妖精の羽ばたき(西方小町)
当たって砕けろ、為せば成る。
そんな精神でダンジョンに飛び込むこと、早一年余り。気がつけば西方小町は〈裁縫師〉として一端の地位を築いていた。躍進の要因は何と言っても『店持ち』になったことだろう。
地道な露店商売が実を結び、探索者協会から「職人通り」への出店を許可されたのだ。今や小町の営む「西方洋裁店」は、東京摩天楼の中でも指折りの名店であった。
彼女の織る装備は見た目、性能、耐久性の三方良し。一部の有名探索者が愛用していることから、出店当初は需要に生産が追いついていなかった。そのせいで、小町が夜を徹し回復薬廃人になっていたのも今は昔。
よりにもよって客の前で倒れるという失態を侵してから、彼女は変わった。
――〈裁縫師〉スキル【自動織機】。
一度作ったことのある服ならば、素材を用意するだけで複製してくれるスキルを利用して大量生産を行うことで、過重労働に終止符を打ったのだ。
便利な反面、手縫いの物よりも品質が落ちるため、小町は極力このスキルに頼らずいたのだが、そうも言っていられない。
【自動織機】のために生産した最初の一品はオリジナルとして展示・高額販売され、一般の探索者は廉価版の複製品を買っていくのが「西方洋裁店」の新たなスタイルとなった。一方でオーダーメイドの受注も始め、現在予約が三か月先まで埋まっている。
世界に羽ばたくファッションデザイナーとなる夢はまだ道半ばと言えど、一人の職人として成功を収めた西方小町。
そんな彼女は今、
「昼間からビール、サイコー!」
安い缶ビール片手に自宅で管を巻いていた。
くたびれたノートパソコンの前に半額シールの貼られたつまみが並ぶ。既に安アパートを脱出したというのに、悲しいほど貧乏根性の抜けない小町であった。
もっとも、人の好みは昨日今日で変えられない。
たまの休日、心を癒すならこれこそが定番なのだ。
「やー、ちょっとこれは贅沢すぎるわね、アタシ。世界で今、一番偉いんじゃないかしらん。な~んちゃって……アハハハ!」
元より小町は接客をしなくなって久しい。いつも店の奥に籠って服作りばかりしているから、彼女がいなくても職場は回る。もう隣人の壁ドンに怯える必要もない。
だから気楽に、成功という名の美酒を煽ることしばし。
「アハ、ハハハ、ハハ…………はぁ」
小町は空しくなって、ビール缶を握りつぶした。
最近、何かと上手くいきすぎている。
それは良い。お陰で頻りに郷里へ帰ってくるよう説いてきた親にも、胸を張ってノーと返すことが出来たし、生活に追われて夢を見失う心配も無くなった。しかし、充実した毎日は彼女からあるものを奪い去ってしまった。
(一人だと広いなぁ、この部屋)
あんなに憧れた高層ビルも、住んでみれば何てことはない。がらんとした空間ばかりが気になるだけ。もちろん小町の夢は唯一無二のデザイナーになること。住環境の向上はただの副作用でしかない。
ただ、積み重なっていく成功の裏で、ぽろぽろとハングリー精神のようなものが落剝していくのにも気がついていた。
(猫でも飼おうかな。……いや、ペットに手を出したら最後、独身まっしぐらでしょ)
無我夢中で石にだって噛みついてやる気概は、今の小町に出せそうもない。
仕事は変わらず楽しい。毎日充実感でいっぱいだ。恐らくあまりにも環境が激変したから、心が戸惑っているんだろう。そう結論づけて、小町は次なるビール缶へと手を伸ばした。カシュッとプルタブの開く音。
「さーて、久しぶりにダンジョン配信でも見るとしますか」
ノートパソコンを操作して開いたのは「D-Live」だ。
まだ〈裁縫師〉として駆け出しの頃、少しでもヒントになればと暇を見つけて眺めていた。最近は仕事にかかりきりだったから、何だかトップ画面が新鮮に映る。
「え、マジ? あの子引退したの? ショックだぁ……受験? じゃ仕方ないか……。ランキングも知らん人が増えてるなぁ」
配信業はダンジョンに場所を移しても栄枯盛衰だ。少し見ないだけで人が増えては消えていく。何だか知らない世界に来てしまったみたいで、小町はほんのり心細さを覚えた。ただ、それも一瞬のこと。
