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「……なんやの、ここ」
ぽつりと、まふゆが呟いた。
その声は、いつもの柔らかな訛りの響きを保ちながらも、どこか冷たく、乾いていた。
降りしきる雪を見上げる菫色の瞳は、先程までの恐怖や混乱が嘘のように凪いでいる。
まるで、目の前で繰り広げられている死闘など、存在しないかのように。
「まふゆ……?」
ミカゲが、警戒を解かずに背後を窺う。彼女の様子の変化に、いち早く気づいたのだ。
エドウィンは、額に手を当てたまま動かなくなったまふゆを見て、満足げに笑みを深めた。
「ふふ、どうだい?思い出しただろう、君の本当の姿を。ああ、そんな虚ろな表情も美しい……」
しかし、次の瞬間、エドウィンの笑みは凍り付いた。
まふゆが、ゆっくりと顔を上げたのだ。その唇には、ゆるやかな弧が描かれている。
それは、慈愛に満ちたアルビノエルフの微笑みとは似ても似つかない、全てを見下すかのような、冷徹な笑みだった。
「あんた……うちの頭ん中、勝手に覗いたんやねえ」
ぞっとするほど静かな声。
まふゆは掴まれていた腕を、まるで虫でも払うかのように、いとも簡単に振りほどいた。
信じられない、という顔で固まるエドウィンを、彼女は心底つまらなそうに見やる。
「ああ、くだらん。ほんま、くだらん男やわぁ……」
その口調、その立ち居振る舞いは、もはや今までのおっとりとした少女のものではなかった。
それは、数多の人間をその足元にひれ伏させてきた、絶対的な強者のそれ。
──あちらの世界での、『水鏡まふゆ』の人格が、その魂の表層に浮かび上がっていた。
「な……君は、一体……」
エドウィンの動揺を意にも介さず、まふゆは自分の手のひらを見つめ、そしてぎゅっと握りしめた。
「ああ、成程。うちは死んだんやね。……それで、こないな華奢なエルフの身体に生まれ変わった、と」
くつくつと、喉の奥で笑い声が漏れる。
「……ふふ。道理で、周りが甘っちょろい訳ですわ」
そして、彼女は視線をミカゲへと向けた。その瞳には、親愛も信頼も、何もない。
ただ、品定めをするような、冷たい光が宿っていた。
「あんた、さっきからうちのために戦ってるみたいやけど……ええ殺気。見込みあるわ」
「……あんたは、誰だ」
ミカゲの声が、一層低くなる。
目の前にいるのは、自分の知っている『まふゆ』ではない。それは確かだった。
「うち?うちは、水鏡まふゆ。……知らへんの?」
まふゆは楽しそうに言うと、エドウィンとミカゲを交互に見比べた。
「……まあ、ええわ。ちょうど退屈してたとこやし。まずは、そこに突っ立ってる目障りな金髪から、片付けましょか」
彼女がそう言った瞬間、その身体から凄まじい魔力が奔流となって溢れ出した。
それは、今まで彼女が使っていた治癒の白魔術とは全く性質の違う、純粋で、強大で、そしてどこまでも暴力的な力の奔流。雪が舞い上がり、大気が震える。
「ほな、始めましょ。……うちの新しい人生を」
狂気と混沌の中、二つの魂が混じり合った少女は、美しくも残酷に、微笑んだ。




