のおかげで魔石の交換がスムーズに進んでいる、今は折り返しに入った」というような話を聞けば張り切っちゃうよね。
「よしよし、昨日よりも早く終わったんじゃない?」
水筒の数が充実してくると、あとは空になった(回収した)水筒に水を入れるだけなので、そんなのはサクッと終わる。
それからがロックスキルの練習の時間で、蓋を作っては消してを繰り返し精度を上げていくのだ。
今はもう必要ないけど、練習しておけばいざという時に役に立つと思ってる。
「おお! これはなかなかいい感じじゃない?」
水筒は容器と蓋の溝をうまく噛み合わせるのが難しい。
蓋のサイズとか螺旋状の溝の深さとか角度とかがね。
最後に溝の表面をツルツル滑らかにして終わり。
それにしても、今日は調子がよかったのか、なかなかいい感じのものができてしまった。
まぐれだろうけど会心の出来栄えである。いや、もう朝から何十個と作っていた内の一つだから奇跡の出来栄えと言っても過言ではない、かも。
「ひっくり返しても水が……あら、ちょっとだけ漏れるけど、誤差の範囲だよね? よし、これなら使えるぞ」
外にちょっとした作業スペースを作り腰を下ろして作業していた俺。
作業スペースはロックスキルを使えば割と簡単にできる。
元の状態に戻すのも一瞬でできるので、遠慮なくここのスペースを使わせてもらっている。
もちろん、この砦の責任者に怒られたらすぐに作業をやめて片付けるよ。
「まあ、その様にひっくり返しても水漏れしない水筒は初めて見ました。素晴らしいですね」
自分用にポーチにしまっておこうかと思っていた所に、シエラさんの声が腰を下ろしている俺の頭上から聞こえてきた。
「?」
反射的に顔を上げると、胸元がゆるゆるの部屋着っぽい服を着たシエラさんが俺の事を見下ろしていた。
「シエラさん」
——ぶふっ!
角度的(目線の先)に見てはいけないものが見えてしまったので、紳士の俺は慌てて立ち上がったよ。
「えええっと、これ、俺が作った水筒で、まだ少し漏れてはくるんですけど、初めてうまくできた方で、よかったらどうぞ。
あ、必要なかったらぜんぜん断ってくださってもいいですからね」
不可抗力とはいえ、ばっちりと見てしまった罪悪感から水筒を差し出して誤魔化そうとする俺。
ラッキースケベだと素直に喜べればいいんだけど性格的に俺には無理だった。
「ゴローさん、このような貴重な品を私が貰ってもいいのですか?」
驚き目を見開くシエラさん。すぐに笑顔に戻り俺の水筒を大事そうに胸に抱えた。
「どうぞどうぞ、いつもお世話になっていますので、遠慮なく」
お詫びを兼ねて渡した水筒なのに……そんなに喜んでもらえるとは。ちょっと申し訳ない気持ちになった。
「ゴローさん、ありがとうございます。大切に使わせていただきますね」
「はい。そう言ってもらえると俺も嬉しいです」
「まあ……では、お礼と言うほどのことではないのですが、ゴローさん、今度ご一緒にピクニックはどうでしょう? お弁当は私の方で準備いたしますので」
そのピクニックでこの水筒を使いたいと笑顔で言われれば、俺に断るという選択肢はない。
「俺は誘われて嬉しいのですが、逆に申し訳なかったですね。本当にいいんですか?」
「はい。もちろんです」
「じ、じゃあ、よろしくお願いします」
当然、街に戻ってからの話になるので日時は改めて話し合う事になった。
——ピクニックか……
女性とピクニックなんて初めてで、つい口元が緩みそうになるけど、あくまでも水筒のお礼なので、変な(デート)期待はしないでおこう。
なんて事を考えつつ後片付けをしているんだけど、シエラさんはその作業を黙って見ている。
ちょっとやりづらさはあるけど、ロックスキルで作ったモノはロックスキルを使えば簡単に消せるのであっという間に片付いた。
「さてと……」
「ゴローさんはこの後何かご予定はあるのですか? もしご予定がなければ少しお茶でもどうでしょう?」
——え?
