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エヴァリストラント公爵邸(2)

「お兄様、リオン様、ですわよ。即刻、訂正なさいませ。主君を呼び捨てなうえ、言遣いがまたことごとく品がないですわ。それはこの家の中では禁句のはず、そんなことをされていると、幾らリオン様からの影響とはいえ、またお父様とお母様が深くお嘆きになりますわよ」


 ロザリンドが苦言を呈すと、カティアは首を傾げ、


「えっ、リオン様って、そういう人なの? なんか今まで思ってたのと随分イメージが違う気がするけど……? なんていうかもっとこう……ひたすら形式ばったことを好む威厳たっぷりの気難しくて怖い人とかじゃないの? 王宮には拷問部屋とかもあるんでしょ」


 カティアがきくと、ロザリンドは怪訝な表情になり、


「拷問部屋? カティア、あなたはいったいいつの時代の話をしているんですの?」


「違うの?」


「全然違いますわよ。かすってもいませんわ。遥か昔のそんな骨董品のようなものを、今さら誰が使うというんですの? 王立図書館にある歴史書にしか載っていませんわよ、そんなものは」


「えっ、子供のころから、悪いことをすると絶対そこに入れられるからって、親に毎回脅されてたのに!」


「カティア、あなた、それはご両親に確実に騙されていますわよ? 躾の一環の話だったのでしょう」


「ええー、なにそれー。ずっと本気で信じてたのに! だから王宮に行くのが嫌だと思ってたんだよ!! 長い間、親に嘘つかれて騙されてたってことになるじゃん! 酷い!」


 唖然としながらカティアが言った。


「勿論、拷問部屋なんてものはなくても、王宮での無礼な振る舞いについては他の者は許しても、今でもこのわたくしが許しませんわよ? ……とは言っても、まあリオン様にお代替わりされてからは、あなたが思い込んでいたほどは、王宮自体は今はそう前ほど堅苦しいところでもなくなっているのですのよ? まあわたくしはどちらかと言えば、それには賛同しかねる立場ですけど」


「なんだー、そうだったんだー。なら安心だね、明日行っても♪ そういうの、もっと早く教えてくれてたら、ぐずぐず悩んだりしなくて済んだのになー。でもやっぱり緊張しちゃうかもしれないけど」


「明日、って?」


 それってなんのこと? と、エドガーにたずねられたので、カティアが恒例の聖堂のパンの話を身振りを交えて簡単に説明した。

 ロザリンドがパンの係に飛び入りで参加することを知らなかったエドガーは、そういうことかと納得した。


 一方のセーラはまだ顔面蒼白の状態で、ロザリンドが他にさらに大変なことを何か言い出さないように止めようとしていた。


「そういうわけで少し話がそれましたけれど、お兄様、よくお聞きくださいませ。リオン様とこちらにいらっしゃるセーラ様との、婚姻の契約は果たされるべきものなのです。そしてさらにこれが、そのことを強力に後押しする何よりものあかしですわ!」


 ロザリンドはセーラが着ている雑用係の制服のポケットから、目にもとまらぬはやさで素早くあの燦然と輝く聖女のペンダントを取り出すと、そのままエドガーの鼻先にずいと突きつけた。


 エドガーは目の前のペンダントを、改めてまじまじと見つめて、


「これは宝物庫にあった、あの宝石じゃないか!? これが無くなったせいで、王宮じゃ大騒動になってたんだぞ」


 その反応にロザリンドはポンと片手を打って、


「! あら、これ、王宮の宝物庫にあった宝石だったんですのね。どうりでわたくしも前にどこかで見た気がするわけだと……。ようやく全部に納得がいきましたわ」


「ねえ、ロザリンド、その前に、わたしには今のは公爵令嬢としてはあるまじき手癖の悪さに見えるんだけど、そういうのもロザリンドの中では、高貴とか淑女って呼ぶものなの? 盗みの技も、高貴で華麗な令嬢の嗜みのひとつっていうことなの? なんか違くない?」


 カティアが皮肉気に微妙な顔をしながら言う。


「わたくしは将来、王家の方のお役に立てるようにと、幼きころより徹底的に母に仕込まれましたのよ? 国家にお仕えする身である以上は、隣国との交渉役に抜擢されるようなことになれば、時として潜入も相手の要人への懐柔もどちらも必要不可欠。これぐらいならほんの小手先のこと、ですわよ? 技術というものはどんなものでも持っていて何も損なことなど何もありませんのよ。カティア、あなたも今からでも遅くないから、役に立つ何かを身に着けるとよろしいですわ」


 聖堂を出てくるときに着替えたロザリンドが、普段と同じ優雅に祈り係の聖衣の裾を翻して平然と答える前で、


「何その、百戦錬磨の手練れみたいな感じのやつ。ロザリンドが怖い……」


 カティアは引きながらつぶやいた。

 その時、セーラがもう我慢できなくなったように話に割って入ると、


「ロザリンド、お願い、ちょっと待って!! わたし、さっきから何回も言ってるけど、王妃様になるとか、本当にそんなつもりじゃ……!!」


「あら、セーラ。では、あのリオン様の求婚から逃げられるとでもお思いかしら?」


「に、逃げるって、そんな……」


「でも実際そうですのよ。今のリオン様はおそらくセーラ、意中のあなたが欲しくて欲しくて仕方がない。それは変えようがないことですのよ。ああいう長らく堅物一辺倒を貫いてきたようなお方は、一度好きになると執着も相当ですわよ。果たしてあなたはそこから逃げられるのかしら? 重すぎる愛でも早いうちに受け入れてしまう方が幸せかもしれませんわよ?」


 ロザリンドは不敵な笑みを浮かべながらそう言った。

 この状況を相当楽しんでいるらしかった。


「でもさー、その前に、とにかくまずは明日のパンの役目を無事終えてからじゃないの? そういう話って」


 カティアが言った。


「まあ、それもそうですわね。とにかく今夜は疲れたから休みたいですわ」


 ロザリンドも同意して頷く。


「ロザリンド、そのパンの話だけど、明日は僕も一緒についていくことにするけれど、いいかな?」


「お兄様もですの? ……そうですわね、思えばこの我が国屈指の至宝と称えられた宝石の護衛の意味もありますものね。そうして下さいませ」


「リオンのところに行くのなら、僕がついて行った方が話が早いだろうからね」

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