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3 琴花


 私の祖母は、祖父の死の真実を知った時、ショックのあまり心臓発作を起こして亡くなってしまったそうだ。その時祖母は六十歳。


 偶然か、私の母も、同じ六十歳の時、父の秘密を知ってしまった。

 母は、祖母が発明した過去を「見る」装置の研究を引き継ぎ、室内まで見られるように改良した。

 警察は、母の研究をとてもありがたがっていたが、何のことはない。母を研究に駆り立てたものは、正義とか、犯罪への義憤とかいうものではなく、父の疑惑を晴らしたいという気持ちだ。それが愛なのか、執着なのか、嫉妬なのかはわからないが……。おそらく、それが入り交じった気持ちだったのだろう。


 そして、運命の日。


 母が見たものは、男性と愛し合う父の姿だった。

 父は同性愛者だったのだ。しかし、公務員であった父はそれを公表することをはばかり、いわゆる偽装結婚をした。その相手が母だったのだ。

 そして、真に愛している恋人とは、月に一度だけ、彼の別荘での逢瀬を楽しむ。同じようなカップル二組と一緒に。

 真実を知った時、私は母が祖母と同じように心臓発作でも起こしてしまうのではないかと心配した。しかし、杞憂だった。

 確かにショックは受けていたようだが、薄々感づいてもいたのだろう。


「……やっぱり、そうだったのね……」


 とつぶやいて、翌日には、研究所に退職届を提出してしまった。

 母は知っていたのだ。別荘の持ち主である友人――つまり父の恋人――が、すでに故人であることを。


 そして、研究をやめた母は、その日から、片時も父から離れない「妻」となった。父は内心閉口していただろうが、三十年近く母を騙していた罪悪感からか、あるいは恋人に死なれた喪失感からもうどうでもいいと思ったのか、その生活に甘んじていた。

 そんな生活は、ふたりが年老いて、同じ老人ホームに入り、やがては母が先に亡くなるまで続くことになる。


 一方、突然母に退職された研究所の方はかなり慌てていたが、母の研究を私が引き継ぐことでなんとか存続することができた。

 私が母の研究所に入った理由は、おそらく母と同じ。単にこの研究に興味があったからだ。


 母の退職の数年後、研究所の所長になった時、私は研究の方向転換を提案した。

 犯罪捜査に利用するなら、今までの研究でもう十分だから…という理由をつけたが、本心はそうではなかった。

 私はもともと、犯罪捜査なんかに興味はなかったのだ。

 私が興味があるのは「推し」だけだったから…。

 「推し」と出会ったのは、小学生の頃だった。歴史を題材にしたドラマで見た「推し」に、私は一瞬で心を奪われた。


 「推し」の名前は、源義経という。


 彼に夢中になり、歴史書や、彼が登場する時代小説を読みまくった。中学生になった頃には、大学は「史学科」に進むと決めていた。高校の歴史教師である父の出身と同じ大学を受けようと思っていたのだが…。高校生になった時、その道は諦めた。


 母方は代々科学者の家系で、私の脳は完全に母方。つまり「理系」だったのだ。ゆえに「古文書」が全く読めない。崩し字解読辞典と首っ引きで頑張っても、書かれている文字はミミズにしか見えないのだ。一次資料に当たることができなければ、歴史研究者にはなれない。


 いったんは絶望したものの、私はふと気づいた。


 母が研究しているあの装置を使えば、遠い過去も「見る」ことができるのではないか?

 今現在、あの装置は犯罪捜査にしか使われていないので、五十年前まで遡れば十分なのだろう。だから、そちらの研究は祖母が亡くなった段階でストップしている。


 母は、室内を「見る」方に研究の方向性をシフトしていた。

 そちらも、ほぼ完成している。犯罪捜査なら、今の装置で十分だろう。


 私は再び、祖母の研究を進めることにした。五十年よりもっと古い時代に遡ることができたら、源義経の姿を「見る」こともできるかもしれない。

 提案した研究の方向転換は、受け入れられた。もちろん、私の真の目的――源義経に会いたい――は、隠していたが。


 警察庁のバックアップは以前より薄くなったが、代わりに歴史学会からのバックアップが受けられるようになったので、資金面の問題もクリアできた。

 私は、心ゆくまで研究に没頭できるようになった。


 私生活の充実など必要ない。私には「推し」がいればいいのだから。

 母は、祖母に子孫を残すことを要請されたらしいが、私に結婚願望はないし、子供も欲しいと思ったことはない。

 祖母が生きていれば大問題だっただろうが、母は「あなたの好きにすればいい」と言ってくれた。


「私もあなたのおばあちゃんも、結婚には向いていなかったのよね」


 と、独り言のように付け加えて。

 祖母の願った「優秀な遺伝子を後世に残す」ことは、孫の代で潰えたわけだが、科学者としては優秀でも、ひとりの女性としては決して優秀ではなかったのだから、まあ、許されるだろう。


 研究の話に戻ろう。


 私が一番興味があるのは、源義経の容姿である。

 ドラマや映画では、間違いなく美しい容姿の俳優が演じる義経だが、実際は醜男だったといわれている。

 しかし、背が低いとか出っ歯だとかいうのは、批判的立場にいる人たちが書いたことで、正確な一次資料は存在しない。母の常盤御前が美人であったから、彼も美形だったろう…などと言う人もいるが、必ずしも母親に似るとは限らない。鎧のサイズから小柄であったことは確かかもしれないが、容姿については、美形だった証拠も、醜男だった証拠もないのだ。


 確かな証拠を得るには過去を「見る」しか方法はない。


 義経が生きたのは約九百年前。九百年前の映像取得には、単なる光反射では物理的距離による減衰・劣化がおき、映像化には限界がある。

 しかし、私は諦めなかった。

 量子もつれ通信を利用し、過去の光子の状態情報を復元する理論を構築し、光子の散乱履歴を時空間データベースとして仮想再構成することを考え出した。

 それと同時に天体反射―例えば遠方の小惑星や月面を経由した宇宙規模の鏡ネットワークで情報補完することにも力を注いだ。


 時は瞬く間に過ぎていったが、私的な理由で研究していた祖母や母とは違い、私は堂々と勤務時間内に研究できるのは、ありがたかった。

 そして、ついに過去九百年前の特定地点・時間の映像再現が可能となり、歴史的事件の「目撃」が実現した時、私は六十歳になっていた。

 

 私は、研究所のメンバーが見つめる中、装置を操作した。


 時は一一八〇年旧暦十月二十一日。


 場所は駿河国黄瀬川。


 ノイズ画面が次第に鮮明な映像を映し出し始めた。


 義経が、兄・頼朝と対面し、悦びの涙を流す──その顔が、今まさに――

                                                                   終

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