(どうせなら新規開拓といってみますか)
物怖じしない性格を遺憾なく発揮し、視聴者数ランキング上位の配信をクリックした。選んだ理由は単純で、サムネイルに映る探索者の服装が垢抜けていたからだ。
ダンジョンは奥深くへ潜るほど、ファッションに気を配る余裕などなくなっていく。そんな現状を変えるため、小町も頑張っているのだが、東京摩天楼はさておき世界のダンジョンとなれば、どうしたって野暮ったくなるのが現状だ。
ゆえに一際目を引いた。
『やァあああ!』
配信を開いた瞬間、聞こえてきたのは勇ましい叫びだった。ただしその声音は中性的で、ともすれば幼さが残る。
どうやら戦闘の真っ最中だったらしい。
探索者の繰り出したメイスが歯車型のモンスターを砕く。
合わせてショートカットに整えた金の髪が跳ねた。
『ゲオルク! そっちは大丈夫?』
『ギヒヒ!』
『その笑いは余裕ってことでいいのかな!?』
驚いたことに、その探索者はお供にゴブリンを連れていた。盾を構えた小鬼が、次々飛び込んでくる歯車を弾く。背中合わせ――と言うには片方だけ小さいが、互いに連携して難事に立ち向かう。
(……あー、これがウワサの。ゴブリンテイマーってやつ?)
忙しいながらも、職業柄ダンジョンに関わる情報は仕入れている小町だ。最近ダンジョンに変化が起きて、ゴブリンが仲間になるようになったことも聞いていた。もっとも、実際に見るのはこれが初めてだが。
小町も一応一人の探索者として、ゴブリンと戦ったことくらいある。
何せ便利な〈裁縫師〉のスキルもレベルを上げなければ覚えないのだ。有名になった今も変わらぬ付き合いを続けている「†円卓の騎士†」にレベル上げを手伝ってもらう前は、生産職同士で寄り集まって経験値を稼いできた。
それゆえ、記憶の中だと憎い敵だったはずのモンスターが、頼もしい味方になっている絵面は意外かつ新鮮だった。
しかし、それ以上に衝撃的だったのは――
(ちょっとちょっと、そんなに足を露出して……アタシを誘ってるの!?)
――画面に踊る探索者の服装だ。
短パンとニーソックスの間に白く輝く『絶対領域』に、小町の目は釘付けだった。
決死の思いでそこから目線を外せば、ごついブーツや篭手と、可愛らしいスポーツウェアが喧嘩もせずに融合している。計算されたチグハグさに思わず舌を巻く。もしこんな格好の人間が街中をうろついていれば眉を顰めるだろうが、ここは摩訶不思議なダンジョンだ。
むしろ非現実的だからこそあっている。
高速でぶれる小町の眼が、瞬時に探索者の名を記憶した。
(シャルルちゃん、ね。くっ、まさかイギリスにこれほどの逸材がいたとは。もっと早くに知っていれば……!)
自動翻訳機能があるとはいえ、何となく国外の探索者はノーマークだった。そんな己を小町は恥じる。やはりデザイナーたるもの、広く興味を持たなくては――などと考えている内に戦闘が終わった。
『ふぅ……。数が多くて焦りましたね。この階層、一体一体の敵は強くないんですが、絶対に塊で出てくるのが嫌だなぁ』
『グァ!』
『ね、ゲオルクもそう思うでしょ? コメントの皆は……』
額に汗を光らせて、探索者がカメラの傍まで寄ってくる。
碧い瞳がコメント欄を上から下まで眺めると、
『あーっ、みんな! またゲオルクのことばっかり! 僕だって頑張ってたでしょ!?』
途端、上気した頬をぷっくりと膨らませた。
というのも、視聴者たちは可憐な探索者そっちのけで、お供のゴブリンを褒めたたえていたのだ。多種多様な言語で書かれたコメントは即時翻訳されるので、小町にも読むことが出来た。
ただしそれは一種かけ合いのような、丁寧な『フリ』だったらしい。一転して「ごめんって」「これが見たかった」「カワイイ」という言葉に埋め尽くされていく。
『まったく、もう!』
怒ったように腰へ手を当てるシャルルも、どこか口角が緩んでいた。
(……楽園はここにあったのか)
見ているだけで、ついにやける光景だ。
ありがたや、と手を合わせる小町。
