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エヴァリストラント公爵邸(1)

 ――リオンが聖堂にいたのと、ほぼ同時刻。エヴァリストラント公爵邸。


 この家の娘であるロザリンドの計らいで、今夜はセーラとカティアのふたりは揃ってここに泊りがけで招かれていた。


「両親は長期の旅行に出ているところですので、どうか堅苦しいことは何もお気になさらないでね」


 夕食は屋敷のお抱えの料理人が腕によりをかけた豪華な料理が振る舞われた。


 食事を終えて三人がロザリンドの部屋へ移動しようとしていた時、玄関ホール近くで帰ってきたばかりのこの家のもう一人の住人と出会った。


 ロザリンドの兄のエドガーだった。


「あら、お兄様、ごきげんよう」


 すぐにセーラとカティアは揃って軽く会釈した。


「紹介しますわ、こちらはわたくしの兄、エドガー・エヴァリストラントですわ」


 エドガーは挨拶もそこそこに、にこやかな表情になって颯爽と軽い足取りで近づいてくると、まずカティアの方を向いた。


「あなたは確かラビリンスローズ家のカティア嬢、ですね。我が家にようこそ」


「はっ、初めまして。……えっ! っていうか、自分で名乗る前にもうわたしが誰かがわかるんですかっ……? あなたとは今が初対面のはず、ですよね!?」


 カティアはエドガーから、挨拶の口付けを受けた手を即座に離すと、引きながら思いきり後ずさった。

 野生動物的な勘か何かで、直感的に危険を察知したからかもしれない。


「それ、完全に正解ですわ……。流石ですわね、お兄様。彼女の言う通り、カティアとお兄様はお互いに面識はないんじゃありませんでしたかしら?」


 心底呆れ気味に貴公子の妹が言う。


「僕はあなたのように美しく可愛いらしいレディは、一度見たら忘れないからね。最後に見たのは確か五歳くらいの時だったけど。面影があるからね」


「ごっ、五歳くらいの時の記憶だけでですか!?」


「あー、それ、お兄様の特技のひとつでしたわね、確か」


 ロザリンドが真顔で納得した。


「カティア嬢は可愛くて僕の好みだ。今日ここで会ったのも運命かもしれない。それを確かめるために今度、僕とお茶をしよう。もちろんふたりきりで静かな場所で。そのきれいなくちびるにたっぷり甘いお菓子を食べさせて心をとろけさせてあげたいな」


 カティアは普段耳にしない言葉の数々に余りある衝撃を受けてがくがくと震え、怯え切っている。


「お兄様、どうかお遊びはそのくらいになさいませ。カティアが現実を直視できずに、既に白目剥きかけてますもの。残念ながら世の中には、そういう冗談は通じない相手と、通じる相手がいるんですのよ? カティアは勿論前者ですわ」


 もはや挙動不審を通り越して思考停止状態で固まっている、カティアを気の毒に思ったらしく、ロザリンドが忠告した。


「それから……」


 エドガーは今度はセーラの方を向き直った。


「女性の顔と名前を覚えるのだけは自信があった僕ですが、とても失礼だけれどあなただけは誰かが分からないな。確かにいつかどこかで会った気がするのに申し訳ないが、名前をうかがってもいいですか?」


 エドガーが近づきながらそこまで言いかけた時、ロザリンドがそれを制止させるために扇子を片手に一歩前に出て、ふたりの間に割って入る形になった。


「少しお待ちになって、お兄様。あなたは男性なのですから、他ならぬそのお方にだけは、そこから先は不用意にやすやすと近づくようなことだけはしてはなりませんわ。よろしくて?」


 エドガーは普段はそんなことはしない妹から阻止されたことで、酷く不可解な顔をした。


「ロザリンド、それはどういう意味かな?」


「この方はリオン様の想い人で、近い将来、王妃になられることが確定した、セーラ・ロゼリア・ガーネット様です。大切に敬われるとよろしいわ」


 今度はセーラが耳を疑う言葉の羅列に、みるみる青ざめた。


 そして「お願いだからとんでもないことを言わないで。今のは違います、何かの間違いなので絶対に違いますから!!」とロザリンドの腕を横から掴みながら、顔だけはエドガーの方を向いて切実に訴えた。


 しかしセーラが全否定しようとしているにも関わらず、ロザリンドは一切動じる様子がない。


 そして、今度はセーラではなく、むしろエドガーが固まる番だった。


「は……? 今なんて? ねえ、僕の愛しく気品に満ちた妹、ロザリンド。僕にはこちらの麗しい女性が、リオンの稀有なる何か、っていうのだけが聞こえたようだけれど、それは僕の空耳か何かかな? 耳が悪くなったようだから、近々医師にかかった方が良さそうだね」


「いいえ、全くもって空耳などではありませんわ。以前お話ししていた、わたくしがリオン様に紹介したいと言っていたのもこちらのセーラ様でしたのよ。それにわたくし自らが動く前に、リオン様は既にプロポーズまで済まされています」


 淡々した口調で説明するロザリンドの前で、エドガーは直後に衝撃の余りに横を向いて、派手にむせ返った。

 そして驚愕の表情のままで、


「ちょっと待てよ! あのリオンが、結婚だと!? それ、絶対、同じ世界線上で起きた話じゃないだろ!? 頼むから、違うと言ってくれ、ロザリンド!!」


 悶絶する兄に、ロザリンドは眉をひそめ冷たい眼差しを向けた。

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