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話を聞き終えた棗は、何も言わずに、ただ小さく息を吐いた。
そして、妹の肩にそっと手を置く。その手は、少しだけ震えていた。
「……頑張ったんだな、まふゆ」
その一言に、まふゆの肩からふっと力が抜けた。
姉の温かい手のひらから伝わる、紛れもない家族の情。それは、まふゆがずっと心の奥底で求めていたものだったのかもしれない。
「……うん。せやけど、お役目が終わったとかで強制的にこっちの世界に飛ばされてしもて。みんなもついてきてしもたんよ」
まふゆはそう言うと、心配そうに後ろの仲間たちを振り返った。
レオンハルトたちは、言葉も文化も違うこの世界で、不安げな表情を浮かべている。それでも、誰一人としてまふゆを責める者はいなかった。
まふゆは再び姉に向き直る。そして、意を決したように、真っ直ぐにその瞳を見つめた。
「……それで、ひょっとしたら、みんなとここで暮らしていくことになるかもしれへんから。住むところ、用意してもらえへん?」
その言葉に、棗は目を見開いた。
それは、まふゆが生まれて初めて、姉に向けた『我儘』だった。
いつも聞き分けが良く、何も求めず、ただ静かに微笑んでいるだけだった妹。その妹が、初めて自分を頼ってくれた。
棗の胸に、熱いものがこみ上げてくる。
(……ああ、そうか。この子はもうあの白い部屋に閉じ込められていた、か弱い雛鳥じゃないんだ)
様々な経験を経て、大切な仲間を見つけ、愛する人を得て、一人の人間として、自分の足で立とうとしている。
棗の唇に、ふっと笑みが浮かんだ。それは、妹の成長を心から喜ぶ、優しい姉の笑顔だった。
「……当たり前だろう。任せておけ」
彼女は力強く頷くと、落ちていたスマートフォンを拾い上げ、慣れた手つきでどこかへ電話をかけ始めた。
「私だ。……ああ、急で悪いんだが、客人が七人だ。すぐに住める、セキュリティが最高ランクの家を一つ用意してくれ。ああ、そうだ。それと、明日の朝一で、各サイズの衣類と、当面の食料を……」
電話口で淀みなく指示を出す姉の姿を、まふゆは少しだけ呆気に取られながら見つめていた。
電話を終えた棗が、振り返る。
「……とりあえず、別荘を使ってもらうことにしたから」
「……ええの?ありがとう、棗」
まふゆがほっとしたように微笑むと、棗は少し照れくさそうに顔を背けた。
「……礼を言うのはこっちの方だ。……生きていてくれて、ありがとう、まふゆ」
その小さな呟きは、夜の喧騒にかき消されそうだったが、まふゆの耳には、確かに届いていた。
彼女の胸が、じんわりと温かくなる。