突然のお誘いに固まる俺。
数は少ないけど、商隊の中には食べ物を扱っている商人もいる。
駐屯している兵士向けというより、俺たちの様に遠征についてきた一般人向けの食べ物屋さん。
キッチンカーのような移動式の食べ物屋さんなので、テーブルや椅子なんかはないけど。
今は時間にして15時くらい。小腹も空いていたし、お茶をするにはもってこいの時間だ。
まあ、シエラさんのような美人さんに誘われて断れる人なんていないと思うけど。
「ももちろん大丈夫です。店が開くまでは、何も予定はないです。あ、でも俺なんかといいんですか?」
正直、女性を楽しませるトーク術なんてない。つまらない男だと、がっかりさせてしまったらどうしようとかと急に不安になったのだ。
「ゴローさん、ご自身で俺なんかなんて言わないでください。私はゴローさんとがいいのですよ」
そう言ってから俺の腕に手を絡めて笑顔をつくるシエラさん。
気遣ってくれただけだろうけど、美人さんの笑顔は破壊力がある。直視してしまった俺は一気に顔が熱くなった。
「は、はひぃ」
しかも、どうにか絞り出した返事はなんとも情けない上擦った声。
ますますシエラさんに顔を向けることができなくなった俺は黙って歩くしかなかった。
——?
てっきり食べ物屋さんで何か買ってから、その近くで腰を下ろし、お茶をするものだと思っていたけど、どうにも向かっている方向が違う気がする。
——まさかね……
そのまさかだった。シエラさんに手を引かれて向かった先は、シエラさんたちが寝泊まりしている長屋の方だった。
——そうか。
でも、そんな長屋だったからピンとくるものもあった。
娼婦さんの中に体調を崩している人がいるのではないかと。
それならお茶に誘われた理由も納得できた。
——なるほど。うんうん。
「ゴローさん!? 何か近づいて来ます」
「へ?」
しかし、それを邪魔するものがいた。ナニガシ商会の息子とその取り巻きたち、と言いたいところだが今回は黒いモゾモゾだ。
「モゾモゾ? あれ、デカくない?」
黒いモゾモゾが防壁を飛び越えて砦の中に降ってきたのだ。
しかも、人ぐらいの大きさがあり……いや、あれは人型タイプなのか?
それとも成長して人に見えるくらいのサイズになってしまったとか?
理由は分からないけど、女性っぽいシルエットがちょっとエロくて消すのが勿体なくもあるが黒いモゾモゾはモゾモゾ。
いつもより大きい分、誰かに取り憑いたらあっという間に人体に良くない影響を与えそうだ。
さっさとクリンライトケアスキルを使ってしまおう。
ゆっくりとしか動かない黒いモゾモゾが素早く動いているから狙いがつけにくいけどクリンライトケアは何度も使っているので問題ない、はず。
「しかし、速いな」
なんならこっちに……いや、シエラさんの方か。こいつら、たぶんだけど魔力に反応してると思う。
だから魔力のない俺は強気でいけるんだけど……ってええ! なんで? あのモゾモゾ、両手を鋭い刃のように尖らせてないかい?
「ゴローさん! あれはダメです逃げましょう!」
隣のシエラさんから腕を引かれるが、自慢じゃないが、俺はあれ以上のスピードで走ることなんてできないと思う。
「えっと……」
ということで、さっさとスキルを使っちゃおう。
「クリンライトケア!」
これで黒いモゾモゾも終わりだ……初めて見た時はGかと思ったんだけどな……ふふ、Gだけにジーエンド、なんてね。
「? ええ!?」
クリンライトケアの効果が出たところから黒いモゾモゾが蒸発していくのはいつもの事だけど、蒸発し終わった後にすっぽんぽんの女性が現れるって何? 意識がないのかそのまま前のめりに倒れてしまったよ。
倒れているからこの場からは顔が見えないけど、あの髪色だし、なんか見覚えのある人だったような……
少し気になり確認しようと近づこうとした。でも、
「ゴローさん。ここは同性の私にお任せ下さいね」
シエラさんの笑顔には迫力があって俺は頷くことしかできなかったけど、どうにか上着だけを脱ぎシエラさんに手渡した。
「そういう、ちょっとした事でも気遣ってくれるゴローさんは素敵ですね」
それからすぐにシエラさんは魔法でその女性を拘束してから俺の上着をかけ、お姫さま抱っこ。
——シエラさんって意外と力があ……
「ゴローさん、身体強化の魔法ですからね」
「は、はい」
一瞬、思考が読まれたような気がして冷や汗が流れたけど、女性を抱っこをしたシエラさんは、そのまま自分たちが寝泊まりしている長屋の中に入っていった。
「あ、あの……お茶会は……」
当然、シエラさんとのお茶会は中止になり俺は黒いモゾモゾの撲滅を心に誓ったよ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