それから彼女は衝動のままキーボードへ手をかけた。一人の視聴者として、自分もコメントを打ち込もうとしたのだ。
その直前、ふとあるコメントが網膜に飛び込んでくる。
“これが男の子だという事実を、未だに脳が受け入れられない”
ぽかん、と小町の口が開いた。
「おと……こ……?」
画面の中の探索者は、誰がどう見ても美少女で。
ゆるんだ口元はまるで花が綻んだみたいで。
思考が停止し――――弾けた。
脳内で宇宙創成に等しい衝撃が巻き起こる。
瞬きの間に生命が生まれ、誕生し、滅び、また生まれていった。
「あ、あぁ……!」
確かに、よく見てみれば骨格は男性のそれだ。普段、服飾に携わっている小町だからこそ分かる。喉仏を隠すようなチョーカー。肩幅が誤魔化せる魔物素材のベスト。正解を知ってから観察すれば、なるほどと思わせる。
彼女は、否、彼は。
成りたい自分に成るために、惜しみない努力をしているのだ。
奇しくもそれが、小町がファッションデザイナーを志した原点――平々凡々な自分でも、可愛い洋服に身を包めば特別な誰かになれた、その記憶を呼び覚ます。満たされ、飢えを失っていた心に、煮えたぎる溶岩が落とされた。
ぼとん、とそれはもう盛大に。
「キ……キターーーーーーーーッ!!!!」
アイデアが。創作意欲が。
あるいは夢やら想い出やらが――湯水のように湧きだした。
そうして、早く自分たちを外へ出せと暴れ出す。
(そうよ何もファンタジックな意匠じゃなくてもいいんだわむしろ近未来との融合それこそサイバーパンクなファッションだって合うわけでもちろん魔女っ子や騎士風も捨てがたいけど何なら民族衣装から派生していくご当地装備なんてのも面白いしでもでも最終的にはやっぱり探索者なんだから可動域を考えるとスパイダーシルクを裏地に汎用化してそのためには協会からまた斡旋ああいや新しく収集依頼を――)
しばらく堰き止められていたからこそ、反動は大きく、小町は大声を出して立ち上がっていた。以前ならここで隣人から苦情がくるところ、もはや安アパートでない以上、彼女を止める者はいない。
したがって、どうなったか。
「こ、こうしちゃいらんねぇえええええ!」
小町は着の身着のまま家を飛び出し、猛然と走り出す。
向かう先は彼女の職場――日本国・第一号ダンジョン、東京摩天楼だ。
息を切らして地下鉄に乗り込み、守衛を跳ね飛ばす勢いで白亜の塔へと突貫し、「西方洋裁店」の看板に駆け込んでいく。その鬼気迫る様にはじめ、店員たちは強盗が来たのかと警戒したくらいだ。
しかし正体が店主と気づいて目を丸くする。
「店長!? 今日はお休みじゃ……?」
「ゴメン、やっぱなしぃ!」
「え、えぇ……?」
「奥で作業してるから、ヨロシク!!」
もはや一分一秒でも早く針を握りたくて仕方がなかった。
この「職人通り」に恥じない生産職として、期待の一品を――なんて考えはやめだ。オーダーメイドも、今後は納得のいく依頼だけ受け付けよう。そうだ、自分はお金を稼ぐために服を作っているんじゃない。
なりたい姿になる。
その後押しをするために。
「頑張れアタシ、やれるぞアタシ……!」
今日はポーションなど無くとも、ギンギンに目が冴え渡っていた。
――それはそれとして、酔いを飛ばすために一本飲んだが。
ともかく丸一日後。
電池が切れたように倒れ伏す小町の周りには、いくつもの装備が転がって、足の踏み場も無いほどであった。その中心で、今を時めく〈裁縫師〉は、それはそれは幸せな表情で眠りこけていたという……。
なお、これは完全に余談だが。
しばらくして、探索者「シャルル」の元へ極東の国からプレゼントが届く。
匿名で、中には彼のためにあつらえた特製の衣装が入っていた。魔物素材で作られたそれを、彼はありがたく探索に使うことにしたのだが、その理由は第一に「可愛かったから」で、第二に「ゴブリンのアップリケが気に入ったから」であったらしい。
性能も申し分なく、この衣装はしばらくの間、シャルルのトレードマークとして認知されていく。
後年、あれは「世界のニシカタ」作だったのでは?
と議論を呼んだが、真偽のほどは定かでない。




