抑えてきた思いを、今夜(1)
――あの夜、星のまたたく空の下で、聖女のあかしをあらわにした自分の姿を、水鏡に映しているセーラのもとにリオンは近づいてきた。
リオンに何をどう何を伝えればいいかが、セーラには分からなかった。
この状況を見られてしまった今、ごまかしも否定もできない。
ただ一番先に、セーラが自身に起きたことを、誰よりもまず伝えたかったのは、間違いなくリオンに対してだった。
この事実を報せ、リオンに進むべき道を示してほしかった。
妖精がこの宝石を届けた最初の夜から、ずっとそればかりを考え続けていたからだ。
誰かに頼るのは苦手だった。
でも……。
――こんなことが起きるはずがない。起きていいはずがない。けれど、リオンだけにはありのままを伝えなくてはいけない。今のこのわたしを見て、リオン、あなたはなんと言うの……?
会いたかった相手が確かに今、そこに立っていた。
セーラは心に在るのは苦しさと、計り知れないほどの強い不安だけ。
これまでのセーラはどんな困難でも、乗り越えていけると信じていた。
前に進む意志を忘れなければ、自分はどんなふうにもなれる。
そう思っていた。
それなのに身に宿すことになった大きすぎるものを前にして、セーラは初めて自分がこの先に進むべき道を見失っていた。
心をよぎるのは、聖堂の雑用係の制服を身に着けるたびに感じられてきたもの。
自分が大きなものに守られているという深い安堵の感覚。
それが今のリオンの姿とそのまま重なった。
静寂の中、いつも湧き水が満たされている小さな水くみ場からの水音だけが響いていた。
リオンが髪も眼も虹色に変化したセーラの近くまで歩いてきて立ち止まると、虹色の髪のひと房に指を絡めた。
そして聖域でしたのと同じように、一度だけ髪にうやうやしく口付けを落とした。
さらにお互いの目を合わせ、
「聖女セーラ・ロゼリア・ガーネット、今夜、俺はあなたに求婚する」
セーラの指先は微かに震えていた。
呆然としたセーラは、今しがた聞いたばかりの、その信じられない言葉に動けなくなった。
泣きそうな顔になりながら、セーラは首を幾度も横に振った。
「それは……それだけはお受けできません。どんなことがあっても」
震える声でセーラは言った。
「俺が必ずあなたを守ると言ってもか?」
リオンの意志の強さを感じさせる眼差しに、セーラの心は益々揺さぶられた。
手首を掴まれ、リオンに身体ごと引き寄せられそうになったので、セーラはとっさに後ずさった。
リオンの腕の中で想いを伝えられ、強く抱きしめられたら、本当にその瞬間に何もかもすべてに抗えなくなってしまうような気がした。
急いでペンダントを首から外すと、まるで鮮やかな色が失われていくように、セーラの髪と両眼は普段通りの黒に戻っていった。
「リオン……妖精がくれたこれは、きっと王宮のとても大切なものなんでしょう? これをあなたに今ここでお返しします。そしてこの宝石とともに今夜を限りに、どうかわたしのことはもう何もかもすべて忘れてください」
セーラが震える声で懇願し、ペンダント差し伸べた手を前にして、リオンはそれを受け取ることはせずに首を横に振った。
「それはもうできないし、しなくていい。それは確かに王宮の宝物庫に長くあったものだ。だがその石はこの時代の主として、既にあなたを選んだ。それはもう誰にも変えられない事実で覆せない」
「リオン……」
「セーラ、俺はあなたが俺を受け入れてくれるまで、これからはここに何度でも通い続ける。それが俺とあなたの運命だったと、今夜わかった。俺はもうあなたへの想いを隠すことはしない」




